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【書籍化&コミカライズ】婚約者の浮気現場を見ちゃったので始まりの鐘が鳴りました  作者: えひと
第3章:花が咲いちゃったので新しい旅の始まりの鐘が鳴りました
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82.こっそり囁いて

「やっぱり、わたくしたち城を出なきゃ」

「へあ?」


 今なんて? なんの話? ていうかどういう状況?? リヴィオの頭はぱっぱらぱーであった。

 そりゃあそうでしょう。

 だって、溶けきった瞳で自分を見下ろすソフィが、ちゅっちゅちゅっちゅとリヴィオの顔中にキスするんだもの。正気を保っていることを誰か褒めてほしい。いや、嘘だ。誰も見るな。見せてなるものか。ソフィのこんな可愛くて艶っぽいお顔を見た奴がいたら、リヴィオはそれこそどうなるかわかんない。


「こんなに可愛いんだもの……! リヴィオに何かあったら大変だわ。お城は怖いところだもの……」


 する、と頬を撫でるか細い指に、リヴィオの喉が引きつる。ひい。

 うっとりするソフィの顔を前に、自分の両手が暴走しないようリヴィオは必死だというのに! 真面目な話なの? 真面目な話をするつもりなの? ソフィはこのポヤポヤしたお顔で真面目な話をする気なのか?! リヴィオはソフィのことがさっぱりわからん。ソフィのことならなんでもわかりたいのに。つらい。


 まあ。まあね。

 リヴィオは自分の頭が良くないことを知っている。ので、誰かに利用されちゃ大変、てのはわかる。

 んで、自分の顔が社交界を賑やかす母親にそっくりで、撒餌かッてくらい人の視線を集めるのもリヴィオは知っている。

 ので、実はリヴィオは視線がねばっこい奴とは、男女問わず二人っきりにならないようにしている。ヘラヘラするなと父には叱られがちだが、こう見えて警戒心が高いのである。


 というのも、リヴィオは一度、パーティで暗がりに連れ込まれそうになっちまった際に、人体発火未遂事件を起こしたことがあるのだ。

 いやあ、うっかり。まだ幼かったもんで、握られた脂ぎった手に嫌悪感で身体から魔力が吹き出しそうになったんだなあ。てへっ。

 もちろん、仕事ができるウォーリアン家の騎士が男もリヴィオも取り押さえてくれたので未遂に済んだし、騎士がどっかに連れて行って以来、リヴィオはその男の顔、どころか一家丸ごと見ちゃおらんのでどんな奴だったか忘れたが、母親に叩き込まれた処世術は忘れていない。


 そのいち、人の視線に惑わされずに観察すべし。

 いちいち他者の視線を気にすることは無いが、どういう類のものを向けられているのかは判別できるようにし、騙されないようになれという教えである。


 そのに、ひたすら鍛えるべし。

 何があっても自分で対処できるように鍛えろとの教えだ。これはまあ、母に言われるまでもなく、ウォーリアン家に生まれた以上、リヴィオに拒否権はなかった。


 そして、そのさん。無言と曖昧さは失策と思うべし。

 世の中には無言も遠回しな言葉も都合良くとる連中がいるので、嫌な事は嫌、キモいときはキモいとハッキリ声に出すようにと、寡黙を美徳とする騎士道とも優雅さを当然とする貴族らしさとも真逆の事を教えられた。

 もっとも、相手が逆上してしまう可能性があるため母の教えには、相手に対抗できるだけの武力と家の力が必須であったが、それはウォーリアン家の男であるから問題がない。とにかく、相手に都合の良い隙を与えるなと教え込まれたわけである。


 そうして生まれたのが、「お前、顔と中身が合ってないんだよなあ……」と残念そうに言われるリヴィオニス・ウォーリアンという男だ。

 おかげさまで、リヴィオニスはどこでも呑気に生きてきた。


 したがって、いくらお馬鹿なリヴィオとて、ソフィ以外の人間にホイホイとついて行く気は微塵もないのだが、「城は怖いところだ」と目を伏せるソフィの気持ちはわかる。

 リヴィオに意思がなくとも、知らぬうちに陰謀に巻き込まれている、なんてこともあるかもしれないのが、政治ってやつだ。こっわ。


「ソフィもですよ」

「え?」


 しかしこのままじゃ、リヴィオは真面目な話なんぞできる気がこれっっっぽっちもしないので、よいしょとソフィの腰を掴む。ひぃ。ほそい。やわい。かわいい。こわい。リヴィオは歯を食いしばって、ソフィを隣に座らせる。ふう。


「リヴィオ?」

「ぐ」


 リヴィオから強制的に離されて、ちと不満そうなソフィのお顔ったら! もう! リヴィオの心臓がぎちぎちと体いっぱいに膨らんで破裂しそうになる。リヴィオは胸を押さえてそれを乗り切った。えらい。


「……ソフィだって、気付いているんでしょう? いろんな奴に見られてます」

「ああ」


 一生懸命に何でもない顔をつくって言ったリヴィオに、そうね、とソフィはあっけらかんと頷いた。その横顔がちょっぴし憎いリヴィオである。


「実際のわたくしがどうかはさておき、事実だけ見るとドラゴンの魔法を防いだわけだし……。エレノアと仲良くしているところも見られているでしょう? すでに色々と噂されているみたいで、エーリッヒ様側の人間にしてみれば、エレノアとエーリッヒ様の功績が薄まるから邪魔だし、エーリッヒ様と対立している側の人間からすれば絶好の餌なのだと思うわ」

「うん……」


 ソフィが思案気に言うので、リヴィオも真面目な顔で唸ってみた。

 いや、そういう話じゃなくて。

 と思ったけど口に出さないリヴィオ君。空気が読める男なのだ。


「それで、抹茶が帰ってきたらすぐに出発したいって言ってたんですね」

「振り回すことになってしまってごめんなさい」

「いえ、僕も出発には賛成でしたし」

「そうなの?」

「お城って窮屈なんですもん」

「そうね」


 ふふ、と頬を染めてふにゃりと笑うソフィがかーわいーので、リヴィオもえへへと笑った。

 正直なところ、どこでも呑気に生きていけるリヴィオは城の空気もへいちゃらであったが、ソフィが男どもの視線に晒されるのは我慢ならんかった。見るな! 減る! と叫べたら良かったんだけど、さすがにそれはマズイもんね。

 困ったことに、ソフィは気付いちゃいないようだが、ソフィを利用してやろうとか煩わしいとかそういう、輪切りにしようかな、とリヴィオが思う視線とは別に、「可愛いなあの子」「声かけてみようかな」みたいな色めいた視線があるのだ。視線ソムリエ一級のリヴィオが言うんだから間違いないね。


 いやあ、まあ、ね。ね。ソフィったら、とっても可愛いし。可愛いし、賢いし、上品だし、優しいし、いっつも笑顔でお花が飛んでて、そらあもう可愛いから。男共がふらふらーっと引き寄せられるのも、リヴィオはわかるんだ。引き寄せられた虫第一号だもの。

 でもリヴィオは哀れな羽虫からソフィの騎士に昇格した身であるからして。

 いかなる相手もソフィに近づけるわけにはいかんのだ。

 何より、「城は怖いところだ」と寂しい目をするソフィなんて見たくないし。ソフィを、ようやっと逃げだした政治という獣の元に戻すなんて、たとえソフィが望んでもリヴィオは頷ける自信がない。


「……リヴィオと旅を続けたいのが一番だけれど」


 東方の赤いスープを飲んでみたい、というソフィの好奇心はリヴィオにとって大切なものだ。自由を知らないソフィが抱いた大きな夢。

 リヴィオが「はい」と頷くと、ソフィは眉を下げて笑った。


「エレノアとエーリッヒ様のお邪魔になるのは嫌だし、政に関わるようになれば、あの国の情報をいいように使ってしまうかもしれない。そんなこと許されないわ」


 まじか。リヴィオは眉を寄せる。


「酷い目に合わされてきたのに?」

「わたくしの気持ちと国の平和は関係無いことでしょう? それに、表舞台に立っては、さすがに陛下も見逃してはくださらないでしょうし、ウォーリアン家の皆様に申し訳ないわ」

「まあ、陛下が死んだ事にしてくれてるってのは、死んだように生きろって意味でしょうしねぇ」


 だけども、なんだか釈然としない。ソフィは旅をしたいと言っているのだから、はなから城に留まる選択肢は無いが、なんか、ねえ? むむむと、もやもやする心を持て余すリヴィオに、ソフィはくすりと笑った。


「エレノアのご両親には会いたいけど」

「ま、他国の王にまで会っちゃったら、いよいよ引けなさそうですよね」

「そうなの。困ったわ」


 困った、と言いながらも笑うソフィは楽しそうだ。もやもやしているのは、リヴィオだけみたい。となれば、リヴィオの不快感なんざどうでも良いことである。

 誰かに必要とされることがくすぐったい気持ちはリヴィオにもわかるけど、この世で一番ソフィを必要としているリヴィオのことを忘れられちゃ嫌だもの。

 ふむ、と頷いたリヴィオは立ち上がった。


「リヴィオ?」


 きょとん、と見上げる可愛いお目目に笑って、リヴィオはソフィの足元に膝をついた。

 そして、自分が送った紫色の宝石の上に、口づける。

 さっきの威勢はどこへやら! 途端に真っ赤になるソフィに、リヴィオはくすりと微笑んだ。




「僕と逃げましょう」













第三章もそろそろ終わりですが、終了後は番外編や、ルネッタとヴァイスのスピンオフ「わたしのあらし」の更新を予定しています。

引き続きよろしくお願いします!

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