75.光の道へ
「エラみたいに?」
ランディはゆっくりと視線を上げる。
エーリッヒは、とろけるような瞳でエレノアを見つめていた。これ見ていいやつかしら、とソフィはちょっと思ったが、ここで席を立つわけにもいくまい。部屋を用意するから休んでいて良い、と言われたのにノコノコついてきたソフィが悪いのだ。うん、仕方がない。ラブラブなエーリッヒとエレノアが見られるの楽しい、とかソフィは思っちゃいないぞ。
「エラはドラゴンを愛しているし、人を愛している。そして、ドラゴンにも人にも愛されているでしょう? 貴方たちドラゴンがエラを想うように、この城の人間もエラを大切に想っている」
「え、えーりっひ」
赤い顔でたどたどしく名前を呼ぶエレノアに、エーリッヒはこれ以上ないくらいの愛情を瞳に乗せた。
「もちろん、エラを一番に想っているのは俺だけど」
「っっ!!!!!!」
ぴゃー!!!! わっしょい!!!!
ソフィは拳を握りほっぺの内側を噛んだ。頭ン中じゃ、浮かれ脳みそくんが笛を吹いて太鼓を叩いて紙吹雪をぶん投げている。めでたい! 大団円!! ね!!!
エーリッヒのために自分を捧げ、エーリッヒのためにこの場所から去るのだと覚悟していた女性が、一心に愛を注がれている。なんて素敵なのだろうと、ソフィは盛大な拍手を送りたくなった。
小さな身体に不似合いな賢さと威厳を持ったエーリッヒは、愛し愛される自信を手にして一層の輝きを放っている。きっとこの国は、もっと豊かになるだろう。この少年王についていきたいと誰もが頭を垂れるに違いない。
そしてそんなエーリッヒの隣には、エレノアが立っているのだ。慈愛と勇敢さで無限に色を変える至宝を称えて。
「!!!!」
「主、泣いているのか」
「にゃいてにゃいです!」
泣いていた。号泣であった。
ろくに喋られんほどに、ぼったぼたと涙を流して泣くソフィの頬に、リヴィオが「あーあー」と笑いながらハンカチを押し付けてくる。
「ソフィは泣き虫さんだからなあ」
それはソフィにとって、ちと不名誉だが否定できないニックネームだ。だってソフィーリアという淑女は、涙を知らんかったんだぞ。生まれ落ちたときはそりゃ、おんぎゃあと泣いただろうけれど、物心ついてからのソフィは「泣き虫さん」なんて呼ばれるところから、遠い場所で生きていたのに。
淑女の靴を放り投げたソフィという旅人は、感情豊かなので困っちまう。「友人」の恋の成就を、全身全霊で喜ぶようになったんだもの。
溢れるくらいのお砂糖が入ったブルーベリージャムが「しょうがないなあ」と優しく優しくソフィの頬を包んで、もこもこの小さな熊さんがお膝に乗っかるもんだから、「うううう」とソフィは言葉にならない言葉を上げた。
「だってえ」
「どうしたのソフィ嬢」
突然泣きじゃくるソフィにエーリッヒが動揺するのはもっともで、空気が読めなくてすみません、とソフィは謝ろうと口を開いて、
「エレノアを、しあせに、してくださいねへいかあああ」
うおんと結局泣いちゃう。だめだこりゃ。
「ソフィ……」
情けないソフィの名前をそっと呼ぶエレノアの声が、震えている。
落ちていく涙を止められないままソフィが視線を向けると、エレノアは滲む瞳で微笑んでいた。
「ありがとう、ソフィ」
ソフィが今まで見た中で一番綺麗で一番優しくて、一番愛らしい微笑みに、ソフィの胸がきゅうううんとする。エレノアが諦めたように笑う世界は、もうどこにもない。何を背負っても格好良く笑うエレノアは、心からの笑みを浮かべて生きていくのだ。
「約束するよ、ソフィ嬢。君の友人は、俺の一番大切な女性なんだもの」
ああもうエーリッヒの美しくも男らしい笑みといったら! なるほどこれが幸せな結婚式!! とソフィは心の中で頷いた。声に出していないので、違うよ、とツッコむ声はない。
「なるほど」
代わりにランディが、うとうとし始めたテオの背を撫でながら笑った。
「たしかに、人にも愛されているようですね」
ふぇ、とぐずるテオの背中をゆっくりと叩く、大きな手のひらのリズムはびっくりするくらいに心地が良い。あったかくて、やわらかで、くすぐったい。
テオにつられるように、ぐず、ソフィが鼻をすする。
と。
部屋にノックの音が響いた。
重厚な扉が開くと、アドルファスが顔を出す。
「陛下、準備ができました」
「うん」
エーリッヒは頷くと、ソファから立ち上がる。エーリッヒを見上げるソフィの前で、エレノアも立ち上がった。
「エラ、君は」
「一緒に行くよ。当たり前だろ?」
微笑むエレノアの顔はどこか嬉しそうで、とても可愛らしい。少女のような微笑みに、エーリッヒは頬を染めてこくりと頷いた。うーむ。可愛いが咲き乱れている。
アドルファスは、ぽぽぽ、と飛んでくるお花を避けてソフィとランディの前まで来ると、「そろそろ、お部屋にご案内しましょうか」と腰を折った。
「有難うございます」
ランディも「有難うございます」と大人しく頭を下げると、横目でエレノアを見上げる。
エレノアは、エーリッヒとクスクスと笑いランディの視線に気づく様子はない。恋ってのは周りが見えなくなる。なあんてこた、ソフィは身をもって知っているので、幸せ真っ盛りな二人をどうと思うことはないが、ランディはわずかに眉を寄せた。
いくら温和な人間を装っても、中身は短気で厳格なドラゴンだものなあ。
テオの背中を、とんとんと変わらぬリズムで叩くのがなんだかちょっぴし怖くて、ソフィは「あの」と視線を上げたアドルファスを呼び止める。
「えっと、陛下とエレノアはどちらへ?」
アドルファスが「ああ」と眉を上げると、こほん、と我に返ったようにエーリッヒが咳払いをする。
あらラブラブしてくれていて良いんですよ、とは勿論言わずにソフィが視線をやると、エーリッヒはにっこりと笑った。
「祭りをしようかと思って」





