77.踊ってこその祭である
「なるほど、煙に巻く作戦ですか」
わーお身も蓋もない。情緒も風情もあったもんじゃないな。もうちょっとこう、こうさあ、ねぇ。
隣でふむふむと頷くリヴィオに、ソフィは苦笑してしまった。だって情緒も風情もぶった切る横顔が可愛いんだもん。
「ドラゴンが現れただなんて、もっと混乱していてもおかしくないわ。街の皆さんが動揺しないように騎士がすぐに動いていたそうだけど……大きな騒ぎになっていない事がおかしいくらいなのに、何もなかったというわけにはいかないわ」
ほっこりしつつも、よく回る舌に自分で感心するソフィに、リヴィオは頷いた。
「だから、この事態は次男の仕業だと匂わせて、国王は見事収めた『良い王様だ』ってことを印象付けるわけですよね? うまくいきますかね」
大丈夫かなあ、とリヴィオは酒を呷る人々を眺めた。あ、なるほど。言葉が直球どストレートなだけで、エーリッヒを心配していたんだな。
リヴィオの遠慮がないところも優しいところも、ソフィはどちらも好きなので、眉を寄せる横顔にきゅんと胸が鳴る。とはいえ、脳みそくんを浮かれるまま放逐するわけにはいかん。リヴィオが頭っから指の先、に留まらず心ン中まで、隅から隅までソフィを魅了して止まないことなんざ、今更も今更だというに、ソフィの浮かれ脳みそくんはちっとも学習してくれない。そろそろ落ち着いてくれないかしらと、ソフィはリヴィオから視線を引き剥がした。
肩のアズウェロが「いい匂いがするな」と鼻をくんくんさせているのに、ソフィは「そうね」と返しながら視線の先にたまたまいたアドルファスをなんとなく眺める。
騎士や部下らしき人たちにひっきりなしに話しかけられている彼が、祭りの手筈を整えたのだろう。
同じ、と言ってしまうのは些か自惚れがすぎるというものだが、ソフィも王宮で働いていた身だ。これだけのイベントを短時間でやってのける手腕にはたまげる。どんな手を使ったのやら。
遂行能力におっそろしく長けているらしい彼はきっと、問題解決能力もずば抜けてるに違いない。
「恐らく、明日にはピューリッツ様が力欲しさにドラゴンを怒らせたことだけじゃなくて、クーデターを企てていたことも、すでに捕らえられていることも噂になっているんじゃないかしら」
「つまり、あの馬鹿畜生に責任があることを周知すると同時に、たとえ兄だろうと王族だろうと罪は罰する厳しい王のイメージをつくれる?」
「ですね」
非難の目を兄一人に向け、それを利用して自分の支持率を上げる。
うむ。言葉だけ並べれば、胡散臭いというか小狡い響きになっちまうけれど、王は人民の支持があってこそだ。人気商売にはイメージづくりが肝心である。しゃあない。
それにしたって、うーん。馬鹿畜生って。ソフィは思わず笑ってしまった。
「ソフィ?」
ソフィが何に笑っているのか、リヴィオはわかっていないらしい。きょとん、とするお顔のまあ可愛いこと! このお顔から、あんなお言葉が出てくるだなんて。何度聞いても慣れぬソフィの浮かれ脳みそくんは、何度でも「これが! ギャップ萌!」と叫び声を上げるのだ。
「なんでもないわ」
「えー? なんですかもう」
「っ」
拗ねた! リヴィオがちょっと拗ねた! 可愛い!!
浮かれた脳みそくんが発した言葉がそのまま口からお空へ飛び立ちそうで、ソフィは慌てて口を押さえる。いっくらお祭り騒ぎの真っ只中とはいえ、「リヴィオが可愛いー!!」なんて叫ぶわけにはいくまい。下唇を噛んで言葉の出口を封鎖する理性よ、よくやった。
「ソフィ嬢、リヴィオ殿」
ふぐぐ、と己の感情と戦っていたソフィは、名前を呼ばれて顔を上げる。
相も変わらず機嫌が悪そうな顔をしたアドルファスが、「おや」と瞬いた。
「ソフィ嬢、少し顔が赤いのでは? そろそろ休まれてはいかがです」
「あ、いえ、えっと、これはなんていうかお祭りの雰囲気に当てられただけといいますか」
ただの色ボケ作用といいますか。
歯切れの悪いソフィに、アドルファスは「体調が良くないのでは」と眉を寄せる。顔は怖いが優しい人なのだなあ。なんて。痛い。優しさが痛い。気まずいったらないではないか。
「アドルファス様、なんかずっと僕らを部屋に押し込もうとしてませんか」
あは、と笑うリヴィオに、アドルファスは「そりゃそうだろう」と眉を上げた。
「ソフィ嬢はドラゴンの魔法に対峙したんですよ。立っているのが不思議なくらいです。事実、直後は起き上がることすらできなくなっていたではありませんか。心配するに決まっています。もし貴女が私の娘だったら、問答無用でベッドに連れて行くところです」
あ、痛い痛い。優しさが痛い。
アドルファスの言う通り、魔法を使った直後のソフィの身体は自分のものと思えないほど重かったのだけれど、今はなんてことない。脳みそくんったら浮足立ってステップ踏むくらい元気なんだもん。
でも、まあたしかに。あれだけの魔法をぶっ放して、ちょっと休めばピンピンしてるってのも、おかしな話ではあるが。
ソフィは、肩に乗る小さなくまさんを見る。
アズウェロは「うむ」と可愛く頷いた。
「主の魔力が尽きぬように、我が魔力を調整した。主の魔力だからこそ、ドラゴンも人も傷つけることなく魔法を打ち消せるが、主の魔力だけでは主の負担が大きすぎる。我の魔力を、主の魔力に重ねることで変質させ、主の魔力の放出量を調整したのだ」
なあるほど。あの魔法は、アズウェロの魔力を借りたからこそ実現したものだ。ソフィ一人であれば、そもそもルネッタの魔法を真似ることすらできなかっただろう。
アズウェロの魔力を借りたことはわかっちゃいたが、そこまでフォローしてくれていただなんて。その思慮深さ、とそれから神様の御業にソフィは驚いた。見ろ、アドルファスの顔。知能指数が一気に下がった顔してんだけど。
「他者の魔力の放出量を調整する? しかも、なんですって? 自分の魔力を他人のものに”変質”させる? は? そんなことできるわけ、なかったら言わないですよねできたんですよねいや、は? この世の法則は? 理は?」
「我は理の一部だ。理は従うものではなく、解し愛するものぞ魔女の子よ」
「だっめだ何言ってんのか全然わかんねぇ。母上と話すより意味がわからん」
アドルファスが壊れた。
ぐしゃりと握りしめられた書類にソフィはちょっぴし同情する。折り目正しく服を着込んで営業スマイルを貼り付けている人種にとって、素っ裸で空を飛ぶような生き物は遠い場所にいるんだよ。知ってる? 同じ言葉なのに、なんでか会話ができないんだなあ。その差異を埋めるには自分も重たいドレスを脱がねばならんとわかっていても、裸足で空気を掴む感触が知りたくても羨ましくても、できなかったのがソフィーリアで、身軽なワンピースを着たり脱いだりしているのがソフィだ。
「あとでもう少し優しく教えていただけますか」
「うむ」
アドルファスは、ジャケットを脱いでシャツのボタンを外して、ついでに靴も放り投げられるタイプの人間かもしれない。脱ぐ前にはきっと時計を確認して、決めた時間がくれば再びきっちり着込むんだろう。器用そうだもんな。
ふふ、とソフィは笑みをこぼした。
「わたくしも参加したいわ」
「ゆっくり休んだ後でしたら」
「だな」
「あら」
ぴしゃりと言われっちまったソフィは瞬きする。アドルファスとアズウェロの、なんだか過保護な物言いがくすぐったい。
「休む気になったら、そのへんの騎士を捕まえて声をかけてください。部屋に案内するように言ってありますので」
それでは、と握りつぶした書類をのばしのばし背を向けるアドルファスを見送ると、お、うぉ。ソフィの肩が跳ねて、アズウェロが呻いた。
ソフィの手が、リヴィオに握られている。
見上げた先の、澄んだ紫のタンザナイト。心配と愛情とが揺らめく宝石は、言葉以上に雄弁であった。
リヴィオはソフィをすぐに褒めはやすし、いつでもソフィを護ってくれるけれど、ソフィの目と耳を塞ぐ騎士ではない。ソフィが諦めきっていた自分を、誰よりも信じて尊重してくれるのだ。
だから、リヴィオは「休め」とは言わない。自分だって疲れているだろうに、ソフィの「行きたいな」と思った心の通りに、こうして一緒に広場に立っている。
緩みきった頬が溶けっちまいそうで、ソフィはへらりと笑った。
「元気よ」
「んっっ………!!」
顔を真っ赤にして胸を押さえるリヴィオは可愛い。むちゃくちゃ可愛い。自分が笑っただけで、こんなに可愛いことになるリヴィオが、ソフィはめちゃくちゃ大好きだ。
「リヴィオ、デートしましょう?」
「うぐぐぐぐぐぐぐ」
「主、あっちの肉が美味そうだ」
嵐は過ぎ去り宴は盛り上がり、誰もが笑っている。今この瞬間から穏やかな日常が続いていくのだと、ソフィの胸は温かさでいっぱいだった。
だから翌日、エーリッヒの言葉に驚くソフィは、己がいかに平和ボケしちまってるのかを思い知らされた。
すっかり久しぶりの投稿となってしまいすみません。
PCの前に座っておられずこんなに間があいてしまいましたが、今度こそ更新頑張ります…!
よろしくお願いします!!!
また、コミカライズ2巻の発売が決定しました!
とどまることを知らないバカップルと、カッコよく可愛いヴァイス&ルネッタが拝める「はじかね」コミカライズ2巻は4月15日発売です!
よろしくお願いします!!!!!





