11.同病相憐れんで笑っておくれ!
「魔法?」
はたと我に返ったソフィは、馬車をじっくりと眺める。
なるほどたしかに。
言われてみれば、馬車は魔力を帯びていた。ふわふわキラキラと輝く青い魔導力。おやおや? ソフィはこれに覚えがあるなあ。
「……アズウェロ?」
「うむ」
いつの間にか熊のぬいぐるみスタイルでソフィの肩に乗っていたアズウェロが、小さな声で頷いた。
「あの妖精の魔力だな」
つい先程まで見ていた青い光。まさに今ソフィを困らせている青い魔力。そう、この馬車は消えかけていたとは思えない盛大なくしゃみを聞かせてくれた、あの妖精の魔力をまとっているのだ!
何が起きているのかさっぱりなソフィであるが、しかし魔法の馬車。なんだか早そうな響き。と、呑気なことを言っている場合ではなさそうで、ソフィはルーベニスを見上げた。
「どんな魔法がかけられているのでしょう?」
「多分、積み荷が消える」
「ふぁっ?!」
「はあ?!」
ソフィと商人の声が重なった。ソプラノとバリトンのハーモニー、とはもちろんならず不協和音が森に響く。リヴィオは「もしかして」と器用に片方の眉を上げた。
「このおじさんを助けるために止めてました?」
「コソドロおまえ……!」
なんてこと! 馬車──つまり商品がなければ商売はできない。商人にとって命とも言えるだろうその大事な品を守るためにルーベニスはあんなにも必死に……!
「んなわきゃねーわ。見たいだけだわ」
んなわきゃなかった。
ただの知的好奇心。いわば野次馬根性。その一心であれだけ争っていたというのか。感心すればいいやら呆れればいいやら。
一瞬で輝いて一瞬で光を失う商人の目を見ていられなくて、ソフィは馬車に視線を移した。
やっぱりどんな魔法か、ソフィにはわからない。
だが、小さく問いかけたアズウェロは「間違いではなさそうだ」と頷いたのでたしかだろう。神様のお墨付きだもんね。ぴすぴすと揺れる鼻は相変わらず、神なんて名と結びつかない可愛らしさだけれど。
「あの、この馬車には本当に積荷が消える魔法がかかっているようなのです。大切な商品を守るためにも、馬車を見せていただけませんか?」
「嬢ちゃん、あんたがコイツとグルったら俺はとんだ間抜けになっちまう」
うーん、それはそう。ソフィがルーベニスとここで会ったのは偶然にすぎない。けれどそれを証明する手立てはないし、そもそもルーベニスが本当に悪事を企んでいないという保証もないのだ。
「ルーベニス様、どうしても馬車を降りないといけないのでしょうか?」
「別に良いけど」
「え」
またも重なる商人とソフィの声に、ルーベニスはあっけらかんと言った。
「俺は積み荷がどうなっても関係ないし」
「つまりそれって」
「多分、おっさんがそこに一定時間座ってると発動するんやと思うんよな、これ」
「なんだって!」
ルーベニスは、サングラスの奥で目を細める。
ソフィには見えない何かを視ている横顔は、造り物のように美しい。
「正確には馬車を走らせたら、な気もするけど……こっからじゃ、ようわからん。じゃけぇ近くで見せろっち言いよんのに、おっさん全然言うこと聞かんのよな。発動する前に見たいんにさあ。まあ発動したらしたでおもろいけど」
「おもしろくねぇよ!」
喋ると台無しだけど。
一貫して自分のための主張を続けるルーベニスと、再び声を荒げる商人を前に、ソフィは頭を抱えた。
商人自身のために馬車を降りてほしい。だがしかし、ルーベニスを信じてくれと商人を説得できる材料がない。
まさか「肩に乗る神様も同意しているので信じてください♡」なあんて言えぬしな。誰が信じるのそれ。商人から見れば、ルーベニスもソフィも等しく不審者である。正気を疑われてハイ終わりだ。
「ソフィ」
「ひっ」
びっ……くりしたあ。は? ソフィは唇をんだ。
だってリヴィオったら、大きな体を縮こませてソフィの袖を引くんだもの。
何その可愛い仕草。毎度毎度、ソフィよりでっかいくせに上目遣いっていう高等スキルを出すのも本当にやめてほしいと何度言えばわかるのだろう、この男。あ、いやソフィは口に出したことがなかったな。じゃあ仕方がないか。思わず目を閉じて逃げたくなるソフィの気持ちなんざリヴィオが知るわけないもんな! もうやだこのお顔見てられない!
「見たいですか?」
「見たいです!」
「わかりました。おじさん」
あ、え、何を?
リヴィオのお顔を見たくないなんて嘘だ嘘ずっと眺めていたいに決まっているじゃないかバカタレと浮かれ脳みそくんの命令直下で飛び出した言葉に、心得たと頷くリヴィオ。何もわかっていないソフィの何がわかったんだろうか。
「馬車から降りて、もしこの男が積み荷や馬車に何かしかけたら、僕が全力で止めます。損害が出たら、弁償しましょう」
「リヴィオ?!」
驚いたソフィが声を上げると、リヴィオはなんでもないように笑った。
「本当に積み荷が消えちゃったらソフィも気にしちゃうだろうし。だったらハッキリさせましょうよ」
「待って、だけど」
「大丈夫ですよ。ほら、こないだモンスターの素材を売ったお金、ソフィ僕が狩ったからって受け取ってくれなかったでしょ。僕今、貴族街の家を一、二軒は買っても困らないくらいの余裕がありますから。ね。だってソフィ、馬車の魔法見たいんでしょう?」
なんということだろう……! ソフィは思わず両手で口を覆った。
商人とルーベニスのやり取りに気を取られていたが、「一定時間馬車にいると発動する積み荷を消す妖精の魔法」が今この場にあるのだ。
そんなもの、見たいに決まっているではないか!
どんな形で、どんな術式なのか。考えれば考えるほど、気になってくる。自分にかけられた魔法を解くヒントになるかもしれない、なんて殊勝な考えは遅れてよいしょと腰を上げた。その脇を走り抜けた野次馬根性が、抑えた両手を突き抜ける。
「リヴィオだいっきらい!」
ソフィよりもソフィのことをわかってくれる最愛の騎士は、とろけるように微笑んだ。
「僕もソフィが大好きですよ」
「だいきらい〜〜」
「ソフィ!!!!」
「あっはははははっは!」
もやだ縫い付けようかなこの口! ソフィはお裁縫ど下手くそだけどね! ふんぬと歯を食いしばっても時遅し。高名な魔女様は、素直に礼も言えやしない魔法に憤るソフィに気づいたらしく、腹を抱えて笑い出した。
「なーにその魔法! あっは! おチビどこでもろうて来たんよ! あっはははははははっははげっほはっはははははは!!!!! なんて最高に馬鹿馬鹿しくて最高に悪趣味な魔法だっははははははは!!!!」
笑え笑え笑ってくれ。いっそ本望だ。ソフィは消えてなくなりたい気持ちとよくぞ笑ってくれたという気持ちで商人を見上げた。
あったねあった。商人を説得できそうな材料!
「わたくしに魔法をかけた方が、あなたの馬車にも魔法をかけているようなんです。被害者同士、と言うと変ですけれど、信じていただけませんか」
「あ、あんたにかけられた魔法?」
はい、とソフィはやけっぱちで言ってやった。
「好きな人に大嫌いという魔法です!」
「だっっはははははははははは!!!!!」





