ぼくは死んでいます
ぼくは死んでいます。
もう死んで何年になるでしょうか? 死後の世界というのは時間と言う概念がありません。実はみなさんも、もう死んでいるのです。ある意味……
時間の概念がないという事は、今生きている人たちは将来やっぱり死ぬ訳で、その魂というか霊体は、こちらの世界にすでに存在している訳です。
だから実は、今、幽霊でお困りの方も、その幽霊自体は未来から来た幽霊であって、その幽霊の元になってる人は、あなたの時間軸ではまだ生きているという現象も起こる訳で……
ぼくが死んだ理由なんですが、そんな未来から来た幽霊に憑り殺されちゃったんですね。
みなさんは、考えた事がありますか?
何故、怨霊に憑り殺された人の幽霊は、恨みを抱いてその怨霊に復讐をしないのかって。
それはですね、死んですぐだと、まだ力がついてないので、勝てないのですよ。
ぼくも正直こんな不条理な死に方は納得出来なくて、その怨霊に復讐を考えてました。しかしその頃のぼくの霊力では、どうしても勝てない状況だったんです。
ある時、その事をこちらの世界に居る相談役といいますか、カウンセラーといいますか、そんな存在に相談したんです。
彼か彼女か分からないボヤっとした存在なんですが、そいつが申しますには、この死後の世界には、キラアス山という霊力の修練場のような所があると言う事で、そこで修行をすれば仙人にもなれるとの事。
ちょっと眉唾っぽいなとは思ったのですが、騙されたと思って行く事にしました。
場所的には遠かったのですが、こちらでは時間と言う概念が無いのと同じように距離と言うか空間と言う概念もなく、念じただけでその麓までたどり着く事が出来ました。
キラアス山の麓には、小さな集落があり、巨人たちが住んでいました。彼らはその山をキララウスと呼んでいるようで、意味は良く分かりませんが毎日のように巨石を担いでは登るという事をしていました。なんでも遥か昔からそうしているらしく、彼らも何故、石を運ぶのかを知りません。ただ習慣なのだと言っていました。これが例の修業だと大変だと思いましたが、違うようなのでその時は安堵したのを覚えています。
ですが、少しぼくは甘かった。
実際の修業は、そんな巨石運びなど簡単に思える程に辛い日々でした。寝る事も食べる事も許されず、気を抜くと血だらけになる毎日がずっとずっと続きました。時間の概念がないせいか、まるで永遠に思えました。きっとここは地獄なのだとさえ思いました。
どの位経ったでしょうか?
気が付けば、ぼくは考えるだけで巨大な山々さえも動かせる程の霊力を持つに至りました。
そして思ったのです。
たしかに今のぼくは、あの怨霊なぞ足元にさえ及ばない存在になりました。そういう存在にはなりましたが、ただそれと同時に自分の中の恨みが消えていて、あの程度の怨霊を消してどうなると…… 虚しいだけじゃないかと……
今のぼくなら、もっと生きた人々の役に立てる力が宿っているはずなのに、そんなちっぽけな事の為に修行していたなんてと……
ぼくは、もうあの霊を許す事にしました。許す方が恨むより楽な事も知りました。恨むなんて苦痛なだけでムダな労力の使い方だと思えるようになりました。
元いた場所に帰って来て、例の相談役に会いました。
「これでやっとあの怨霊を殺せるね」とそいつは言いました。
だけど、ぼくは、辛い修行をしてきて手に入れた力をそんな事に使いたくなくなったとそいつに告げました。もっと役に立つ事に力を使いたいと……
相談役はぼやけた存在なので、本当にそうしたかは分かりませんが、ぼくにはそいつがにっこりと笑った気がしました。
そいつがぼくに言いました。
「良くがんばった。さぁ、時は来た。君は転生するのだ。そして人々を導きなさい」
えっ? ずっと辛い修行を続けて来たのですが、転生ですか? また生まれ変われと?
一瞬だけそう思いました。だけどぼくはすぐに思い直しました。全ては何かの目的に向かっている修行なのだと。そしてまた生まれ変わって現世で修業なのだと。そうして一歩ずつ目的に近づくのだろうと。
「では、またあっちで勉強してきます」
ぼくもにっこりと笑い返して、神様にそう言いました。




