26.引力には抗えない
「もしかして慣れてます?」
スタスタと歩くヴァイスに、リヴィオは後ろから声を掛けた。
ぼっこぼこにしてやった白いローブの男の転送魔法は、城の専用の部屋に繋がっていた。ヴァイスとリヴィオは、男の帰還を待っていた魔導士が叫んだり魔法を使う前に叩きのめし、ローブを奪い、城内を歩いている。
疑われないようにとルネッタが回復魔法をかけた男は、ルネッタとソフィを縄で縛り「拉致成功」という体で王のもとへ行った。縄がソフィの身体を二周したあたりで男をぶん殴りそうになったリヴィオを止めたヴァイスの足取りは、初めて城に来たと思えない。
「第一王女の誕生日のパーティーに呼ばれた時に、偵察したんだ」
「パーティー?」
「ああ。和平を結ぼうという話でな。良い魔導士がいれば、和平の証として連れて帰るつもりで城内を偵察したんだ。そん時にルネッタと会ったんだよ」
「…へぇ…」
なんていうか、居直り強盗って感じだな、とリヴィオは白いローブが似合わない王様を眺めた。
他国の城を勝手に偵察して魔導士を引き抜こうとするなんぞ無礼にもほどがあるし、挙句王女様を連れて帰ったわけだろ? で、どうもその時にひと悶着やらかしているらしい。おっかないなこの人。
まあ察するに、ルネッタをこの国に置いてはおけないとヴァイスが判断する何かがあったんだろうけれど。
「そもそも、なんで高飛車で外交嫌いで有名なこの国と、和平の話が持ち上がったんですか?」
「高飛車だからだろ。俺が力を付けていくのが気に入らなかったらしくてな。和平とは名ばかりで、自分に優位な条件を付けて俺を下に置きたかったらしい」
クソじゃん。
じゃあしょうがねぇな。そんな連中は身ぐるみ剝がされても仕方がなかろう。命があるだけ感謝してもらわんとな。
ふむとリヴィオが頷いていると、ヴァイスが立ち止まった。金ぴかの細工がされた、やたら豪華な扉だ。いかにも偉い人が住んでます、って感じの。
「見張りがいないんですね」
「魔法が張り巡らされてるからな。侵入されると思って無いんだろ」
なるほど。内部の者と一緒に転移魔法で城内に入ってこられる、なんてのは想定外というわけか。さすがは自分たちの力を過信している高飛車なお国だ。
躊躇いなくドアを開けたヴァイスに続いて部屋に入ると、中もギラギラとしていて眩しい。やたら金ぴかの置物があって、白で統一されている部屋はリヴィオの趣味ではない。野蛮人に育てられたリヴィオは芸術だ美術だにとんと縁が無いので、高貴なるお方の崇高なるセンスだと言われたらそこまでだけど。
「趣味悪ぃ部屋」
高貴なるお方であり野蛮人でもいらっしゃるヴァイスは、へっと鼻で笑ってズカズカと室内を歩いた。あちらさんが本当に趣味が悪いのか、ヴァイスが野蛮人たる証明なのか。どっちだろな。
おや。
ヴァイスが歩いた後には、森を歩いていたもんで、真っ白のカーペットに土がついている気がするが、まあ気のせいだろ。リヴィオはぐしぐしと靴底を擦りつけてみた。部屋の中央で土を落としちゃアレだろうから、入り口で綺麗にしておこうという配慮である。嫌がらせだなんて、そんなそんな。リヴィオが本気で嫌がらせをしたらこんなもんじゃないぞ。言うなれば、あれ、ちょっとした悪戯だ。
「自分の実力を信じている者なら、人に渡したくないようなモンは自室に隠すと思うんだがな」
「なるほど。ヴァイス様の弱みを握りたい時は、ヴァイス様のお部屋に侵入すれば良いと」
「やってみろよ」
リヴィオの嫌味めいた冗談もなんのその。大人の余裕全開なシニカルな笑みをニヤリと浮べた。リヴィオはむうと口を尖らせる。
この王様、出会った時から気さくでリヴィオをすぐからかう嫌な大人なのだ。王様なのに誰よりも前に立って兵を率いるし、たかだか騎士のリヴィオが憎まれ口を叩いても、こんな風に笑ってみせる。かっこいいんだよな、と思ってしまう自分が嫌なリヴィオはそうです子供です。むう。
「つーか。お前、外じゃヴァイスって呼べつってんだろ。いつまで様とか付けてんだよ」
ガタガタと机や棚を漁りながら、ヴァイスが眉を寄せた。寄せた、つってもこの人四六時中しかめっ面だがな。
「…やですよ」
「なんで」
恐れ多い。
ってわけじゃあ無い。全然違う。リヴィオは王族様を無条件で敬うお利口さんではないし、ヴァイスのことはまあ嫌いじゃないけれど、様付けして呼びたいほど信仰しているわけではない。無論、恐れでもない。本人が呼べつってんだから、本当に呼んだところで処罰されるこた無いだろうし、ヴァイスはそんな器の小さな男じゃあない。
「お前も父親も、そこまで礼節を重んじるってタイプじゃねぇだろ」
「失礼な」
失礼だがまあ、その通りだった。
ウォーリアン家が栄えたのは、政治に強かったわけでは無く、ただ物理的に強かったからだ。
強い、ただそれだけで全てを許される家門。そんなウォーリアン家の長である野蛮な父、オスニール・ウォーリアンは物静かな騎士、というよりも面倒だから黙っているだけで王家への忠誠とか無いだろうなと。息子、リヴィオニス・ウォーリアンは思っていた。家門を護るため、家族を護るため、そして国を護るために、不都合が無いから大人しくしているだけ。ウォーリアン家の男ってのは大体そういう連中だとリヴィオは思っている。
そんなわけで、国境で大型モンスターの大量発生が起きた時。
共同戦線を張ったこの王様に「お前らウチの国に欲しいな」と言われても、慌てたのは騎士団長だけだった。普通の騎士なら、忠義を馬鹿にされたと怒っただろうが、ウォーリアン家はウォーリアン家なので。リヴィオは変な人だな、と思っただけだし、父は「お戯れを仰らないでください」と慌てる騎士団長を他人事のように眺めていただけだった。
だから、まあ。うん。なんでヴァイス様って呼ぶかってのは、そういう、真面目な良い子ちゃんな理由じゃ、無い。
「だって」
「あ?」
「……ソフィ様の事も、まだ、ちゃんと呼べないのに、先にヴァイス様の名前を呼ぶのは、なんか、違うでしょう」
「…………」
あ、痛い。痛い痛い。視線が、痛い。
顔に視線が刺さるようだ。ていうか刺さってない? これ。顔中穴だらけじゃない?
思わず頬に手を当てると、「おっまえ…」とヴァイスが震える声で言った。
「なんですか笑うなら笑えばいいでしょうどうせ僕は情けない男ですよ!」
「いや、」
どうせ笑うなら揶揄うならさっさとやってほしい。一思いに!さあ!やれよ!!
まな板の上のお魚さん、或いは戦場で生き残った最後の兵士の気分でリヴィオはヴァイスの顔を見た。手にしていた何かの像がピシリと音を立てたが知るか。いっぱいあるから良いだろ。
「おまえ、可愛いなあ」
「!」
いっそ馬鹿にされた方がマシだった。
眉を寄せ、くっくと肩を揺らす顔は、大人が小さな子供を見るそれだ。こんな屈辱があろうか!
母親が大事にしている自分の絵姿を、祖父母に見られた時くらい恥ずかしい。普通の絵姿なら、家族思いの良いお母様だな、で済んだ。
ところがどっこい。大らかで大胆でちと頭がおかしいウォーリアン家に相応しき母上は、幼いリヴィオニスにドレスを着せて描かせた絵姿を大事にしていらっしゃるのだ。百歩譲って大事にしとくだけなら良いが、見せびらかしてくれるな。「娘と一緒みたいで可愛いでしょう?」と嬉しそうに言う通り、髪の毛を描き足されているリヴィオニスと母は瓜二つで、剣を振り回すちっちゃな野蛮人とは到底思えない仕上がりの少女っぷり。
そんな絵を見た祖父母は、笑ってくれればいいものを、「なんて可愛いんだ!」と大絶賛しやがるのでリヴィオニスは恥ずかしさで死にそうだった。そっと肩を叩く弟のあの生ぬるい目といったら!
「…ヴァイス様こそ、どうなんですか」
「あ?」
なんとか一矢報いたい、とリヴィオは扉へ向かうヴァイスの背中に声を掛けた。
ガチャ、と開かれたドアの先。広い部屋には大きなベッドがある。寝室のようだ。
「ルネッタ様です。どこに惹かれて婚約を結ばれたのですか?」
淀みなく、ぐさりと枕カバーを引き裂いた暴君は、「はあ?」と眉を寄せて振り返った。
「14も年下だぞ」
えっっっっっっっ
「え」
「えってなんだ。お前、じゃあ14歳年下とどうこうできんのかよ」
「僕にはソフィ様がいるので」
「そういう話じゃねぇだろ」
まあな、とリヴィオは一応考えてみる。
リヴィオは16歳なので、14歳年下となると…うぉっ2歳か。
「…僕それヤバい人じゃないですか」
「そういうことだ」
「えー。だって、ルネッタ様は2歳じゃなくて17歳ですよ。結婚もできる年齢ですよ」
「お前、俺見てどう思う」
「え?」
どうって。
リヴィオは衣裳部屋から顔を出して、ヴァイスがマットレスをひっくり返して切り裂く狂気的な光景を眺めた。
お宝探しってより、快楽殺人者って感じだった。
目が合ったら諦めろ。絶対捕まるし、逃げた方が喜ぶぞそいつ。そんな感じ。
「…歩く有害指定物」
「真っ二つに折るぞ」
そういうとこだよ。とは言わんでおいた。
でも、なるほど。ふうん。
ヴァイスの言わんとするところが、なんとなくわかったリヴィオは再び衣裳部屋に戻った。
「気が引けるんですか?」
「まあ、そういうことだ。婚約者として連れ出したのは、この国と縁を切らせるのにも、近くに置いて護ってやるにも丁度良かったからだ」
意外と世話焼き、というか。
拾った動物も人も最後までしっかり面倒を見るタイプのヴァイスは、愛馬もモンスターに襲われていたところを助けたんだとか。帰るとこが無かった仔馬は、今や真っ赤な毛並みがそれは美しい、賢く強い名馬である。その成長ぶりからも、この男の性格がよくわかるというものだ。
「あいつはまだ、外をよく知らねぇからな。このままおっさんと結婚させちまうのは、あんまりだろう。お前らみたいに、好きな奴を見つけて、当たり前に幸せになるべきだ」
その好きな奴、が自分になる可能性ってのは微塵も考えて無さそうだな、このおじさん。
可哀そうな仔馬よろしく、拾ったからにゃあ面倒みねば、くらいで世話を焼いているだけでそういう枠組みの中にルネッタを置いていないんだろう。
まあな。14歳も年下の女の子を誰彼構わずそういう目で見るおっさん、ってのはちょっとしたホラーではあるが。じゃあ誰彼拘ってたら良いかというと、そういう事でもない。14歳年下の黒髪で黒い目の子が好きなんだ!とか変態じゃん。もしソフィが14歳年上のおっさんにそんなん言われた日にゃ、リヴィオはソフィの目を一瞬で覆わねばならん。おっさんをミンチにする瞬間を見せるわけにはいかんので。
でも、ルネッタだから、と。
義理堅くて情に厚いこの王様が、ルネッタだから、と言うなら。それは誰も批難できないんじゃないの。とリヴィオは思うんだけど。
「…大事に想っていらっしゃるんでしょう?」
「まあ、表情がよく変わるようになったのは可愛いと思ってるよ」
え~~~~
リヴィオは金糸で刺しゅうがびっしり入ったキラキラなマントをぺいと放り投げながら、げんなりした。げんなりだげんなり。世界中のみなさんお聞きください。今の、「可愛い」。
リヴィオを可愛いと言った時と、おんなじ言い方なんですよこのおっさん。
リヴィオは、ルネッタの表情の違いなんざすこっしもわからんし、好きでもない女の子をあんなに甲斐甲斐しくお世話しない。なのに、ヴァイスのその可愛いには、リヴィオがソフィを想うような熱量が無いのだ。
これは絶対、拗れるやつ。
リヴィオは思った。むしろ拗れろ。
だって、なんかよくわからんが、ルネッタはこの国で良い扱いを受けていなかったみたいだ。
敵ばかりの世界からある日、自分を連れ去ってくれて。国には帰らなくていいと婚約者にしてくれて。そんで、何しても仕方ないなって許してくれて、わざわざ冷ましたパンをとっかえてくれたりするんだぞ。
え? 好きになるだろそれ?
リヴィオときたら、13歳でソフィに恋に落ちて、そっから駆け抜けての今日だぞ。
ルネッタのエピソードに比べたら、三文小説にもならないような出会いだった。うっすいエピソード。人に話せば「え? そんだけ? 」とか言われそう。おいそんだけってなんだ表出ろ。
「青少年の心を弄んでんじゃねぇぞおっさん」
「あん?」
自覚がねーから最悪だ。いや、自覚無しでできちゃう男だから、人が集まるんだろう。これがカリスマ性ってやつだろうか。カリスマって人たらしってことだろ。
ソフィがこういうのに引っかかる前に連れ出せて良かったな、とリヴィオは刺しゅう入りのシャツを引っ張る。高そうだな。あ、ビリって言った。まあいいや。
「ん?」
軟派なシャツの先に、何やら感じるものがある。
お洒落なお洋服発見!ってわけでは勿論無い。魔力だ。
「ヴァイス様!」
リヴィオは、服をバサバサと床に放り投げた。ええいマントだコートだ重いな。自分で動く気の無い金持ちはこれだから!肩こりで石になっちまえ。
「…結界、いや封印か…?」
壁に刻まれていたのは、古めかしい魔法陣だ。
「お前、わかんのか」
「魔法は得意じゃないんですけどね」
リヴィオは、昔から好奇心は旺盛なので、魔法は全く使えないってわけじゃない。剣を魔法石に入れておけるのも、魔法をかじっているおかげだ。
リヴィオは、懐から魔法石を取り出した。
淡く赤色に光る魔法石は、ルネッタが解呪の魔法を込めてくれた。「結界魔法や、封印魔法をほどく魔法を込めています。使用回数は限られますが、この国の魔法ならどれでも通用すると思います」となんとも頼もしいお言葉と共にいただいた魔法石だ。
桁外れの魔法を使えるうえに、この国の魔法を知り尽くしているルネッタだからこそ作れるとんでも魔法石は、魔法の知識が乏しいヴァイスから「お前が持っとけ」とリヴィオの手に渡った。
リヴィオは、込められた魔法が発動するように、魔力を流す。
ぼう、と魔法石、そして魔法陣が強く光った。そして、光が消えると同時になんと、目の前の壁が消えた。
現れた小さな石造りの部屋は、埃っぽくてカビ臭い。
もう何年も人が足を踏み入れていないようなそこには、一冊の本があった。
「結界がありますね」
「厳重だな。期待ができそうだ」
ニヤリ、と笑う顔は悪人のようだ。
他国の王の寝室で泥棒しているところなので、間違いでは無いかもしれない。いやあ、悪い事すんのって楽しいね。
リヴィオは、再び魔法石をかざし、魔力を流した。
すぐに赤い光が放たれ、そして光が消えると同時に魔法石が割れた。
「ルネッタ様が込めてくださった魔法の効力が無くなったようです。先ほどの封印にこの結界、どちらもかなりの高位魔法だったようですね」
「へえ、そりゃ保護してやらねぇと、悪い事企む奴に持ち逃げされちゃ大変だな」
「はい。その途中でうっかり中身が見えてしまっても致し方が無いかと」
だな、とニヤニヤしながらページを捲ったヴァイスは、「あ?」と嫌な声を上げた。
この王様、呼びかけると大抵「あ?」と雑な返事をするのだが、いつもの「あ?」ではない。地の底から這い出てきた手に足首を掴まれるような、血濡れの剣先を喉に当てられるような、つまりは本気でブチ切れ寸前って感じの、「あ?」だ。
「…ヴァイス様?」
国一番の猛獣に育てられたリヴィオは、それっくらいじゃ動じない。ただ、なんかすんごい事が書かれてたんだろうなあ、と眉を寄せる。リヴィオがヴァイスの怒りに動じないように、この王様もそうそう感情を乱さない。
で。
こういう人が怒るのは、大抵、誰かのためなのだ。
つまりは、ルネッタを傷つけるような事が、そこに書かれている。
聞いても良いものだろうか、とリヴィオはバラバラとページを捲るヴァイスを観察した。ページ捲るのめっちゃ早い。全部読めてんのかな。
まあいいか、とリヴィオは外に出た。
集中しているようなので、そっとしておこう。使えそうな物を見つけたっぽいので、人が来ないように見張っておこう、と思ったのだ。今更だけど。
ルネッタによれば、魔導士たちは「呪い」の対応で追われてバタバタしているので大丈夫だ。見つかってもぶん殴って気絶させときゃ良いし。
なんでも、今とある部屋から漏れている「呪い」が少しずつ城の外に漏れているらしい。神様の加護とルネッタの魔法のおかげでリヴィオとヴァイスは何でもないが、確かに途中ですれ違った白ローブたちは体調が悪そうだった。お大事に。
リヴィオがフードをよいしょと深く被りなおしていると、ヴァイスが出てきた。
「うっわ」
「なんだ」
「クソ不機嫌じゃねぇですか」
「まあな」
まあなって。
リヴィオじゃなきゃ粗相やらかしてそうな怒気だ。怒気っていうかもう殺気だ。ここまで怒っておいて恋情は無いっていうんだもんなあ。爆発しろ人たらしめ。
「行くぞ」
「例の部屋ってとこですか?」
「ああ。王とルネッタの考える解呪は違うだろうからな。結界が解かれれば、王は部屋で喚くだろうよ」
カッと怒り露わに靴音を鳴らし部屋を出るヴァイスに、リヴィオが続いたその時。
「助けてリヴィオっ!」
その声が聞こえた瞬間、リヴィオは踏み出していた。
声はどこから聞こえた。近くじゃない。反対側。それから下の方。リヴィオは走りながら剣を取り出した。早く、もっと早く走れ。もっとだ。
本気で走るリヴィオに追いつけるのは父、それから抹茶や父の愛馬くらいのものだ。足には自信がある。ヴァイスの事や、黒い髪を隠すためにフードを深く被っていた事など、とうにリヴィオの頭に無い。
ただ、早く走れと身体に号令を出す。
騎士学校の教官にお褒めいただいた、動物並みに優れている五感に感謝しながら声が聞こえた方に走るリヴィオは、廊下の先でぽっかり青い空が覗いている事に気が付いた。
あそこだ。
迷いなどあるはずもない。リヴィオは躊躇いなく飛び、剣を振りかぶり、ソフィを見つけた。
苦しそうに宙でもがいている。
近くには、ルネッタも同じように宙に浮いている。
なんだろう。わからない。
でも、魔力のうねりが見える。長い金髪の男が下衆い笑みを浮かべているから、きっとあれは魔導士で、あれが犯人。目を凝らせば、金髪の魔導士と二人が魔力で繋がっている。
なら簡単だ。
いやあ良かった。小難しい魔法だったら、頭を使わにゃならんが。
「ぶった切る」
繋がってるモンは切りゃあいい。そうだろ?
ていうか自分以外とソフィが繋がるとか、リヴィオ的にマジ言語道断なんで。
リヴィオは振りかぶった剣を、力を籠め、思い切り振り下ろした。
ぐ、と抵抗を感じたので、そのまま力を籠めると、ブツン!と何か大きなものを切り落とした手ごたえを感じた。ソフィの身体が、ふっと弛緩する。
リヴィオはその身体が宙にあるうちに抱き留め、着地をすると同時に剣を上に薙ぎ払う。
再び、ブツン!と気持ちの悪い手ごたえを感じた。同時に、男の体が吹っ飛んでいく。ひとまず追撃は不要だろうと考えて、リヴィオははっとする。
ルネッタが落ちる、と手を伸ばそうとしたが、上から落ちてきたヴァイスが着地してそのままルネッタを受け止めた。
さすが人たらし。ナイスキャッチだ。
「ゲホッ、ケホッ」
剣を突き立て、リヴィオはソフィの顔を窺った。
立てた膝に凭れかからせ、顔にかかる髪を耳にかけてやる。涙を滲ませて咳き込むソフィの手は震えている。恐怖か、酸欠か。いずれにしろ、怖い思いをさせたことに違いは無い。
絶対に守ると誓ったのに、なんてザマだろう。情けない、と唇を噛むリヴィオに、ソフィは苦しそうな顔で、でも、嬉しそうに笑った。
「リヴィオは、必ず助けてくれるのね」
「…っ」
ああ、ああ。ああ、なんてひと。なんて人だろう。
高貴なお方ってのは、ほんと、人心掌握を心得ていらっしゃる!
自覚が無いからさあ、もうこっちは骨抜きなんだよ。まいっちゃうよね。でも、少しも嫌じゃない。どんどん、どんどん好きになる。そんな自分も、誇らしく思うんだからさ。
「貴女のためなら、いつだって、なんだって、してみせます」
今日この日のために、リヴィオの3年間があった。
ソフィのその声を聞きたくて、一番に駆け付けられる騎士でありたくて、駆け抜けた日々だ。
この小さな体を初めて抱き留めた時。
本当はその口から聞きたかったソフィーリアの本音を、ようやく。ようやく、リヴィオは聞けたのだ。
ああまったく、なんて最悪で最高な日だろう。
「僕を呼んでくれて、有難うございます」
嬉しそうに細められる甘いキャラメル色の瞳を飲み込んでしまいたくて、リヴィオは唇を落とした。
Q.さてどこに?





