19.青い春とかいうやつ
「…なんの話でしょうか」
こみ上げる何かを押し下げて、ソフィが問うと、白いモフモフ。アズウェロがもふん、とソフィの顔を見上げた。うーん可愛い。
「ぬしが私の足を治療した時だ。青みがかった、紫の光が美しかったぞ」
ふ、うううん??
見上げてくるアズウェロは可愛い。オッケー。それは良い。大変良い。だがしかし、これは、これ以上続けられると、ひっじょうに良くない話ではなかろうか。主に、ソフィのメンタル的に。
「じ、自分で、見えなかったから…」
「ああ、目を閉じておったな」
そうそう。だからまさか、そんな恥ずかしい事になっているとソフィは思わなんだ。じわじわと体温が上がっている気がする。
「そういえば、あの時ソフィは、損傷した魔導力の修復のためにどんなイメージをしたんですか?」
「えっ、ええっと」
広げないで!この話を広げないで!!!
くるん、と純粋な魔法への興味に彩られたルネッタの瞳で見られて、ソフィは顔から火が出そうだった。火の魔法が使えなくて良かったね☆とか言うとる場合か。
あの時、ボロボロで痛々しい魔導力の穴を見て、ソフィは、その、なんだ。あれだ。あれが、あれな感じを思い浮かべたわけですからして。アレアレ、って物忘れの激しい引退寸前の大臣みたいだが、違う。ど忘れってわけじゃない。言葉にするのが躊躇われるだけで。あ、いや違うんだ、口にするのが嫌とかそういう事じゃなくて、だな。
だって、ソフィの心を救ってくれたリヴィオへの恋心です、とか。
言えんだろう!
待て。待て待て。そういえば、アズウェロは何と言った。
ソフィは、アズウェロが名付けろ、と言った言葉を思い出す。
『阿呆ではないな』
違う、そこじゃない。
『では、ぬしが名付けよ』
そう、その後。
『ぬしの、こっ恥ずかしくなるような、微笑ましい、温かい魔力が気に入った』
「あ、あれって、そういう意味…?!」
こっ恥ずかしくなるような、じゃない。恥ずかしい。恥ずかしすぎる。え、つまりなんだ。ソフィはこれから回復魔法をかける度に、「私、彼の事が好きなんです」って言ってまわるってことか。え? じゃあ何か。もしも万が一。いや億が一、よりも低い確率であってほしいし、考えたくもないが、リヴィオが怪我を負ってしまったとしたら、ソフィは「あなたの事が大好きです!」って言うようなものってことか? むしろ「あなたの事が大好きですってみんなに言ってまわってました!」ってことじゃないか??
考えたくないな!!!!!!
「あ、あの、ルネッタ」
「はい」
わかってない。わかってないんだろうな。わからんでくれ。
魔法石みたいな黒い瞳も、頬に刺さるリヴィオの視線も不思議そうなので、ソフィは冷静に、冷静に、と言い聞かせる。
「魔法を使う時のイメージを変える事って、できるんでしょうか」
「? できると思いますけど、一番最初に成功した記憶は残りやすいので、大変かと。だから魔法のクセはなかなか変えられないんです」
「な、なるほど…」
まあな。誰しも第一印象とか、初めての経験とか、忘れられなかったりするものな。それこそ、初恋、とか。浮かれ浮かれのやらかし物語だろうとな。いや、だからこそか。
ソフィは、どれだけ頑張っても、回復魔法を使う時に今日を思い出さない自信が無い。色々インパクトが強すぎた。
「リヴィオ…怪我、しないでくださいね…」
「?はい」
見ないで。こっちを見ないでください。
ソフィはリヴィオの顔を見ることができない。かといって、ルネッタの「なんでどうして」と言いたげな無表情を見ることもできず、「なんでどうして」その二なアズウェロも見ることができない。
つまり左右も下も視線をやるところが無くて、正面を見ると。う、ヴァイス様の、ニヤッ、って意地悪そうな、笑顔。
あれは、わかってる。
全部、全部わかってる。ソフィが何を考えていたか、今何を考えているか、わかってる顔だ。
いや、いやね。別に、ソフィがリヴィオの事を大好きだってことは、わかりきっているんだから今更隠すことないじゃないって、ソフィも思うんだが。そういうこっちゃない。そういうこっちゃないのだ。
全然わからんなって人は、初恋を思い浮かべてほしい。尊くも甘酸っぱく、愚かにも恥ずかしい、布団にくるまって身悶えしたくなるソレだ。あいつの事好きなんだろ? って聞かれて「イエス!」って大きな声で言えたか?ソレだよ君。
無論、心を晒す恥ずかしさは色恋だけじゃない。じゃあどれだよって方は、ときめきサイクロンな自作の詩集を落としたとか、夢を語った日記を本と間違えて人に貸しちゃったとか、思い浮かべてほしい。どうだ、布団が恋しいだろう。思い当たらないって方は、楽しみにしているといい。そのうち布団に引きこもりたくなる日は来るだろうから。
今のソフィのようにな!
ちなみにソフィは、ポエムを書いた経験も夢満載な日記を書いた記憶も無い。お茶会で仕入れたネタである。あの時は「へえ」と少しもソフィーリアの心に響かなかった話だが、今はもうほんと、お布団が恋しかった。埋まりたい。丸まりたい。さながら、地中で眠る幼虫のように。
あ。
ヴァイスが。
口を、開いた。
「まあいいじゃねぇか。嬢ちゃんも初めてで混乱してるんだろ。それより食おう。腹減った」
ヴァイス様!!!!!!!
ソフィは心の中で忠誠を誓った。ヴァイスが今後ルネッタへの恋心に苦しむ時には、そっと布団をお持ちしよう。え、命と自由? それはソフィの物なのであげない。
「それで?」
今日も美味しい、リヴィオお手製のスープにソフィの心と体がほこほこしたところで、ヴァイスが声を上げた。
「それで、とは?」
小さな両手でマグカップを、ちょん、と持って、スプーン片手にアズウェロが問うと、ヴァイスが続けた。
「何があって神が傷を負うんだ」
「ああ、実に不愉快な話だ」
こくん、とアズウェロが頷く様は大層可愛らしいが、話はなかなかに深刻だ。だが、重々しい雰囲気をぶち壊すお可愛らしい姿形はソフィの要望に応えた姿なのでツッコんではいけないのだ。
「この辺りによくいるモンスターの姿を借りた私に、忌々しい魔導士が、私を見るなり攻撃してきた。私を食らおうと、糧にしようと刃を向けるならば、それも生き物の理だ。咎めることはせん」
だがな、とアズウェロはこくこくとスープを飲み干した。ぷは、と息をつく姿はやっぱり可愛い。
「あやつは、私がモンスターではないとわかった上で、私を捕えようとしていた」
「!」
アズウェロの言葉に、その場の空気がピリッとひりついた。
モンスターを汚染し捕えているのだろう、変人だか悪人だかの話に、ソフィたちは心当たりがあった。あの大きな鳥のモンスターの騒動が、ヴァイスとルネッタと出会う切っ掛けでもあったのだから。
「どんな奴だったか、わかるか」
慎重に紡がれたヴァイスの言葉に、アズウェロは思い出すようにそっぽを向いて、短い手を顎、と思わしき場所に添えた。
ふん、と頷いたアズウェロは、ぴょんとソフィの膝を降りる。
「金色の髪に、金色の目をしていた。あれは、」
がしゃん、と音が跳ねた。
驚いてソフィが隣を見ると、ルネッタの手から、器が落ちている。
「ルネッタ!」
ソフィは、慌ててルネッタの濡れたワンピースに触れた。幸い、スープは冷めていたようで、黒いワンピースは冷たい。火傷をしている心配は無さそうだ、とソフィがほっと一息をつくと、小さく息を飲む声が聞こえた。
顔を上げると、どれほど高揚しようとも無表情だったルネッタが、わかりやすく硬直していた。寄せられた眉に、震える唇。動揺を描くルネッタの小さな顔は、恐れなのか、悲しみなのか。
「ルネッタ…?」
ソフィが名を呼ぶと、はっとしたようにルネッタは瞬き、震える唇に手を添えた。
「…ご、ごめんなさい、私、」
「大丈夫。大丈夫よ、ルネッタ。ねえ、火傷をしていては大変だわ。川へ行ってはどうかしら。良ければ一緒に行くわ」
ね? とソフィが微笑むと、ルネッタの、きゅっと寄せられた眉から力が抜ける。いつもの、垂れた八の字の眉に戻ると、ルネッタはこくりと頷いた。
「そう、ですね。有難うございます、私、ちょっと、行ってきます」
ふら、と立ち上がったルネッタを、ソフィは見上げる。
ついて行きたい。きっと、あれは一人にしてはいけない。一人だと、もっと悲しくなってしまう。けれどもソフィはまだ、ルネッタとの間に壁も感じている。自分だったらどうだろうか。そんなに簡単に、心を晒せるだろうか。弱った心を、開いて見せられるだろうか。
答えは否だった。
どうすればいい。
人と距離を置いて生きてきたソフィは、こんな時にどうすればいいのかが、わからない。
虚しくて悔しくて唇を噛むと、ヴァイスが己の愛馬に声を掛けた。
「カタフ、付いて行ってやってくれ」
燃えるように真っ赤な毛並みをしたヴァイスの馬は、ゆっくりと頷くと、静かにルネッタの後を追った。兵力異常値の人の愛馬は言葉を解して当然なんだろうか。
長い尾がゆったりと揺れるのを見送ると、ヴァイスが舌打ちをした。
ソフィがヴァイスに視線を戻すと、盛大に眉間の皺が増えている。腹を立てているような、うんざりしたような顔で長い髪をかきあげたヴァイスは、「最悪だ」ともう一度舌打ちをした。





