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メソッド(実話と創作のミックス)

 俳優さんの演技手法の中にメソッド技法というものがあります。

 形から入るのではなく外観を演じるのではなく、心の底から役に成り切るというとても難しい手法です。

 これをやる為には、まず自分と向き合い掘り下げ、自分の中をさらけ出さなくてはなりません。

 これは、演技に関わらず私が進んだ物書きなど芸術全般や私が大学で教えていたジェンダー学の他にも哲学や宗教学など形の無い物を追求する学問には欠かせません。

 ただし、この自分を掘り下げるという作業は、非常に危険な行為であり時として精神を患ったり薬物に走ったり……

 自分の内面を無理に掘り下げると自分では認めたくない自分や知らなかった自分の腐った部分を掘り当ててしまう事があるのです。それに耐えられる人は、ほとんどいないでしょう。

 多くの仲間や学生が精神に異常をきたし、多くのメソッド俳優は薬物やアルコールに走り、最後は自死などという事もあります。

 有名俳優の中にも多くそうなった方々がいますし、俳優でなくともそうなった方が多い。

 以前書いた「芸術の魔物」もその典型の1つと言って良いでしょう。

 こんな事がありました。

 今から4~5年前でしょうか?

 私の受け持った女学生の1人が講義中に何かおかしい事に気が付きました。

 私は、講義が終わった後に彼女を研究室に呼び出しました。仮に田中さんとしておきましょう。

 田中さんから事情を聴いてみたところ、案の定、自分の掘り下げをやり過ぎていました。

 私は、学生にこの件について、いつも口酸っぱく言っていました。とても危険である事。やる時には2人1組になって、相方が危ないと判断したらすぐに止めてもらう事と……

 田中さんは、その注意を聞かずに1人で毎晩、自分の中にダイブしていました。

 田中さんは、こう言いました。

 掘り下げていくとどうしても開かない部分があったというのです。当然です。人は、みんなそんな部分を抱えています。そこは、いくら手慣れた研究者と言えども絶対に手を出さないパンドラの箱です。何が飛び出すか分かりません。

 田中さんは、元々先端恐怖症だったそうです。ただ何故そうなったのかは知らなかったそうなのですが、そこには彼女は興味がありませんでした。

 ジェンダー学とは、男女の社会から押し付けられた性別役割についての学問です。先端恐怖症とは関係ありません。あったとしても男性器に対しての象徴的恐怖心がそれに変化したとしか説明出来ませんし、大体その場合は別の形を取る事が多いのです。

なので、田中さんも先端恐怖症の原因を探ろうとしていた訳ではありません。自分が直面している自覚無き性差別について掘り下げようとしていただけでした。

しかし、あれ程私と私の上官とで注意をしていたにも関わらず、彼女は毎晩1人でダイブを繰り返して、そこをこじ開けようとしていたようです。

田中さんのご両親は、早くに事故で亡くなられており自分がしっかりせねばという想いの強い子でしたので、その芯の強さがそうさせたのかもしれません。

問題の講義の前の晩に彼女は、そのパンドラの箱をこじ開ける事に成功しました。

そこにあったのは、多くの自分の嫌なところや人として腐った部分でした。彼女はかなりのショックで朦朧となったそうですが、最後に出てきた物を背負うには、精神力がとてもじゃないけど足りませんでした。

それは、小さい頃の自分の忘れていた記憶でした。本来、ダイブして見つけるのは記憶ではなく、自分の内面です。とても珍しいケースだと思いました。

その記憶では、部屋の中にいる自分の目線で、目の前に血だらけで倒れている両親の姿があったそうです。そして彼女の手に握られた血に濡れた包丁。その先端を見つめながら笑っている自分。

田中さんは、幼い頃の事を思い出してしまっていました。

面白半分興味本位でやってしまった行為。慌てて見つけて飛び込んで来て包丁をひったくった兄の姿。警察官たち。数年の病院生活……

忘れていた。いや、忘れていなければならなかった過去を彼女は掘り出してしまったのです。

私は、その事を聞いた後、目つきがおかしくなっている田中さんを私の車で病院に連れていきました。

今年、私は、大学の講師を病気で続けられなくなり退任しました。

その時に電話で上官と話したのですが、心配になり彼女はどうしているかを尋ねました。

田中さんは、今も病院にいるそうです。

みなさんも自分の内面に過剰にダイブするのだけはやめてください。

きっとあなたは壊れます……


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