5.プレゼントはサプライズ
「や、やられた?」
「あやつ、主に魔法をかけた」
「魔法?」
「ソフィに魔法?!」
驚いたソフィの声をかき消す大声に、アズウェロは「やかましい」とリヴィオの足を尻尾ではたいた。ばしん、となかなか強い音がしたのだけれど大丈夫だろうか。
「どんな魔法なんだよ!」
「いや、悪いものではない。ただ、相手は妖精だからな……」
「妖精が人にかけた魔法だぞ!」
「私の加護があるんだ。身体に害を及ぼすような魔法はそう簡単にはかけられんわ」
リヴィオの心配を鼻で笑ったアズウェロは、ソフィをじっと見る。
正しくは、ソフィの胸のあたりだ。
「まあ、不愉快であることに変わりはないがな」
「ふ、不愉快ですか」
「あの妖精の魔力の臭いが不愉快だ。主と私は魔力を共有できるからな」
「待てそれ初耳だぞ」
「ええいうるさい紫のはひっこんっどけ」
ばしん、と今度は背中を右手で叩きつけたアズウェロは心底嫌そうに目を細めた。
「本当に丈夫だな、ぬし」
「お前、今わりと本気だったろ」
睨み合う両者を前に、ソフィはそろそろと手を上げた。
ソフィのために争っているところ申し訳ないが、当事者を置いて盛り上がらないでいただきたい。いや、ここはあのセリフを言うべきだろうか。ロマンス小説を嗜む人間ならば、人生で言ってみたいセリフランキング上位だろうあのセリフ。「わたくしのために争わないで!」ってやつを。いやしかし、なんかそういう雰囲気じゃないしな。
「主?」
「ソフィ?」
結局タイミングを逃してしまったソフィは「ええと」と言葉を曖昧な音を漏らした。
「えっと、それで、わたくしにかけられた魔法って、なにかしら」
「さて…………主、自分に魔法をかけられていることが、あの妖精の魔力が、わかるか」
じっと検分するように細められる青い瞳に、促されソフィは目を閉じた。
手を当てた胸の奥。感じるのはアズウェロの魔力だ。
温かい、ソフィを守ろうとする強い力を感じる。清らかで眩いそれは「神気」と呼ばれていた。あまり意識したことがなかったが、これが「加護」かとソフィは深く呼吸をする。
意識が一つ、落ちていく。
「あ」
感じたのは、花の香りだった。
それから、光。
アズウェロの直視することが躊躇われるような光とは違う。例えるならば、太陽の光。よく晴れた、カラッとした青空のような光は、なんだか楽しくなる。うむ。たしかにこれは、悪いものではなさそうだ。
「これがあの妖精の魔力ですか?」
ソフィが目を開けると、アズウェロが頷いた。
「私と同じ、光を司るものの気配を感じる。あれは恐らく、神の眷属だな」
「眷属?」
「他者の魔力だけでも不快なのに、よその神の魔力なんぞ、不愉快でならん」
フン、と嫌そうに鼻を鳴らしたアズウェロが歩き始める。
「神?」
リヴィオの顔が、わかりやすく歪んだ。仕方がない。リヴィオとソフィの「知っている」神様といえば、ストーキングをしたり呪いをかけたりと、ろくなエピソードをお持ちでない。
一番身近な神様がお茶目でキュートなモフモフだもんで、幸い神様嫌いとまではいかないけど。
「これはもう一刻も早くクッキーを食べるしかない」
はあやれやれ、とわざとらしく首を振る大きな猫ちゃんに、リヴィオが「待てよ」と尻尾を握った
「ぎゃ!」
「お前クッキー食いたいだけだろ。ソフィになんの魔法がかけられたのか、ちゃんと説明しろよ」
「ええい、しつこい!」
「当たり前だろ! ソフィのことだぞ!」
「リヴィオ……」
ソフィとアズウェロは、この魔力を感じることができる。
胸の中できゃっきゃと笑うような、底抜けに明るい魔力からは、誰かを害そうだなんてすっこしも思いつかない、なんていうか、言いづらいんだけども、能天気そうな雰囲気を感じるのだ。だって花の香りまでするんだもん。あ、これなんにも考えてないやつだな。そんな気分になる。
すでにアズウェロの魔力を内に入れているソフィにしてみれば、「他者の魔力を感じる不快さ」とやらもピンとこない。だからこその呑気さなのだが、魔力が視えないリヴィオは気が気ではないらしい。
「ソフィ、痛いとか、気持ち悪いとか、異変はありませんか? どこかおかしなところは?」
アズウェロを前に吊り上げていた眉を下げ、ソフィをひたと見る瞳に宿る心配の色にソフィの胸がぎゅうと苦しくなった。ソフィを心から案じる、ソフィを大切に大切に思ってくれる、やさしい紫の光。
誰かに想われる心地よさを教えてくれたその瞳にたまらない気持ちになって、ソフィの口角がゆるゆると広がった。
大丈夫。
心配しないで。
そう言って微笑もうとして、
「リヴィオ、大嫌いよ」
ぽーんと飛び出していったのは、そんな言葉だった。
「え」
「え?」
ぴーちちちち。おやおや、小鳥さんが鳴いているね。
葉がそよそよと揺れる音の、まあ穏やかなこと。過ごしやすい陽気の森はピクニックにぴったりだろうな。
ところで、ソフィは今なんと言っただろうか。
「なるほど、嫌いか」
「いいいいいいいいいいいい言ってない言ってない言ってないソフィはそんなこと言わない言ってないソフィがぼくをきききき」
「いいいいいいいいい言ってません言ってません言ってません言ってません」
自分の耳が拾った自分の声は聞き間違いだったのではと思うことを許さない、神の無慈悲な言葉に、二人は膝をついて叫んだ。誰と誰って、もちろんリヴィオとソフィ。
「リヴィオ! わ、わたくし言ってないわ!」
「ですよね言ってない!」
思わず手を取り合う二人を、アズウェロはけらけらと笑った。
「では主、もう一度言ってみろ。紫のを、どう思う」
「ど、どうって」
心臓が止まるかと思った。
きゅうと寄せられた眉、雫を溜めて揺れるアメジスト、噛み締められて色づく唇、薔薇色の頬。
可哀想で可愛いくて、可愛いのに可哀想で、今すぐ何が辛いのだとその不幸を跳ね除けてやりたいのに、頭を撫でくりまわしたくなるくらい可愛らしい。大変だ。大事件だ。可愛すぎる。
「ソフィ……?」
なんて声を出しやがるんだろうなあこの騎士様は! 縋るように呟かれる己の名がもたらす破壊力に、ソフィの心臓はぎゅううううううんと凄い音を立て、浮かれ脳みそくんが血を吐いた。
「大嫌いです!!!!!!!!!」
「ぎゃん!!!!!!!」
「ぶっっっっっっは」
倒れ込むリヴィオを前に、ソフィの悲鳴とアズウェロの笑い声が響き渡った。
毎度毎度、予定は未定で申し訳ありません……。
つ、つぎこそはもう少し早く更新したいです。
さてさて、今月のコミカライズ版はじかねは読んでいただけましたか?
解放のシーンの迫力と綺麗さに私は感動しました。
そしてソフィ!かっこいい!アズウェロにも見せ場を用意してもらえて嬉しいですね。
何より先生の可愛い女の子が二人できゃっきゃしている様子が最強に可愛いです。
プレミアム版は、つつつついにあのシーン!!ひゃあ!
さらに、コミカライズ4巻の発売が決定しました〜!
8月12日が待ち遠しいですね!ぜひゲットしていただけましたら嬉しいです。





