10.袖振り合うも多生の縁
称賛と嘲笑どっちが多いかっていやあ、嘲笑だった。なにって? ソフィーリアのかくも愉快でけったいな人生だ。どうぞ皆々様笑っておくれ。
辛いか辛くないかと問われりゃあ、首を傾げるしかないくらいに、そのカサついた日々をソフィーリアは当たり前として生きていた。疑問が入り込む余地も隙間もなく、そういうもんだと飲み込んでいたソフィーリアの薄っぺらい笑みは不気味だと評判だった。
そんなソフィーリアを「おチビ」と呼んだ真っ赤な男は、その日突然目の前に現れた。
いつからそこにいたのか、いつの間にソフィーリアの目の前に立ったのか、ちいっともわからんが。王城の図書室には在るにはあまりに異質。目立って仕方がない容貌であるにもかかわらず自然すぎることが不自然な男は、ソフィーリアをどこにでもいる子どものようにして呼んだ。
取るに足らん幼子のように。
何年も前からそうであったかのように。
驚きに次いで驚きを提供し、そうして始めからそこにはいなかったかのように立ち消えた男は、時を経た今、ソフィの前で「やっぱおチビだ」と笑った。
「覚えてくださっているのですか?」
力ずくでソフィーリアの世界をこじ開けた男は、あの日と少しも変わらぬ不自然さで「覚えとぉよ!」と軽やかに笑う。
「長く生きとぉけどさあ、俺様の魔力を綺麗なんて言ったのはおチビが初めてやったもん。いやあ、センス良いよね。見る目があるっちゅーの? 良い目持っとるわぁ。ほんで、ちっさいのにでっかい本開いてんの、おもろかったしな。相変わらず小さいねぇおチビ」
「まあ! もう小さくありませんわ」
「いやいや小さいよ小さい。こんくらいやん」
ソフィの手のひらくらいの幅に親指と人差指を広げるルーベニスに、ソフィはぷんと抗議した。失礼な。そんなにちいちゃくないやい。
「ちゃんと近くでご覧ください! ほら! 小さくないでしょう!」
「あはは、ちいこいのが背伸びしてなんか言ってる」
「!」
そりゃ、まあ、ソフィはルーベニスを見上げちゃあいるけれど。それはルーベニスが大きいだけだ。
けらけらと笑い声を上げたルーベニスは、サングラスを少しだけ下げた。燃えるように真っ赤な瞳が猫のように細められる。
「んー、まあ、でもたしかに成長したみたいだね?」
「え」
ぽん、と頭に乗せられた手のひらは、大きかった。
硬い指の腹が、雑にソフィの頭を揺らす。ぐわんぐわんと揺すって、髪をかき混ぜていく。
「わ、あ」
口から漏れていく間抜けな声に、ルーベニスは笑い声を上げた。
「ちっせー頭!」
「どうもこんにちは僕はリヴィオと申しますソフィと将来を誓いあった唯一の騎士ですがさて、失礼ですが貴方は? ああ、いえいえ僕は別に貴方のことなんか気にならないんですが、そちらの御仁は貴方様の正体が気になってしょうがないのでは、と思いましてねだって馬車を見せろ、と山賊もかくやという剣幕でつめよってきた不審者が、可憐な花の如くお可愛らしい方と親しげでかつ無礼にも触れておいでなのですからねえ気になりますよねえ!」
一息……!!
つらつらとノンストップで吐き出していくその滑舌の良さは、スピーチ慣れしているソフィですら思わず拍手を送りたくなるほど見事であった。待ってリヴィオもう一回言っていえ待ってちょっと落ち着かせて、とソフィの心臓がどんどこ騒ぐような聞き捨てならん言葉も一緒に走り抜けていった気がするけれど。
置いておこう。浮かれ脳みそくんお静かに。
なぜなら、ルーベニスの手首をぎしりと掴むリヴィオの目がちいっとも笑っていない。
ねえ! と迫る美貌に商人はブンブンと首を、というか全身を縦に振って同意を示した。激しい。
「何この爆裂嫉妬ボーイ」
「!」
「しっと?」
掴まれた腕を見下ろすルーベニスにリヴィオは頬を赤くし、隣の商人は「ぶっほあ!」と吹き出した。笑うところなんだろうか。置いてけぼりのソフィはとりあえず、リヴィオの腕をつついた。
「リヴィオ、ルーベニス様の手を離してあげて? 痛そうだわ」
「っ、す、すみません」
「大丈夫よ、ルーベニス様はその、なんていうか不思議な方だけれど、悪い人ではないわ」
多分。恐らく。きっと。
ルーベニスはソフィにとって恩人であるが、商人を怒鳴りつける姿を善人と言い切って良いのかはなんとも迷うところである。
ただ、実力ある魔女であるルーベニスが悪人だったなら、商人は元気に怒鳴り返すことはなかったのではないだろうか。そう思うと、ルーベニスの振る舞いを見ても尚、ソフィは警戒心を抱くことが難しそうだった。
とはいえ、そばで見ていたリヴィオの心配もわかるので、ソフィはしゅんと降ろされたリヴィオの手を握った。
「心配してくれてありがとう、リヴィオ」
「ソフィ……!」
きゅ、と握り返してくる手にソフィは微笑んだ。
口の中が血の味がするが気のせいだ。耐えろ。ソフィは忍耐の女である。
「別に痛くなかったけど……えぇ、なんこれ。なんか俺様たち置いてかれてない?」
「あんた野暮だな。モテねぇだろ」
「んだとジジィ。そのハゲ頭磨いたたろか。輝かしたろか。歩くたび眩しい! て近所迷惑させたろか!」
「ああぁん?! こちとら嫁にも娘にも『眩しいこっち見ないで』ってすでに言われとるわい!」
「はぁ?!……うそやん大丈夫おっちゃんそれウザがられてない?」
「え……やっぱそうなのか……? 嫁がさあ、『あの頃のあなたは……』って意味深な事言うんだよ。あの頃の俺はなんだよ今の俺は何だよ?! 最後まで言ってくれよ今の俺はなんなんだ!」
「おっちゃん、男は毛やない。性格や。その喧嘩っ早いのどうにかしたら?」
「テメェが言うんじゃねぇよ!!!!」
「だァら、そのすぐ怒鳴んのやめろって。女の子は特にそういうの嫌いだぜ?」
「き、嫌いとか言うなよう……幸せにするって約束は絶対守るって……家族に不自由な思いさせたくねぇって、俺だって必死なんだよう……」
「ごめんごめんごめん大丈夫だって家族のために頑張るおっちゃん格好イイって。自信持ってこ?」
「お、おまえ……人の馬車狙うコソドロのくせに良いやつじゃねぇか……」
「おっちゃんもクソじじぃだけど頑張ってんねんな……」
「コソドロ……」
「クソじじぃ……」
あれ? なんかいい雰囲気?? もしや友情が芽生えた? え? なんで? 先程までの一触即発の雰囲気だったのに、なぜほんわりと光っているように見えるのだろう。はてと首を傾げるソフィの前で見つめ合った二人は、がしりと両手を組み合わせた。
「だーれがコソドロじゃじじいいいいいいいいい」
「じじぃ言うなコソドロがあああああ俺はまだ42だあああああ」
「老けてんなハゲえええええ」
「ハゲ言うなクソガキがああああああ」
「俺様はお前よりずっと年上じゃいボケがああああああ」
「どうしてまた揉めてるんです?!」
思わず叫ぶソフィに、リヴィオはにっこりと笑った。
「ほっときません?」
「そんな!」
いつかまた会えたらな、と思っていた魔女に再会できたのだ。こんな間抜けなさようならがあってたまるかってんだ。ソフィはルーベニスに聞きたいことがたくさんあるのだ。
差し当たっては──
「ルーベニス様! なぜ馬車にこだわっていらっしゃるんですか!」
「あ?!」
大魔女ルーベニスがなぜ、コソドロ呼ばわりされているのか、だ。
馬車がほしいわけではない。けれど馬車から降りろと言う。その主張の裏にあるものは一体?
「よく見ろおチビ! この馬車、魔法がかけられてんだろ!」
前回、ルーベニスの正体に気付いたはじかねりすとの方がいて嬉しかったですありがとうございます!
さて皆様、今月のコミカライズ版はじかねを、神の姿をご覧いただけましたか?
めっちゃくちゃ格好いいですよね!!
モノクロなのに、淡い色の絵本のような描かれ方も素敵です。それをぶち壊していく王族の醜さに、果たして人外はどちらだろうかと問いかけるような表現!
ずっと読んでくださっている皆様はお気づきでしょうか。私の癖に深々と刺さりました。大変…大変良いです…。
プレミアム版はついにルネッタが…!!
そうだ第3火曜日過ぎてる!という方はぜひぜひご覧ください!
そしてそしてなんと!マグコミ様は10周年!おめでとうございます!!
お祝いに、あず真矢先生のサイン入り単行本(第1巻)プレゼントキャンペーンや、皆さまのリクエストに応えて描きおろし1ページ漫画を描いてもらえちゃうという、もんのすごい企画が開催されています!
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