68.エレノア・ディブレ(7)
本日最後の更新です。
読み飛ばしにご注意ください。
「……冗談じゃないんだな?」
ある日ふらっと一人で現れたヴィクトールを、いつものようにエレノアがテキトーに迎え入れた夜。
パチパチと爆ぜる暖炉を前に、ヴィクトールの瞳が猫のように細められた。
「君のそういうところが私は好きなんだ」
「……君は本当に慎みを知らないなあ」
「友に友情を語るのに慎みが必要かい」
「うーん、私は一応女だからなあ」
「一応? 君はれっきとした女性だろう」
そこがわかっていて、なんでわからんのだろうか。埒があかんな、とエレノアは氷を入れたグラスを揺らした。
「……うちが中立国であることは知っているだろう」
「知ってる。君のお父上は実によくできた御仁だな」
にこ、と笑う顔は馬鹿みたいに美しい。それでもエレノアの胸はきゅんともびゃんともしない。
「一つだけ聞いても?」
「いくつでも」
グラスをテーブルに置いたヴィクトールは、両手を広げて大げさに笑ってみせた。いちいち演技がかった仕草をする男だが、それが妙にしっくりくるのだから不思議だ。
「エーリッヒ陛下の身が危ないということか?」
「君は本当に話が早いな!」
うふふ、と笑う顔はちっとも笑っていない。怒っているのだ。
ヴィクトールがエレノアを女性の中で一番好ましいのだというのも、最愛の友だというのも、きっと嘘はない。けれど、本当の彼の最愛は、半分だけ血の繋がった弟なのだ。その弟を玉座につけるために、たいそう骨を折ったことをエレノアも知っている。
その道のりには多くの血が流れ、エーリッヒは未だに茨の椅子の上にいる。
「協力してくれるだろう?」
美しく微笑むヴィクトールは、知っているのだ。
腐った性根の連中が飽きもせずエーリッヒの冠に手を伸ばしていることも、エレノアがそれを忌々しく思っていることも。
「私を利用する気か」
エレノアの返答なんぞ決まり切っていたが、だからと言ってこの男に素直に頷いてやるのもなんだか癪だ。ふんと、エレノアが意地悪く笑ってやると、ヴィクトールは「仕方がないだろう」と子どものように笑った。
「最愛の友の恋が叶い、最愛の弟を幸せにしてくれたなら、私はこの世で一番幸福な兄になれるなあって思ったんだから」
ああ、友よ。エレノアは唇を噛んだ。
けれども友よ、エレノアには、エーリッヒを幸せにはできない。
エレノアは今の自分を気に入っているけれど、だからって王妃になれる器でないことはわかっている。あの日エレノアに自由をくれた、賢く美しい王様には、とびきり美しくて優しい王妃が必要だ。それはエレノアではないのだ。
隣に並んでも違和感がなくて、ホールの真ん中でダンスを踊れるような、そんな女の子が良い。
王としてのエーリッヒを支え、けれどもエーリッヒが時には子どもに戻れるような、そんな女の子であるべきだ。
それはエレノアじゃあない。
エレノアであってはいけないと、いっそエレノアは使命感のように思う。
たとえば、ソフィのような娘が良い。
賢くて凛としたエーリッヒとよく似た少女が、エーリッヒの隣に並ぶ姿があまりにしっくりきたので、エレノアはちょっとびっくりした。
口に出せば、ソフィのためなら国盗りでもするぜって顔した騎士が剣を抜きそうなので言わないけど。
こういうことだよなあ、とエレノアの心はしくしくと傷んだ。女々しくってやになっちゃう。
ソフィはエレノアに嫉妬したらしいけれど、なんて可愛いことだろうねぇ。エレノアがリヴィオと気のおけない会話ができるのも、共通の話題があるのも、エレノアが男のような生き方をしているからにすぎない。男同士であれば、いたって自然なやり取りだ。
なのに、ソフィはエレノアを女として見て、嫉妬をしている。ああ、なんとまあ、可愛いらしいことだろう。
可愛らしいお嬢さんがエーリッヒの隣にいればきっと、エーリッヒの心を癒やしてくれる。
エレノアが見たかったのは、そんな光景なのだ。
でかい図体で遠い昔の記憶を後生大事にしまい込む、矮小な己が並ぶ妙ちきりんな景色ではない。そうだろ?
エレノアは、歯を食いしばる。
だけど。
だけど、それでも。
「エーリッヒを、エーリッヒが大切にしているものを、護りたいんだ」
今、エーリッヒの国が危機に瀕しているのはよりにもよってエレノアのせいだ。エレノアが馬鹿で間抜けだったから、ルールーを、ドラゴンたちを怒らせた。エレノアに向かうべき怒りが、エーリッヒに向かい、そしてエーリッヒの国に向けられている。
エレノアは自分が許せない。
エレノアなんて、エーリッヒから即刻離れるべきだ。
でも、だけど、だけどね。
「私はまだ、エーリッヒの婚約者だから!」
エーリッヒが望む限り、エレノアは側に在ると約束したのだ。一緒に歩くと。茨を取り払い、ピカピカに磨いた椅子に彼を座らせてみせると、誓ったのだ。だから、
「護りましょう!」
ぎゅう、と両手を握られた。
小さくて、ほっそりした手だ。とても温かい。
は、と小さく息を漏らしたエレノアは、瞬きする。
薄い琥珀色の瞳が、涙をためてエレノアを見上げていた。
エレノアの事情も感情も知らないはずのソフィは、エレノアが勝手な嫉妬と羨望を向けたなんて知らないソフィは、エレノアを強い眼差しで見上げている。
「わたくしに感情を殺さなくていいと言ったのは、貴女だわ! 恩人が何よ、ドラゴンが何よ! 諦めないでエレノア!!」
ソフィはエレノアの身体を貫くような大きな声で言った。
エレノアの鬱屈とした気持ちが、飛散していく、力強い声。
それはやっぱり、エレノアの愛する太陽のような美しさだった。
活動報告でお知らせいたしましたが、
連続投稿するよ! と言った側からPCの不調に見舞われ、投稿がストップしてしまいました。
待ってくださって皆様に改めてお詫びを申し上げると共に、待ってくださったことに心からお礼申し上げます。
有難うございました!
さて、毎月15日は「はじかね」の日!
皆様コミカライズは読んでいただけましたか?!
かっこよすぎる大迫力の戦闘シーン!作画コストがえぐい!すごい!
からのカッコ良い魔法シーンと、凸凹コンビの美麗さよ!!!!!緩急〜!
夜会のシーン、実は後ろに二人がいたことに皆様気づいておられましたか?
私はこの日を心待ちにしておりました…ヴァイスがかっこいい……悪そう…悪そうな笑顔が格好良い…
ぜひぜひ、皆様もヴァイスの笑顔を御覧ください!
プレミアム先行は表紙で死にますが、中身も最高です。最高です。





