72.悪事の顛末
「エレノア!!!」
ソフィが叫んだときには、すべてが遅かった。
ルールーの魔法は発動した後で、エレノアの身体はピューリッツの前に出ている。瞬き一瞬の間にエレノアの身体が散ってしまうことは明白で、けれどソフィは動かない。
アズウェロが魔力を練る気配がして、それで、次の瞬間、
『ディレストレート』
静かな声が魔法を紡いだ。
と同時に、魔法が切り裂かれる。
「~~~~!!!!」
ああもう風に揺れる黒髪のなんと麗しく甘美なこと! 剣先のように鋭い眼差しがソフィに向けられることはけっしてなく、唯一自分が正面から見ることができないだろう表情を向けられる相手に嫉妬すら湧きそうなほど美しいその人。
「リヴィオ!!」
歓喜に震えるままソフィが名を呼べば、ソフィの最愛の騎士は、こちらを向き目を細めた。ぱ、と華やぐ愛らしさと、唯一ソフィだけに向けられるその笑みの威力といったら! もうもう!!
「ソフィ!」
「っ」
すがん! とソフィの心臓は撃ち抜かれ、浮かれ脳みそくんがひっくり返る。危うくお空に飛んで行きそうな自分をソフィはどうにか繋ぎ止め、二代目脳みそくんの殉職を防いだ。ふう。危ない危ない。
リヴィオが来たなら大丈夫。
すっかり刷り込まれた浮かれ脳みそくんは浮かれたおそうとしているが、依然として状況は最悪なのだぞ。気を引き締めなければ、とソフィは思うのだけれど。
リヴィオは呑気に手を振っている。やだ可愛い。可愛いな?
ちと緊張感が足りんのでは、と思うのに。あれれ。真面目な思考を蹴っ飛ばしちまう浮かれ脳みそくんの命令に身体は逆らえない。ソフィは手を振り返した。ふりふり。意志薄弱である。仕方ない。リヴィオの愛らしさを前に、ソフィの意志なんざプリンよりも脆い。
「な」
呆気にとられるピューリッツの前で、リヴィオはぶんと大剣を振った。
黒い靄のような魔力が飛散すると、リヴィオはにっこりとピューリッツに微笑みかける。きゅううん、とソフィの心臓が抉られるような美しい微笑みだ。騎士然とした凛々しい微笑みは、夜会の女王のような優雅さすら感じる。母アデアライドの血を色濃く受け継ぐ笑みに、ソフィはもふもふに倒れ込んだ。無理。心臓が死ぬ。
「何をする貴様!」
「ピューリッツ殿下、エレノア様の殺害容疑の現行犯で身柄を確保いたします。どうか暴れませんよう。力加減を間違えてしまいますので」
「ふっふざけるな貴様になんの権限があるのだ!」
「彼は臨時の護衛です」
ぎゃあぎゃあと怒鳴る声に、慌ててソフィが顔を上げると、少年が軽やかに着地した。
背中に羽が生えているかのように身軽な少年は、金色の髪を揺らし、冷え冷えとした眸子でピューリッツを見下ろす。
「ご機嫌よう、兄上」
怒れる妖精王の微笑みを受け、ピューリッツは喚いた。
「エ、エーリッヒ、貴様あっ!!!!」
「だから暴れんなって。腕ちぎれちゃうよ?」
「いっいたいいたいたいたいたいいたい」
ちぎれるの? 折れるんじゃなくて? と兵士の誰かがツッコんだ声は多分リヴィオには届いていない。常識と書かれた道の先で微笑む美丈夫は、ピューリッツの腕をぎしりとねじり上げた。ぐ、と背に乗せた膝に体重を乗せることも忘れない。
もしかしてピューリッツを取り押さえる瞬間を見逃したのでは?! と気づいたソフィはちょっとだけモフモフに顔を埋めていたことを後悔した。
エーリッヒは、呑気なソフィの視線の先で膝を折る。
「お久しぶりですね、兄上」
ふふ、と笑う少年らしい声は、「ねぇピューリッツ兄上」と菓子をねだるように続けた。
「貴方は数々の容疑がかかっているうえに、次期王妃を手に掛けようとした。……個人的にはこのまま息の根を止めたいところですが、俺は貴方と同じ場所に落ちたくはない。裁判を受けていただきます故、どうぞご安心くださいね」
ピューリッツにしてみれば、ちっとも安心できないことをぞっとするほど凪いだ微笑みで告げたエーリッヒは、背筋を伸ばす。
しかし、遠回しに「死刑にしてやる」と言っているような気がしたのは……多分、ソフィの気のせいだな。多分。
「アドルファス」
「は」
短く返事をしたアドルファスは、兵士たちに指示を飛ばす。我に返ったように、兵士たちはピューリッツに駆け寄った。暴れるピューリッツに兵士が眉を寄せると、「私が行こう」とヴィクトールが両手を広げた。
「ピューリッツ! 我が弟よ! どうか生まれてきたことを悔やむほど落ちぶれておくれ。愚かな決断をした自分を最期の時まで呪うと良い」
うふふ、と心底楽しそうに笑うヴィクトールは、ひょいとピューリッツを肩に担ぎ上げる。あまりに軽々と持ち上げるので周囲はぎょっとした顔を向け、持ち上げられた本人でさえ、ぽかん、としている。が、ピューリッツはすぐに顔を真っ赤にし、ぎゃあぎゃあと騒ぎだした。
あわあわと兵士たちがヴィクトールを追うが、ヴィクトールは気にもせず鼻歌を歌っている。なんならスキップをするように、足取りも楽しげだ。どういう神経してんだろな。まあ、長年の敵を捕らえることが叶った男の気持ちはソフィにはわからんからね。うむ。
ともかく、ふざけるなとか、無礼だぞとか、聞くに堪えん怒号が響き渡っているんだが、アドルファスもそれを気にした様子なく、でっぷりと肥えた男に向き直った。
「貴殿も色々とご存知のようだ。ご同行願えますかな?」
「知らぬ」
「私に言われても、それこそ知りませんよ。ぜひ然るべき場所で申し開きなさると良い」
連れて行け、とアドルファスが手を振ると、兵士たちが男を取り囲んだ。すがるようにエーリッヒを見たが、エーリッヒの視線はエレノアが独り占め中であった。どんまい。
ひたとエレノアを見上げるエーリッヒの熱い瞳を目にしたソフィは「二人の世界だわ」と思ったし、それは男も同じだったのか。がっくりと項垂れ大人しく足を進めた。
兵士たちを見送ると、アドルファスは「さて」と呟いた。
「ようやくご自覚なさったようですが」
ふうむとエーリッヒを見守る眼差しは、見守るような優しさの中に好奇心が滲んでいる。アドルファスは顎を撫でた。
「陛下は説得できますかね」
何をだろう、とソフィは身体を起こした。そろそろアズウェロから降りよう、と視線を下ろすと、ひょいと身体が浮く。
「!」
「見ていましたよ。ご立派でした」
「!!!!!!!」
ひい! と悲鳴を上げそうになって堪えた自分を誰か褒めてほしい、とソフィは思った。だって、至近距離で、頬を染めた誇らしそうなリヴィオの笑顔が広がるんだもん。え、死ぬんじゃない? これ心臓止まるんじゃない? とソフィは脳みそくんに問い合わせをするが、浮かれ脳みそくんは、ぎゃんぎゃんと鈴を振って踊り狂っているので応答はない。なるほど、ソフィは元気であった。
ソフィは、リヴィオに思いっきり抱きつきたい衝動に襲われるが、足が、とん、と地面につくとリヴィオの手は離れていった。むう。いや、仕方がない。まだ事態は切迫しているのだ。
なにせ、ここでエーリッヒとエレノアがルールーを説得しないと、国は滅びちまう。
「リヴィオ殿、あの魔道士も回収しなくてはなりません。もうしばらくお付き合いいただけますか?」
「もちろんです」
頷いたリヴィオは、エーリッヒに視線を向けた。
「結婚の許しを得るか、国が滅びるかですね!」
「賭けます?」
「賭けになるかなあ」
え?
あはは、と笑う二人にソフィは瞬いた。ぱちぱち。
え? これそういう話なの?
先週投稿できなかったので、後ほどもう1本投稿予定です!
終幕まであとちょっと。最後までよろしくお願いします!
ところで皆様、今月のコミカライズ版はじかねは、ご覧いただけましたか?
私はもちろんお昼休みに拝見しましたよ!ヴァイスのかっこいい姿を!!!
1Pがまずカッコいい。血みどろカッコいい。かーらーの表紙は、ヴァイスのキャラクターがよくわかる、安全安心の構成ですね。先生さすがすぎる。
ヴァイスのわっるい顔も、意地悪い会話も最高なんですが、デフォルメされた時お顔がかわいくて…アホ毛…
あとリヴィオとルネッタが褒められてるときの、いかにも保護者な顔が大好きで拡大しました。
ルネッタの可愛さなんて思わず拝んじゃいますね。
まだご覧になっていない方はぜひ、先生が描いてくださる黒ずくめカップルのギャップをお楽しみください!





