威厳の失墜
私はビビりだ。
とある夏の事。
お盆休みに夫婦で5歳の息子を連れて、妻の里の大田舎に帰省した。
そんな1日の事だ。
妻に言われて、息子を地元の夏祭りに連れて行く事になった。
青年団が主催する小さな祭りで、夜店も数件出ていて、落語の初天神ではないが、息子の「あれ買って。これ買って」に辟易しながらも、結構自分でも楽しんでいた。
その夏祭りの一大イベントが悲しいかな、肝試しだった。
私は、その手の事が大の苦手だったので、肝試しが始まる前に帰ろうと、息子に提案してみた。
それが逆効果になった。
「お父さん、怖いんだぁ」
息子がニヤニヤしながら、私を見てきた。
「いや、遅くなるとお母さんも心配するからね」と言い訳をしながらも、目が泳いでいるのが自分でも分かる所が情けない。
結局、地元の人が1人ガイドしてくれるという事で、参加する羽目になってしまった。
肝試しのコースは、地元の山の中にある古い神社の前に石を置いて戻ってくるというもので、距離にして300メートル位の短いものだった。
順番が来て、ガイドのおじさんと私と息子で渡された石を握って神社へと出発した。
もちろん街灯の無い真っ暗闇を懐中電灯で照らしながら歩く。
参道の中間地点まで来た時に息子が先の暗闇を指さした。
「お父さん、おねぇさんがいる」
見るとたしかに真っ暗闇の中で1人の若い女性が佇んでいた。
ガイドさんが彼女に声をかける。
「どうしました?」
気が付くと、肝試しで先行した人たちも、みんなそろって暗い顔をして傍に立っていた。
その若い女性がゆっくりと振り返る。振り返った女性の顔は血まみれだった。
私は、叫び声を上げて、息子を抱き上げると元来た道を脱兎の如く逃げだした。
出発地点まで戻ると、青年団の男性が何かあったのかと心配して声をかけてくれた。
私は、起こった事を説明した。
青年団の男性は、それを聞いて首を傾げる。
「おかしいですね? うちでは肝試しなんて企画していませんし、あなたをガイドしたって方ですが、地元民ではありませんね。そんな人いませんよ」
私は、失禁してその場で気を失って倒れた。
そのまま私は、救急車で運ばれたそうだが、次の日の朝に目が覚めた時には、妻の実家で寝かされていた。
その息子も今では高校生になった。
未だにその事で息子にいじられる。