9.それではダンスを一曲
『青き風よ、双頭の歌に身を捧げ、古の邂逅の、』
『爪を立て蹂躙せし孤高の息吹、』
「っうそだろ、刃が通らねぇよ!」
「よけろ来るぞっ!!」
突然響き渡った獣の声に、人々の悲鳴。
驚いたソフィとリヴィオが宿屋の外に出ると、巨大なモンスターを取り囲み、必死で剣を振り回す冒険者や、詠唱をする魔導士がいた。
だが、建物の2階をゆうに見下ろせる、鳥のような見た目のモンスターには、いずれもちっとも効いておらず、モンスターは、ケエエ!と嫌な声を上げた。
そして、ばさ!と羽を広げるだけで突風が吹き、建物の屋根や屋台が巻き上げられる。きゃああ!と悲鳴を上げ、人々は瓦礫から身を隠した。
ちなみにソフィは、リヴィオにぐっと体を抱き込まれたおかげで、痛くも痒くも無い。どころか暖かくてなんかいい香りで、変な悲鳴が出そうだった。浮かれ脳みそ君はちょっと引っ込んどいてほしい。
風が鳴りやむと、リヴィオはソフィの身体を離し、前に出た。
ソフィは慌ててリヴィオを追いかける。
「リヴィオ!」
「ソフィ様、中に入っていてください」
鋭い刃のような声に、ソフィはすぐさま首を振った。
「言いましたでしょう。わたくし、防御魔法でしたら使えます。足手まといにならないと誓いますから、一緒にいさせてください」
ソフィが拳を握ってそう言うと、リヴィオは、ぱちん、と綺麗な瞳で瞬きして、くすりと笑った。
ははあ、さすがは誇り高き騎士。モンスターを前にしても、ちっとも焦る様子なんぞなく、場違いなほどに美しい笑みだ。状況を忘れて見惚れちまいそうな男は、なんでもないように言った。
「足手まといになんてさせませんよ。僕がすぐに終わらせてみせますから」
黒い髪をさらりと揺らし、とんでもない事を言ったあと、「もしもに備えて、一応防御魔法は張って置いてください」と、リヴィオは足を踏み出す。
広い背中に、ソフィは両手を握り締めた。
いやあ、ほんと、もう、かっこいい。背中が、かっこいい。
そう、本来リヴィオニス・ウォーリアンはとてつもなく、格好良い男なのだ。あまりの美しさと、真っ赤な頬が信じられないほどに可愛いので忘れそうになるが、この男は最強を継ぐはずだった騎士である。
誰よりも格好良くて当然なのだ。
いやいや浮かれとる場合か、と我に返ったソフィが詠唱をし、避難し損ねている人たちまで覆う大きな防御魔法を展開する前で、リヴィオは駆けだした。
走り出したリヴィオの体を、青い光が包む。次の瞬間には、リヴィオの身長ほどありそうな大剣がその手にあった。やっぱりリヴィオは天の使いか妖精さんだった!というわけでは、無い。当たり前だ。
「あれは…」
王城の騎士は、夜会や公式な場での警護任務も行う。
が、誰もが細くて軽いお洒落な剣を使っているわけではない。いや、べつに使えるんだろうが、一番自分の力を発揮できる武器が、お上品なソードだとは限らない、ということだ。弓矢だったり槍だったり、それこそ大剣だったり。
得意な得物は人それぞれだろう。
とはいえ、それこそリヴィオが持つ大剣なんかを警護任務で装備できるかといやあ、難しいだろう。物々しいにもほどがある。城内はとっても危険だぞ☆と宣伝しているようなもんだし、お前らのこと信用してません☆と宣言するようなもんだ。
そこで導入されたのが、「魔法石」という、文字通り魔力を込めた宝玉に、武器を一つしまう方法である。しまう、つったって勿論簡単じゃない。
武器自体に魔力を流し、魔法石と馴染むように調整せねばならんので、魔力のコントロールが苦手な騎士には少々ハードルが高かった。
ついでに魔法石も安い物では無かったので、そんなホイホイと配れる代物じゃあない。そんなわけで、実際に使うことができたのは一部の騎士だけだった。
つまりは、レアな高級品。特別な場所での警護を任されるような、許された者だけの特権。なのだが。
「……持って来ちゃったのね…」
うん。きっと返却し忘れたんだろうな。そうに違いない。
何せ、夜会の夜からそのままの旅路だ。そんなこともあろうな。
ソフィは考えるのをやめて、魔法の維持に努めることにした。
ふう、と息を吐きながら魔力の流れを確認する。道を塞ぐほどの大きな防御壁を展開したのは初めてだったが、なかなか良い感じだ。魔力が途切れるような感覚も無い。
良し、と顔を上げると、リヴィオが「どけ!」と大声を上げた。
「避けろ!」
その声に驚いて振り向いた冒険者達は、大剣を構えるリヴィオに気付くと、慌てて走り出した。
リヴィオの素性に気付いたわけでは無かろうが、その気迫に感じるものがあったのだろう。
背が高くがっしりとしたリヴィオすら、小さく見えるような巨大な鳥のモンスターが、ぎろりとその体を睨む。
ぐ、と腰を落としたリヴィオは、構えた大剣を、振りかぶった。
しなやかな身体の動きに、黒髪がふわりと揺れる。ローブがダンスを踊る騎士のマントさながらに広がって、身の丈ほどの剣を振っていると思えない美しさに、ソフィは息を飲んだ。
と、同時に、ごお!と強い風が吹いた。
「な、なんて剣圧だよっ…!」
誰かが零した声に重なるように、なんと。まあ。え。
どぉ!と大きな音が響いた。
「ケッ…!」
そして、巨大なモンスターはたった一声。
大人が数人がかりで取り囲み、あれだけ必死に攻防を繰り広げていたモンスターは、たった一声鳴いて、身体をぐらりと傾けた。
「おい、そこ倒れるから気を付けろよ」
「え?わ、あわああ!」
リヴィオは、呆気に取られてモンスターを見上げる冒険者たちに声を掛けながら、大剣を肩に乗せた。そこ滑るから足元気を付けて、くらいの軽さで。事の重大さとテンションが合ってない。
呑気な声を掛けられた男たちは、足元に大きな影が出来ている事に気が付き、慌てて走り出した。
そして間もなく。
どおおおおおん!!!!!!!!!
と、轟音と共にモンスターが倒れた。
「悪い!思ったよりデカかった!もう少し向こうに倒れるようにすべきだった。あんたら怪我無いか?」
「あ、ありませんです…」
「建物の方に倒れないようにする事しか考えてなかった。悪いな」
「え?あ?え???」
きょろきょろと、リヴィオとモンスターを見比べる男に、ソフィは頷き返したかった。
倒す方向をどうやって調整してんだろうな。意味がわからん。
そういうもんなんだろうか、と一瞬納得しかけたソフィであったが、筋骨隆々、「俺、強いぜ!修羅場くぐってきたぜ!」って感じのいかにも冒険者な男があれだけ動揺しているのだ。全然、そういうもんじゃないんだろうな。
だが、ま。うん。大丈夫。
そんなこともある。そんなもんなんだろう。相手はあのウォーリアン家の次期当主だった男だからな。
巨大なモンスターを、たった一撃で、悲鳴を上げさせることも血を見せる事も無く、任意の方向にぶっ倒せるくらい、できるできる。簡単な話さ。はは、笑っとこう。
「さて、さくっとトドメを…」
そこで、リヴィオが突然振り返った。
「ソフィ様こちらへ!」
「え」
驚いて振り返ると、
「も、もう一体っ?!」
ケエエエエ!と叫ぶモンスターの声、人々の悲鳴。再び混乱が落とされた。
突然、どこからあれだけ巨大なモンスターが出てくるというのだ。
予期せぬ事態にソフィがもう一枚、防御壁を出そうとしたところで、
「え」
魔力が揺れた。
膨大で、濃密な、魔力の波が、辺りを覆う。
透明なシールドが一帯に張られた事がわかり、驚いたソフィが振り返ると、リヴィオも目を大きく見開いていた。零れ落ちそうなブルーベリー色の瞳が綺麗、とか言っとる場合ではない。
「!」
「ドオオオオオン!!!!!」
「ケエエエエエエエエエエエエエ!!」
そして、雷が落ちる音、モンスターの悲鳴が、二つずつ響き渡る。
巨大なモンスターを貫く雷が、自分の前と後ろに同時に落ちて、ソフィは思わず耳を塞いだ。
この世の終わりかっつう程の音が鳴りやむと、そこにはプスプスと煙を上げる鳥の丸焼きがあった。
「や、やきとり…」
「羽ついてるし下処理してねぇからまずそうだな」
誰かの声に、誰かが噴き出した。
食うな。
「ソフィ様っ」
気が抜けたソフィの体が揺らぐと、後ろからすぐにリヴィオが支えてくれた。
身体をすっぽり包み込んでくれる安心感に、ソフィはほうと息をつく。
「お怪我はありませんか?」
「まさか。リヴィオのおかげで、怪我をする間もありませんでしたわ」
ふふ、と笑ってソフィは顔を逸らしてリヴィオを見上げた。
頭のてっぺんをくっつけた場所から、ど、とリヴィオの心臓の音が聞こえて、白い頬が赤く染まる。ソフィだけが知る、可愛いリヴィオだ。
「おかえりなさい」
「た、た、ただいま、です」
かわいい。ほんと、もう、かわいい。
馬鹿デカイ剣を振り回して、民家より大きなモンスターを一撃でひっくり返らせた男と思えない、国宝級の可愛さだ。
「おかえりなさい、って良い響きですね。わたくし、初めて言いましたわ」
こんな可愛らしいお顔が拝めるなら死ぬまで何千回と言おう、とソフィが胸に誓うと、リヴィオは天を仰ぐように顔を上げた。「かわいい…」と聞こえたのは、ソフィの自惚れじゃなけりゃ聞き間違いじゃなかろう。ソフィの頬もか、と熱くなる。
で。
呑気に笑っていたソフィは、「ルネッタ!」と、怒鳴る男の声に我に返った。
ぴく、とソフィを支えるリヴィオの体も揺れる。
「…リヴィオ…」
「……逃げましょう」
「はい」
リヴィオの反応に、自分の思い違いではないらしい事がわかったソフィはこくりと頷いた。
まずい。
これは、まずい。
いや、いつかはそういうこともあるだろうと思ったが、さすがに早すぎる。
「動けますか」
「はい」
気だるいが、動けない程ではない。ソフィが頷くと、身体を支えたままリヴィオが歩き出す。
ひとまずここから離れねば、と思った。ところで。
「あ?おいお前らどこ行くんだよ」
「!」
がし、リヴィオの体が止まる。
ローブの、フードをがしりと掴まれていた。
「おいおい、リヴィオニス・ウォーリアンともあろう男が、簡単に背後を取られんなよ」
リヴィオのフードを握り締めた男は、に、と笑みを浮かべた。
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