84.咲いた花の名前は愛
本日二度目の投稿です。読み飛ばしにご注意ください。
「ソフィ、アズウェロに抹茶と合流して追いかけて来るように伝えてもらえますか?」
「わかったわ」
鞄に、ローブやお手紙セットに本、諸々を詰め込んだソフィが振り返ると、窓を開けたリヴィオはにっこり笑った。
「アズウェロなら、ソフィの場所もわかりますよね?」
問いかけるリヴィオに頷いて、ソフィは胸に手を当てた。アズウェロの魔力に意識を集中させると暖かくなる胸の奥に向かって声を掛ける。
「アズウェロ、聞こえる?」
『むぐ』
むぐって。まあたなんか食べてんなこの神様。
ふふ、と笑いながらソフィは続けた。
「お城から逃げ出しちゃおうと思うの。マッチャさんと追いかけて来てほしいんだけど、わたくしの場所はわかるかしら?」
『むぐ、任せろ。しかし、良いのか。あの二人が主らを無理やり引き止めるとは思えんが』
「人の思惑はね、重なり合って捻じ曲がると、淀むの。もちろん、エーリッヒ陛下とエレノアならそれも治めるでしょうけど、無駄な時間と労力をかけさせたくないわ。だって、どうしたってわたくしは旅をしたいんだもの」
どれだけ説得されたとて、ソフィの心はどこまでも続く空に、大地に、海に、まだ見ぬご馳走にワクワクしているのだ。この心を止められるのはリヴィオだけなんだけど、
「僕も窮屈なお城で規律正しく生きるより、ソフィと旅をしたいです。アズウェロだってそうだろ? って言っといてください」
肝心のリヴィオがこれだもん。お行儀よくじっと座って、ただでさえ気苦労の多い人に余計な苦労をかけさせるのはなんだかねえ。第一、今更ソフィは淑女のヒールは履けない。足が疲れちゃう。
「リヴィオも、アズウェロとわたくしと一緒に旅を続けたいって!」
『うむ。黒いのも同じであろうな』
「そうね!!」
大好きなひとたちが自分と同じように旅を楽しいと思ってくれていることが、ソフィはどうしようもなく嬉しい。
心が弾けるように踊りだすままに笑うと、リヴィオも笑った。
「かわいい!!」
「きゃあ!」
なんということでしょう! 笑うだけならソフィも呑気にしていられたのに! ぎゅうと目を閉じたリヴィオはそのままソフィを抱き上げなさったので、ソフィは思わず叫んだ。
「り、リヴィオっ?!」
「ソフィ! 僕は今、人生最高の瞬間を日々、いえ毎秒更新しています!!」
「へぁっえ、わ、わたくしもです?!」
「アズウェロ! 行くぞ!!」
『うわっなんだ紫の声かっ』
もしかしてくっついているとわたくしを媒介にしてリヴィオもアズウェロと会話ができるのかしら、と思考が逸れた、というか現実逃避しかけたソフィの身体が宙に浮かぶ。え? 宙?? おおおおおおお空が、お空が!
「ひっっっっ」
駄目だ怖い死ぬ心臓がぐえってなる。終わり。もう終わりです。悲鳴すら出ない。ソフィは、ぐ、と身体を拘束する力が強くなったあと
「ソフィ、僕を見て」
「あ、はい」
超至近距離で見るリヴィオの顔力が、なんかもうすんごかったので、ソフィの心は凪いだ。恐怖と興奮が振り切った状態で合体すると、心のメーターは針がブチ折れんだな。ははん。ソフィちゃんたらまた一つ賢くなっちゃったぜ。
「部屋の向こうなんか気配がざわざわしてたし、やっぱ、ベールナルドのあれは『気をつけろ』って意味だったんだな」
「へ」
ずどん!!!!!
ソフィが、神が創造せし芸術品であるリヴィの横顔に見とれている間に、轟音が響いた。びっくりしたソフィが見下ろした先にあるリヴィオの足は無事だし、体勢を低くしているおかげで地面が近いので、ソフィはほっと息をつく。地面最高。
「こんにちは」
「こんにちは」
リヴィオはソフィを抱えたまま立ち上がると、軽やかな声で挨拶を交わした。はてとリヴィオの視線を追っかけると、水色の髪の美女が笑った。
太股まである長いブーツ、肌にぴったりとした丈の短いワンピース。日の光の下が良く似合う、空色の魔女レイジニアンは、猫が尻尾を揺らすように大きなピアスを揺らす。
「ご機嫌ようソフィ」
「ご、ご機嫌よう」
リヴィオの腕の中でなけりゃきちんと礼をしたけれど、リヴィオはソフィを抱いて降ろさない。だって、空気がピリッとしてんだもん。
下ろしてくれと言いづらい雰囲気の中で、ペコ、と頭を下げたソフィにレイジニアンは目を細めた。
「ごめんなさいね。可愛い息子に二人を引き止めてほしいって頼まれちゃって。私、親バカなんだよね」
パチ、と火花が咲いた後に、長い杖が現れる。魔法石がいくつも揺れる美しい杖を手にしたレイジニアンは、コン、と杖を地面に打ち付けた。
「──ソフィちゃん、忘れないで。魔女は何にも縛られない。魔女を縛れるものは何もない。魔女の魔法は自然そのものであり、自然はいつだって魔女を愛している」
レイジニアンの言葉は子守歌のように優しい。が、レイジニアンに向かって急速に集められていく魔力に、ソフィは鳥肌が立った。恐ろしいのは、魔力がまるで自分から向かっていくかのように楽しげであることだ。
駆け回るように、スキップをするように、小さな魔導力が集まり大きな魔力となり、レイジニアンに流れ込んでいく。
「忘れちゃ駄目よ」
「!」
パチン! とウィンクをするキュートな魔女に、ソフィは我に返った。
魔法は自由。
魔女は自由。
──そうだ、ソフィは、なんだってできる。
「リヴィオ」
「はい」
リヴィオは、ソフィが名前を呼んだのを合図に走り出した。ごお、っていや、は、はや! 初めてソフィを背に乗っけた時の抹茶みたいにすんごいスピード。でも、レイジニアンの杖がまだ自分たちを向いていることが、ソフィにはわかる。
「あれ、当たったら死にません?」
「当てさせません」
「!」
なんだかソフィを抱える腕が振動している気がするが、ソフィは目を閉じて魔力を練り上げる。いや、それでは駄目だ。なんのためにレイジニアンが来たのだ。
ソフィは目を開ける。
忘れるな。ソフィが最初に教わったのは、魔力を視ることだ。
「手伝ってくださる?」
リヴィオの瞳みたいに、キラキラと光る魔導力たちにソフィは呼びかける。目を凝らせばいつだって優しく光る世界の愛に、ソフィは微笑んだ。
「不可侵なる愛憐!」
「トールデスペンサー!!!」
アズウェロの力を借りたときほど大きな防御壁ではない。杖を出す間もなかった。
でも、ソフィが今まで使ってきた防御魔法と比べ物にならない大きな防御壁は、レイジニアンの魔法を綺麗に弾いた。
ぶつかった魔力が空で、花が咲くように散っていく。
きらきら、きらきらと。
「行ってらっしゃい、新米魔女さん」
歌うような声はきっと気のせいではないだろう。
ソフィは瞬きよりも早く過ぎていく景色の向こう、アーモンド型の目を細めているだろう魔女に笑い返した。
「行ってきます、自由を飛ぶ空色の魔女さん」
わたくしの声も聞こえていると良いな、と思ったその時。ソフィの胸が暖かくなった。
「アズウェロ?」
『いたぞ黒いの!』
「ヒヒーン!!」
「抹茶!」
ずささささ!! と勢いを急ブレーキを掛けたリヴィオに、二人(?)が走り寄ってくる。
荷物を乗せた抹茶が嘶くと、その頭の上に乗っかったアズウェロが、ぱあ、白く光った。抹茶の隣に並んだ熊さんは、「待たせたか?」と首を傾げる。
「いいや、ナイスタイミングだ」
アズウェロの背にソフィを乗せて、リヴィオが笑った。たくましい腕からふかふかの毛並みに着地したソフィは、淋しいな、とか。思ったり思ってなかったり。いや、そういう状況じゃないしね。うん。
ちら、と見上げたリヴィオは目が合うと、ソフィの頭を撫でた。ソフィは唇を噛む。ず、ずるい。絶対なんにもわかってない顔なのに!
浮かれ脳みそくんをぐわしと握りこんだことに気づかないリヴィオは、心の中で叫ぶソフィなんてしらんぷりで、ひらりと抹茶の背に乗る。はわああかっこいい! なんてご機嫌になっとる場合ではない。
「主、紫の」
「全部読まれてるなあ」
「!」
ソフィは震えた。
進行方向に、ずらりと騎士が並んでいる。
からではなく、ニヤリと口の端を上げるリヴィオが格好良すぎたので。
リヴィオはいつ何時も格好良くて可愛い。そんなの当たり前だ。当たり前なのに、何度もソフィの心臓を揺さぶって脳みそを溶かしちまうんだから、いやあ困った困った。
嘘。なんにも困んない。ソフィの人生は、おかげさまでいつ何時も春色だもん。
「アドルファス様かしら」
「メガネ上げて高笑いしてそうですね」
笑いあうリヴィオとソフィに、アズウェロと抹茶も笑うように身体を震わせた。
そして、──走り出す。
びゅんびゅんと景色を置いて。
驚く兵士を飛び越して!!
「うっそだろ!」
「お、追えー!」
「馬を出せー!!」
後方で叫ぶ騎士たちに、リヴィオが笑った。
「アドルファス様が騎馬隊を待機させてないのは、ちょっと不思議ですね」
「そうね。マッチャさんが乗せてる荷物も、どこからやってきたのか不思議だわ」
「そうですねぇ」
「恩人様を逃すなー!!」
「恩返しが終わってないぞー!!!」
「あと一ヶ月は滞在してもらうんだー!!!!」
「恩人様ー! ありがとおございましたあああーー!!!」
トンチンカンな雄叫びが聞こえている気がするが、うーん、不思議だねえ。なあんて、さ。多分これも気のせいじゃないんだろうなあ。嬉しいがそこはほら、一ヶ月も滞在できやしないので。
「あはは!」
ソフィも声を上げて笑った。
大きく口を開けて、大きな声で。お腹が痛いくらいに、ソフィは笑った。
「ソフィ!」
「なあに?!」
ああ、おかしいったらない。笑いがちっとも収まらない。
ソフィーリアとソフィは、本当に同じ世界に生きているんだろうか。誰かに嫉妬して、誰かに腹を立てて、思い切り笑って、そんな生き方があるだなんて。
ソフィは今度こそ、決意する。
満開の花のように咲き乱れる感情を持て余す自分を、好きになろう。
「大好きです!」
世界で唯一の人が、好きだと言ってくれるのだから。
「わたくしもよ!」
さあ、次はどこへ行こう?
第3章終了です!
最後までお付き合いくださり本当に有難うございました。
閲覧、ブクマ、いいね、評価、そして感想と、みなさまの応援のお陰で、みんな笑顔の最後で終わることができました。
まだ書ききれていないエピソードがあるので、4章も書けたらな〜〜と思っています。
しばらくはスピンオフ「わたしのあらし」がメインになりますが、引き続き応援していただけましたら幸いです。
明日、最後におまけを更新予定です!





