最後の飴(実話怪談)
これは、私がいつも利用しているタクシー会社の運転手さんから聞いた話です。
普段から、私は、多くの運転手さんに「何か怖い体験はないですか?」と聞いていたのですが、「そんなのないよ。迷信だよ」と言われ続けていました。ですが、その運転手さんは少し考えてから、ぽつりぽつりと話しだしました。
その運転手さんは、5年前にいつも朝、一人のおばあちゃんを送迎していました。
おばあちゃんは、土日以外、シニアケアの施設に通っていました。その送り迎えの係りが、その運転手さんだったそうです。
運転手さんは、毎朝ドアを開けておばあちゃんを車内に迎え入れると、3キロ先のシニアケアの施設に送っていました。その道中、おばあちゃんは、いつも運転手さんに飴を1つくれたそうです。
とてもやさしいおばあちゃんで、いつもニコニコ笑いながら、
「おつかれさまですねぇ。飴でも食べて元気だしてね。無事故無違反ですよ」
と、言ってくれたそうで、運転手さんもそのおばあちゃんが大好きでした。
ある日、運転手さんが出勤すると配車係りの人から、
「もう○○のおばあちゃんの送迎はいいですからね」
と、言われたそうです。
おばあちゃんは、その日の前の晩に眠るように亡くなったと聞かされました。
運転手さんは、営業所内であるにも関わらず、泣いてしまったそうです。
数日経ちました。
早朝のお客様が丁度、そのおばあちゃんの家の側に住んでいる方で、その方を自宅に送り届けました。
お客様を降ろしてから、また流そうとタクシーを出した時、おばあちゃんの家の前を通ったのですが、そこに亡くなったはずのおばあちゃんが……
タクシーを停めた運転手さん。
おばあちゃんは、運転席側に回ってきて、いつものやさしい笑顔を浮かべて、窓をコツコツとノックしてきました。
運転席の窓を開けた運転手さんに、おばあちゃんは手を伸ばしてきて、手のひらを開きました。
そこには飴がありました。
「これでおしまいだけど、最後の飴をなめてくれないかい? それをなめてずっとずっと元気だして、無事故無違反ですよ」
飴を受け取った運転手さんはそれを見ました。涙が止まりませんでした。
目を上げると、もうおばあちゃんの姿はありません。
運転手さんは、タクシーをおばあちゃんの家の前で停めたまま、飴をほおばって、ずっとずっと泣いたそうです。
それが5年前の事だったと私に語る運転手さんの目は、心なしかまた潤んでいるように見えました。
私ももらい泣きしました。
これが私が、タクシー運転手さんから、初めて聞けた怪談です。