空を舞う
俺が空を見上げた時、それを見つけた。
四角い白い凧が空を舞っていた。
正月でもないのに凧が上がっている。
最近では、正月でも凧を上げている子どもを見る事は、まず無くなった。
俺は、その凧を珍しい物でも見るように、目が離せなくなっていた。
ゆらゆら…… ふわふわ……
何かが変だと俺は思った。そして何が変なのかに気が付いた。
それは、糸で操られている風でもなく、ただただ、まるで生き物のように空を漂っていたのだ。
「凧じゃない……」
俺は、そう思って恐くなり逃げようとしたが、身体が動かない。
いや、それから目がまったく離せない。
「こっちに来るぞ」
「みんな逃げて」
俺の後ろから数人の驚愕する声が聞こえてきた。
後ろの人々が逃げ惑う音がする。
だが、俺だけが動けない。
何故なら、その四角く白い何かには、顔があり俺だけを見ていたからだ。
ニヤニヤとした表情で俺を凝視している。
知らない一人の女が、俺の前に回ってきて、俺の胴体にタックルするように後ろに押した。
身体の力が抜けていたのか? それとも彼女の力が強かったのか?
気が付けば、その女の車に乗せられて走っていた。
彼女は看護師だった。道理で動けない者を動かせる技能を持ち合わせていた訳だ……
あれから数年経った。あの凧のような物はあれ以来見ていない。
あのまま彼女に助けられなかったら、俺はどうなっていたのだろうか?
俺は、そう彼女に聞いた。
「もう忘れなさい。またあれに出会っても何度でも助けてあげるから」
妻は、いつものように病院に出勤する準備をしながら笑った。