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【書籍化&コミカライズ】婚約者の浮気現場を見ちゃったので始まりの鐘が鳴りました  作者: えひと
第4章:歌いたくなっちゃったので魔女が鐘を鳴らしました
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6.あなたにとっての大事とわたしにとっての大事

「ぶひん」


 それは鳴き声、というよりため息のようだった。

 この場で一番の年長者で一番の知識人かの如き呆れたため息だ。

 なんだこの惨状は、とでも言うように鼻先を上げた我らが御馬様──抹茶にリヴィオは力なく「うるさい」と返した。それを見てアズウェロがけたけたと笑う。事情を知らぬ人間が見ればファンシーでハートフルな光景ではあるな。

 え、ソフィはどうしたって? ソフィは意図しないひどい言葉が口を飛び出したショックでちょっと涙目だ。なんてことを言ってくれるんだこの口は。


「……ひとまず、休憩しましょうか」

「リヴィオ……!!」


 ソフィは震えた。

 だってだって、ふふ、と笑うリヴィオの儚い笑顔が、んも〜〜それはそれは美しいのだ。どれくらい美しいって、浮かれ脳みそくんが罪悪感と興奮でしちゃかめちゃっかになるくらい。

 いつもの目を焼き尽くす光度を放つ笑顔も最高だが、いやはや。儚いのも、たいへんに良い。普段とのギャップがまた、ソフィをたまらない気持ちにさせた。

 とはいえ、リヴィオが儚くなっているのはソフィのせいなのだから、んな無責任に悶えている場合ではない。興奮と混ざりあった罪悪感が捻れながら叫び、リヴィオから香るそこはかとない色気を浴びた浮かれ脳みそくんは、ソフィの口をぱっかーんと開いた。


「大嫌いよリヴィオ!」

「ふぐう!」

「ごごごごめんなさいリヴィオ!!!!」

「い、いえ、良いんです……ソフィは悪くないです……」

「り、りびお……」


 さしもの浮かれ脳みそくんも、二度目の「嫌い」発言に固まった。

 よたよたとお茶の準備を始めるリヴィオを手伝おうと手を伸ばし、けれどソフィはその手を下げる。不用意に近づき、感情が高ぶればまたソフィの口はとんでもないことを言いやがるだろう。ふざけんなである。

 ソフィはぎしりと手を握った。


 ソフィは悪くない、とリヴィオは言うけれど。

 原因は、二人の静止を振り切って妖精に手を貸したソフィにある。大人しく二人の言う事を聞いておけば、リヴィオをいたずらに傷つけることはなかった。

 けれども、妖精を見捨てる選択肢はソフィにはなかったのだ。後悔はしていない。だからこそ、申し訳ない気持ちになる。


 ソフィは大人しく、敷布を広げた。薄いピンク色が草の上に柔らかく着地する。

 端に緑と紫の花が刺繍されている大きな布は、リヴィオのお気に入りだ。

 大きな布に咲く花に出会ったのは、とある街の露店だった。緑の花を見つけたリヴィオが「ソフィみたいです!」と嬉しそうに足を止め、店主は「じゃあ隣の花はお兄さんだね。寄り添う姿がお二人さんみたいだろ?」と悪戯に笑った。ぱちーんとウィンクを添えて。まんまと撃ち抜かれたリヴィオは「買います!」と硬貨をそれはもう勢いよく差し出した。真っ赤になったソフィが言葉を挟む隙もない。

 そんな大きな布を、ソフィが次に見たのはその街を出たあとだった。


「こうやって休憩するときに、地面にそのまま座るの気になってたんですよね」

「頭でも打ったか。ぬしにそんな繊細さがあるわけがない」

「なんだと」


 まあないけど、とリヴィオは大きな布を広げた。

 そして、鮮やかな糸で刺繍された緑の紫の花を撫でて笑う。


「これでソフィの服が汚れないだろ?」

「うむ。それでこそぬしだ」


 褒めるなよ、褒めておらんわ、なんて何でも無い顔で言わないでほしい。呑気な二人を前に、ソフィがどれほど衝撃を受けたか、リヴィオにはきっとわからない。

 ソフィが代金を支払うと言えば「俺が嫌だっただけなので」と笑い、ソフィが礼を言えばそのたびに「うれしい」と笑う。

 リヴィオが当たり前のようにソフィに優しくするとき、時々どうしようもなく苦しくなるこの気持ちをなんと呼べばよいのか、ソフィも未だにわらかないでいるのだから。


「きらいよリヴィオ……」


 役立たずの唇に丸まっていくソフィの背中を、アズウェロがぽんと叩いた。


「あずうぇろ」

「主、クッキーはまだか」


 悪魔か。

 いや、ちがう神様だった。神様って血も涙もないのかな。


「ぶひん」

「あ、こら何をする」


 ソフィに代わってアズウェロを小突いた抹茶は、鼻先をリヴィオに向けて振る。

 落ち込むリヴィオを心配しているのだろうか。さすがは思慮深く優しい御馬様だ。


「聞こえてるぞ抹茶、誰がしなびた雑草だ」


 まさかの悪口だった。


「あのしなびた雑草をどうにかしろ、ですって。失礼な相棒ですよね」


 抹茶の通訳をするリヴィオの足元はおぼつかないが、手際は変わらない。朝のうちに汲んでおいた水を、テキパキと火にかけたリヴィオは、街で購入したクッキーを広げた。


「アズウェロ、ソフィにかけられた魔法はソフィを傷つけないってのは本当だな?」

「うむ」


 満足そうにクッキーに手を伸ばすアズウェロに、ソフィも問いかけた。


「じゃあ、この魔法を解くにはどうしたら良いの?」

「無理だな」

「……なんですって?」


 もふもふの手で、器用にもぐもぐとクッキーを頬張るこの白い毛玉様は、さてなんと仰っただろうか。ソフィの耳がおかしくなったのかな。神様なのに、妖精の魔法が解けない? まさかまさか。


「私にはその魔法は解けない」

「聞き間違いじゃないの?!」


 丁寧にトドメを刺してきたアズウェロに、ソフィは声を上げた。


「神は、神の魔法に手を出せん」

「お前、神のくせにちょいちょい無能だな?」

「誰が無能だへし折るぞ」


 アズウェは、すぱん! と勢いよく尻尾でリヴィオの足を叩きつける。


「いいか。私は、他の神の気配がするだけで、これほど不快なのだ。そんな私が、自分が施した魔法をどこぞの神が解除したならば、どれほど腹を立てると思う?」

「……どれくらい?」


 恐る恐る問うソフィを前に、アズウェロはクッキーをぱきん、と噛み割った。


「大乱闘ぱにっくくらっしゃーずな感じだな」

「つまり?」

「天変地異大開催だ」

「大迷惑じゃないか!」

「だからそう言っている」


 アズウェロは「いいか?」と、リヴィオの足をもう一度叩いた。


「私達は自分の物に手を出されるのが死よりも嫌いだ。心底嫌いだ。嫌悪と言っても良い。だからこそ、互いの領分に手は出さん。生物の生き死になんぞに興味はないが、進んで壊したいとも思わんのでな」


 神様にも感情がある。

 神様も笑い、怒り、恋をし、悲しみ、生きている。そしてその感情の発露は、時折人の予想を遥かに超えた姿で大地に降り注ぐ。


 少しも大げさではないアズウェロの言葉に、ソフィはぞっとした。








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