22.楽しい団体旅行
「我が国が喧嘩を売っただと…?それはお前が最初だろう、お前が、お前さえ…!」
「これは互いの国で決めた盟約だったはずだがな。てめぇんとこの王は痴呆か?あ?お得意の魔法で治療してやった方が良いんじゃねぇのか」
すごいな、とソフィは感心した。
ヴァイスの話だ。
どっちが悪役なのか、本格的にわからなくなってきた。
まあな。悪なんて概念は、立場で変わる曖昧で不確定でつまらんモンだ。あちらのお国からすりゃあ、ヴァイスは真実悪人なんだろう。
ルネッタの白磁の顔を曇らせて、一国の王に暴言を吐いて、アズウェロに平気で酷い魔法を使おうとして、モンスターを捕えて街に放した疑いがあるから悪人、なんてぇのはソフィの尺度だ。
もしかしたら、ヴァイスとルネッタは裏でわっるい計画を企んでいるのかもしれないし、この男はその企てを阻止しようとしているのかもしれない。一方だけを見て、一方を悪だと切り捨てるのは、なーんにも知らんくせに婚約者の座を降りろとピーチクパーチク囀る小鳥ちゃんたちと同じだ。ちなみにソフィーリアは降りることができるなら喜んで降りますよ、と思ったし、降りることができなかったので逃げてきたんだけどね。
あの小鳥ちゃんたちは、ソフィーリアの代わりに婚約者になっただろう義妹のことも、あの紅がキラキラする嘴でつっつくんだろうか。ソフィはふと考えて、首を振った。義妹は社交界で人気者だったから、それは無いだろう。ソフィーリアのいない場所で、みんなそれぞれ幸せに生きていくに違いない。ソフィーリアがいなけりゃ、まあるく収まるんだろうよ。
もっと早く逃げ出せばよかった、とソフィは損をしたような気持ちになるが、一人で逃げ出していれば、結局惨めな気持ちで生きていた気がする。
今、厄介なトラブルに巻き込まれているらしくても、心配そうなアズウェロになんだかもふもふと頭をつつかれても、ぼけっとソフィが立っていられるのは、リヴィオがいるからだ。
涼しい顔で男を吹っ飛ばしたリヴィオは、ソフィの側から決して離れない。
いつでも動けるように、とばかりに大剣を肩に乗せたリヴィオの視線は、男に張り付いている。ピリピリとした真剣な顔も凛々しくて大層美しい。目の前の胸糞案件なんぞ、忘れてしまえる美しさだ。
「偉そうにしていられるのも、今のうちだ…! お前がなぜここにいるのか知らんが、今頃、街道にいるお前の部下は皆殺しになっているぞ!」
「ご心配どうも」
ルネッタ、とヴァイスが名を呼ぶと、ルネッタはごそごそと鞄から魔法石を取りだした。
「みなさん、聞こえますか」
『はーい! ルナティエッタ様!!』
わ、と返ってきたのは、大人数の男性の声だ。大きな声で、わーわーとルネッタを呼び、騒いでいた声が遠ざかると、『うるさいよ君ら』と、涼やかな声が言った。
『ルナティエッタ様、うちの王様のご機嫌はいかがですか?」
「…怒ってます」
『なるほど、想像通りクソな展開みたいですね』
男は言葉を失い、ルネッタの手のひらの魔法石を、信じられないように見つめている。見開いた、血走った目が不気味だ。
「だから、戦況を見誤るなと言っている。そこの神とやらが、お前の魔法にかかっていたのはフェイク。つまりは、罠にかかったのはお前だって考えればわかるだろ」
『うまい事言ったってドヤる陛下の顔が目に浮かびますねぇ』
「クビにされてぇかフェル」
『俺の他に、自由行動がお好きな陛下に付き合える家臣に心当たりがあるならどうぞ』
「ぐげっ」
最後のカエルのような鳴き声は勿論、ヴァイスではない。足元にいる男が、がす、と蹴飛ばされた呻き声だ。ザ・八つ当たり。ま、あらゆる方面に苛立ちをぶつける、のではなく暴言吐き男にぶつけているのでお好きにどうぞ、である。
外から見ているだけのソフィに男が悪だと切り捨てる資格は無いが、ルネッタの敵、アズウェロの敵として認定するには十分だ。やったれやったれ。
「大物を逃して、そのまま帰る気にはならねぇだろ」
まだ森にいるはずの男を罠にはめよう、と言ったのはヴァイスで、ならば囮が必要だ、と言ったのはリヴィオで、アズウェロを見たのはルネッタとソフィだ。
じ、と見詰められたアズウェロは嫌そうな顔で「おい」と、小さな顎をもふと上げた。
「主、私は神だぞ」
「はい、神様を捕えようとする不届き者がいるようなのですが、神様はそれをお見逃しになるのですか?」
「……嫌な言い方をするな…」
これは失礼。
王城のどっろどろな世界を生きていたソフィは、そういうところがあるのだ。ご容赦ください。
ごめんなさい、と思ってはいないが一応謝ると、あの、とルネッタが首を傾げた。
「攻撃されるとわかっている相手にやられるほど、アズウェロは弱くはないですよね?」
「当たり前だ」
「じゃあ怖くないですよね?」
「当たり前だ!」
「ならなんで嫌なんですか?」
「………」
ルネッタのこれは、多分、天然だ。純度百パーセントの天然煽り。ボコッ!と人の怒りを沸騰させるのは、実はこれが一番効く。こいつわざとだなって思えば、逆に思い通りになってやるものかと冷静になるもんだが、天然者はそうはいかん。なにせ、本気で言っとるからな。ここでアズウェロが断れば、「やっぱり怖いんですね」とか言って謝罪したうえに心配したりしそう。
一番腹立つやつ。
腹立つが、でもそこに悪意が無いから、相手は何を怒られているのか、ちいともわからん。これほど戦いにくい相手はいない。つまりはこういう時、ソフィやヴァイスのような人間は黙っておくに限る。案の定、ぷるぷると、というか、もふもふと揺れたアズウェロは「やってやろうではないか…!」と身体を大きくしたわけである。
作戦はいたってシンプル。
アズウェロがおびきだす。ヴァイスとリヴィオがぶん殴る。以上。シンプルな作戦はいいぞ。道具も準備もいらない。こーんな森の中でもすぐさま取り掛かれる。
まずは、モンスターに似た熊さんになった神様を用意します。
すんごい魔女さんが、神様に魔法をかけます。
武力で天下取れちゃう系男子を二人用意します。終わり。
なんて簡単! 誰でも挑戦できる悪党捕獲作戦である。ま、神様や最強魔女、天下取れちゃう系男子を誰でも用意できるかは知らんがな。
「ヴァイス様の部下の皆さんは大丈夫でしょうか?」
そんなシンプル作戦に首を傾げたのは、リヴィオだ。
「ヴァイス様とルネッタ様と浅からぬ縁がある者なんですよね。もし、街の騒ぎが試運転で、本命がヴァイス様とルネッタ様だったとしたら…部下の皆さんは、大きな街道の方を移動されているのでしょう?そちらが襲われるのでは」
「ああ。こういう事態に備えた、それこそ囮役だ。連絡が取れるように、魔法石を持たせている」
頷いたルネッタが魔法石を取り出し、声を掛けると『お呼びですか』と涼やかな声が応えた。
ヴァイスが一通り状況を説明すると『了解です』と、ほんとにわかってる?? ってくらい素早く軽い返事が返ってくる。
『ルナティエッタ様に頂いた、魔力を感知する魔法石がありますからご安心ください。どこにいるのかさえわかれば、魔法を使われる前に叩けばいいだけですから』
なんとも頼もしい力任せな返事に、ヴァイスは頷き、ルネッタはこちらを振り返った。
「ソフィたちは、どうしますか」
「え」
問われ、ソフィはその黒曜石のような瞳を見つめ返した。
ルネッタの長い髪が風に揺れる。
「これは、私の問題です。ちゃんと逃げ切るために、叩き潰さなくちゃいけないんです。でも、ソフィは関係ありません。危ないから、この先の街で待っていた方が良いと思います」
それはそうだ。
むしろ、隣国の問題を持ってきてくれちゃっているので、この国でそこそこの立場にあったソフィにはあまり関わってほしくない事かもしれない。それこそ国際問題だ。
第一、ソフィはここに居たってなんの役にも立たない。
回復魔法は覚えたてほやほやだし、っていうか大魔女様がおいでなのにソフィの魔法なんてマジで何の役にも立たん。剣が使えるわけでもなければ、頭が良いわけではない。
だから、一緒に行きたい、なんてのは我儘だ。
「ソフィ様」
知らず俯いていたソフィは、膝の上で握った自分の手に、大きな手を乗せられて、顔を上げた。
ソフィの大好きなブルーベリー色を優しく細めて、にっこり笑う顔は、ソフィに何度だって力をくれる。
「言うだけはタダですよ」
おどけるように言うリヴィオに、ソフィは笑った。
そうだ。
言ったって無駄。身の程をわきまえる。そんな楽しくも無い習慣を、ソフィは捨てる決意をしたのだ。考え無しな発言が良いって言ってんじゃないぞ。ただ、貴女が心配なんです、って。それっくらいは言ったって許されるんだってことを、ソフィはリヴィオに教えてもらったのだ。
「邪魔になることはわかっています。ですが、許されるのであれば、ルネッタと一緒にいたいです」
あ、とソフィは声を出しそうになる。
くる、とルネッタの瞳が丸く見開かれたのだ。ルネッタがそんな風に表情を変える様子を見ることができて、ソフィの心がそわそわした。…馬鹿すぎて驚いたってんじゃなければ、だけど。
「いんじゃねぇか」
援護は、思わぬところから来た。
一番反対しそうな、現実主義そうな先生、もとい王様は、非戦力なソフィの同行を少しも嫌がらなかった。
「嬢ちゃんには、えらいボディーガードが付いてるわけだし。ルネッタも嬢ちゃんが側にいれば、無茶はしねぇだろ」
「……私、無茶なんてしません」
「自分一人でも、絶対に防御魔法を使うと約束できるんだな」
「………」
そっと視線を逸らしたルネッタに、ヴァイスはそういうとこだろ、とため息をついた。
つまりソフィの役目は、ルネッタから離れずに足手まといになることらしい。
足手まといがいれば、ルネッタはどんな時も防御魔法を使い、身を守ることを考えなくてはならない。捨て身の作戦、なんてのはできないわけだ。
ルネッタの優しさとソフィの役立たずっぷりを考慮した、素晴らしい作戦である。
そういうことならどんと任せてほしい。
ソフィは頷いた。
「立派に足手まとってみせます!」
「誰もそこまで言ってねぇんだわ」
そんなわけで、侍女役を仰せつかったソフィは、絶賛、縛られ中である。
もちろん、ソフィにそんな趣味は無い。
「久しいな」
「……はい」
では、ゴミでも見るかのような顔でルネッタを見る、長い金髪の偉そうなおっさんの趣味なのか、と言えばまあ、多分それも違うと思いたい。
「ティベウス、良くやったな」
「い、いえ」
「他の仲間はどうした」
「あ、あいつらが思ったより、その、抵抗して、ゆっくり来ると…」
「そうか。無理をさせてすまないな」
「め、滅相もありません」
褒美をはずもう、とローブの男に笑いかける煌びやかなこのロン毛おじさんは、この国の王なのだという。
まあ、つまり。
「それで、お前は少しは反省したのか」
「お父様、私は」
「父と呼ぶなと言っただろう。虫唾が走る」
ルネッタのお父様であられるわけだが、ご自身で否定していらっしゃる。
じゃあお前はなんだお前がゴミ虫か、と思っても許されるだろう、とソフィは微笑んだ。
「恐れながら陛下、発言をお許しいただけますか?」
仕事が落ち着いてそのまま寝込んでました…。
皆さま心配してくださったのに不甲斐ないです…!!今日からまたよろしくお願いします!





