都市伝説「スクエア」木本葵ヴァージョン
僕たちには、雪山挑戦は早すぎたのだ。
陽子は、死んでしまった。
恋人である陽子との想い出が蘇ってくる。
撲は、吹雪の中で彼女を抱いて泣き崩れていた。
山田は、そんな僕の肩を揺さぶり、
「このままでは全滅するぞ。しっかりしろ」と叱咤した。
僕たちは、最後の希望を胸に下山を始めた。
体力温存の為に、僕は、泣く泣く陽子の亡骸を雪の上に残して、
他の3人と共に、中腹の山小屋を目指した。
泣きながら茫然自失となった僕を、岩瀬がサポートしてくれた。
「向井、陽子ちゃんは残念だけど、今は生き残る事だけを考えろ」
中村も応援してくれた。
やがて、僕たちは、山小屋へと到達した。
しかし、僕たちを待っていたのは絶望だった。
山小屋は、2つの窓がある木造の建物だったが、古く隙間風が室内に入り込むだけでなく、夜の暗がりの中、手探りで探したが暖房器具さえ無かったのだ。
へたり込む僕たちを諦めの悪い山田が励ました。
「いい方法がある。4人で四隅に散って、1人が次の隅の奴の肩を叩く。叩かれた奴は、次の隅の奴の肩を叩く。それを続けてみんなが眠らない様にすれば、朝までがんばれるはずだ。そうして朝まで持ちこたえて下山しよう。その頃には、きっと吹雪も治まってるさ」と……
そこから長い僕たちの生きる為の戦いが始まった。
陽子の為にも生き抜かなければならない。
でないと、置いて来た陽子の亡骸は、永遠に見つからないかもしれない。
暗闇の中、肩を叩かれたら、次の隅に行って肩を叩く。また叩かれたら、次の隅に行って次の奴の肩を叩く。
それが永遠に続くかに思われた。
何度も絶望感に襲われたが、山田が時折声を上げて、他の3人を鼓舞する。
やっと吹雪も治まり、外が白んできた。
薄っすらと山小屋の中を登りきらない太陽光が照らし出す。
「助かった」
そう思った時、僕は気が付いてしまった。気が付いてはいけない事に。
そう、山田が提案して、僕らがやってきた行為は、4人では出来ないのだ。
その方法では、5人いなければ成り立たない。
どうしても誰かが、隅を2ヶ所1人で超えていかなければ、次の者の肩は叩けない。
それに気が付いて、気が動転する僕の肩が叩かれたが、
僕の肩を叩いた誰かが崩れ落ちた。
まずい!
今、眠ってしまったら、そいつは終わりだ。
僕は、そいつに振り返って抱きとめた。
そして、見てしまった……
登りきらない陽の光を浴びたそれは、陽子の凍死体だった……
心なしか、陽子の顔が安らかに微笑んでいる様に僕には見えた……