私、その幽霊知っています
私は、大学の学食でうどんを食べていました。今後の就職の事で食欲が沸かず、うどんはどんどん伸びている状態。
そこに親友の結衣がやってきて、テーブルの向こうに座りました。彼女の背後の窓から昼間の日差しの中に紅く色づき始めた広葉樹が見えていました。
「どうしたの、泉? 顔色悪いよ」
「面接行って来たんだけど、また一次選考で落とされた」
「これで何社目よ」
結衣は早々に内定を貰って余裕の表情でした。ちょっと彼女に見下された気分になり、私は土曜日の面接を思い出したのと相まって涙が出そうで、うどんをただ箸で突きました。
そんな私を心配してか、ただ単に面白い事を思い出したのか、結衣は、話を変えてきました。
「私の元彼がね」
結衣の元彼…… どの人だろう? 結衣の恋は長続きした試しがなく、また惚れやすいので、元彼と言われてもどの人なのか思い出せません。
私の怪訝な表情を察したのか、結衣は慌てて私の知らない人の名前を上げてきました。誰、それ? って感じです。
「バイト先で知り合ったんだけどね、喧嘩してその日に別れちゃって」
即日で別れた人でも元彼と言えるのか? 私はそう思いましたが、結衣がそれでいいなら別に関係ないしと、そこはスルーしました。
「ほら、大学下の交差点あるじゃない」
私は寮に住んでいるので、その交差点は良く通ります。横断歩道もない小さな交差点で、電信柱が一本だけあり、それにくっついている街灯一つが辺りを照らすだけなので、変質者が出る事でも有名な場所です。
「あそこを元彼が友達三人と車でこないだの土曜日の夜に通りかかったんだって。ほら、あそこって2年前に先輩が就職を苦に飛び込んで事故死したじゃない」
そういう事もあったとは、私も聞いていました。うちは短大なので、事故があった時は私の入学前で、その先輩の事は直接知りませんが有名な話です。
「そこでね、電柱の所で頭から血を流して恨めしそうに立っているスーツ姿の先輩の幽霊を車に乗ってた全員が見たんだって」
そういう話が苦手な私は、いつもなら止めてよと言うべき所ではありましたが、私、その幽霊知っています。
土曜日の面接は散々でした。
面接官は、ただ三言言っただけ。
「君って短大なのね。今時は四大出ても就職難しいよ。今日はもう帰っていいよ」
笑顔もなく悪びれた様子もなく、顎を突き出して小バカにしたように面接官はそう言うと一次面接を終わらせました。
帰り道、私は、悔しくて悔しくて…… 涙が自然とこぼれます。
「募集要項に四大卒のみって書いてなかったじゃん……」
急に腹が立った私は、昼間から空いている居酒屋に入ると、日本酒を煽りました。泣きながら愚痴りながら、何件もはしごして、夜まで呑みました。
バスで最寄の停車場に降りた時には、足はふらつき周りもぐるぐる回っている感じでした。
例の交差点に来た時、私はふらふらになって歩いていたせいで、交差点の段差に足を取られて、その勢いで電柱におでこをしたたかにぶつけました。
かなり強くぶつけたせいか切ったらしく、顔が血で濡れてきたのを感じましたが、私はそれを拭き取る気力もなく、情けなさと悔しさと、自分は何をやっているんだろうという疑問で、そこに立ちつくし、俯いたまま泣きました。
たしかその時、私の前を一台の車が通って行ったのをかろうじて覚えています。多分それが結衣の自称元彼の車だったのでしょう。
そう、その幽霊は私です。
私は、急におかしくなり笑い出してしまいました。
「どうしたの?」
訝しがる結衣に私は笑いながら、事の事情を話しました。
急に元気が出た私は、うどんに箸を突っ込んで、思いっきりすすり込みました。
「なぁ~んだ。これって幽霊の正体見たり枯れ尾花って奴だよね」
結衣も笑ってました。
「頭の怪我は大丈夫なの?」
私は、箸も離さずに前髪を持ち上げて、絆創膏が張ってあるおでこを見せました。そして二人で大爆笑。
ひとしきり笑った後で、ふと結衣が怪訝な顔をしてきました。
「どうしたの?」
「ううん。その元彼の車に乗ってた内の一人の娘がね、霊感体質らしいんだけど、その娘曰く、電柱の所に立ってた血だらけのスーツの女は二人いたって言ってるんだって。みんな一人だよって言ってるのに。その娘ね、一人は幽霊じゃなくて、その隣に本当の幽霊がいたって」
私は、うどんの中に箸を落としてしまいました。
秋の日差しが私の座ったテーブルから離れて、影が私を覆って行きました。