7.答え合わせ
「ま、そんなわけで私は手を出さん」
えらくスケールの大きな話を、なんともまあ簡単に言ってくれおった神様は、もぐもぐとクッキーを咀嚼する。冗談じゃない。クッキーを流し込むには、あまりに苦すぎるお話ではないか。ソフィがいくら甘いものが苦手だといっても限度ってもんがある。消化不良必死。胃が痙攣しちまう。
「少なくとも、あの妖精を眷属とする神の気性を知らぬうちは、手を出さん方がよかろうな。主、大人しくしておけ。神の怒りを買いたくはあるまい?」
アズウェロは意味ありげな視線をソフィに、ではなくリヴィオに向ける。リヴィオはしっかりと頷いた。
「神なんて面倒で厄介なものに触っちゃだめですよソフィ」
なんて失礼な二人だろう。これではまるで、ソフィが自ら解呪に乗り出そうとしているようではないか! そんな考えなしで愚かなこと、ソフィがするわけないのにね。ほんと。いやほんとに。嘘じゃないって。
ちょっとだけ、ちらっとだけ、ソフィの頭の端っこを「抜け道はないかしら」なんて考えが抜き足差し足忍び足で横切っていったのは気のせいだってば。二度も二人の忠告を無視するわけにはいかぬ。
「どうすればいいのかしら……」
それはそれとして、厄介な状況であることは間違いない。
途方に暮れるソフィに、リヴィオは微笑んだ。
「大丈夫ですソフィ。僕、ちゃんとわかってますから」
「リヴィオ……」
儚い。光に同化して消えてしまいそうなくらい、リヴィオが儚くて美しい。どうしよう。ソフィを思いやってくれる優しさが嬉しくて笑顔が天使のように美しくて、ソフィは唇を噛んだ。
「大嫌い」
「ふぐぅ」
「大丈夫じゃないなあ」
「ごめんなさいごめんなさい!!!!」
もう嫌! 誰かわたくしの目を潰して!!
叫びたい気持ちでソフィはひたすらにリヴィオに謝るが、大丈夫と笑うリヴィオの言葉に力はない。目が! ソフィの目がリヴィオのご尊顔を映すから! いやだがしかし。しかしだ。ソフィは思う。
リヴィオの魅力は美貌だけじゃないわ……!
それは世界が知る事実である。ソフィは異論を認めぬ。
だって、ね。戦う姿は吟遊詩人が歌う勇者もかくやという雄々しさであるし、一方でその軽やかさは天上人のように美しく、何よりリヴィオは心根が美しいのだ。
力強い瞳も、誰もが一瞬で心を差し出したくなる笑顔も、見惚れる立ち居振る舞いも、全てはリヴィオのひたむきで真っ直ぐな性格があってこそだ。積み上げられた努力と研鑽がこそが、リヴィオを輝かせる。
「きらい……」
「うぐふっ」
だめだ。全然大丈夫じゃない。駄目すぎる。リヴィオが、ではない。ソフィが、だ。自分の意思に反して勝手に滑り出ていく言葉に、ソフィの精神が保たない。誰か口を縫い付けてはくれまいか。
口にしたくない言葉を吐く苦痛と屈辱、眼の前で震えるリヴィオへの申し訳なさ。そして、こんなときでも、或いはこんなときだからこそリヴィオと優しさに浮かれる脳みそによる無限ループ。地獄はここにある。
「ときに主」
「なあにアズウェロ……」
もういっそ気を失ってしまいたい。
百年分くらいの寿命を失った気分でソフィはアズウェロを見返す。
輝く毛並みが美しい大きな猫さんの姿で、アズウェロはこてん、と首を傾げた。
「私のことをどう思う」
「え?」
口元の毛に食べカスをつけた猫さんを? どう思うか?
「可愛いわ」
「うむうむ。あ、いやそうではなく」
うん? とソフィはアズウェロと同じように首を傾げる。
「好きか?」
「大好きよ」
「うむ」
あれれ?
満足気に頷くアズウェロに、ソフィはようやくその意図に気づいた。
今、ソフィのお口は何を言っただろう。好き、と。いやいやまさか、そんな。……なんだって?
「黒いのは?」
「大好き」
「ひひん」
鼻先を上げた抹茶が、ゆったりと尻尾を揺らす。愛らしいその軌跡に、ソフィは震え、アズウェロは頷いた。
「ではゼリーは」
「好き」
「紅茶は」
「好きよ」
「うむ」
アズウェロの問いに、ソフィの口がソフィの意思を裏切ることない。思ったとおりに言葉が流れていくことは、こんなにもストレスがないものかと実感するほどである。
かつては本音なんて舌に乗せることすらできなかったのに、すっかり甘やかされたものだなあ。などと、感慨に浸る余裕はない。
風向きが変わってきた。
整理しましょう。
ソフィは無言で頷いた。
さて、発端はなんだったろう。
ソフィが妖精に魔法をかけたこと──は、この際だ脇に置いておこう。ソフィが自分を責めて落ち込んでも、事態は収まらない。
問題はその次だ。感謝を述べたあの妖精は、なんと言った?
花弁が風に乗るようにソフィの手のひらから飛び立った妖精は、お礼に、と。『大好きって言っちゃうのが恥ずかしいんですよね?』と、指を鳴らしたのだ。
なぜ?
そう、そうだ。
魔法を使うその時、ソフィの頭はリヴィオのことでいっぱいだった。
リヴィオのことを考えると、勇気が出る。怖気づいてしまう自分を奮い立たせることができる。
ソフィにってリヴィオは勇気と自由の象徴であった。世界に飛び出し、恋を知った自分を誇らしいとすら思う。
けれども。それはそれ、これはこれ、だ。
無意識に「リヴィオ大好き!」と叫ぶかのように放出される紫色のへの羞恥心は別の話である。
と、そんなソフィの思考が、もしあの妖精に伝わっていたとしたら?
まるまる筒抜け、ってこたないだろう。だとしたら、もう少しまともな状況になっていたはず。運が良いんだか悪いんだか、魔力と一緒に断片的に流れてしまったソフィの阿呆な言葉を、妖精がそのまま受け取って、それで、「善意」を返してくれたとしたら?
ありえない、と言い切れるほどソフィは魔法にも妖精にも詳しくない。
「ソフィ……」
リヴィオは妖精と違って、ソフィの思考を読めない。
けれど、アズウェロとのやり取りでそれに気付かぬほど、鈍い男ではない。むしろ勘が鋭く、頭の回転も速い方だ。
つまり。
「ソフィ、ぼ、僕のこと、どう思ってますか……?」
「っ」
少女のように可憐に染まる頬、期待に輝くブルーベリーキャンディ、その全てを視界に入れた瞬間、浮かれ脳みそ君がスタンディングオベーション。
「だいっきらいよ!!!」
「僕だけ特別なんですねソフィ!!!!」
ソフィが、ちょっとびっくりするくらいの熱量で、四六時中リヴィオの事を「好きだ」と脳内で叫び倒していることを見抜いたリヴィオは、太陽が霞むほどの笑顔を浮かべた。
その眩しさときたら!
「嫌いよリヴィオ!」
「はい! 僕も大好きですソフィ!!」
「う、うわーん!」
羞恥地獄、誕生の瞬間であった。
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いつも応援本当にありがとうございます!!
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