芸術の魔物(実話怪談)
この話は多くの方が「?」となるかもしれません。「これ怪談なの?」って。
ですが、夢を持ってそれに向かって邁進している方には、この恐怖が分かって頂けると思っています。
まず、私の経緯を聞いてください。
私は小学生の頃に岡山の大原美術館でジョルジョ・デ・キリコという画家の「ヘクトールとアンドロマケーの別れ」に出会いました。その絵を観た時、身体が固まりそのままその場に小1時間立ち止まって魅入ってしまいました。勿論家族は先に行ってしまって迷子になった訳ですが、母が私を見つけた時に私はただその絵画を見つめながら泣いていたそうです。
この時、芸術には本物の魔力があると知りました。これが私の一生を左右する事になるとは、その時は思っていませんでした。
私はその約10年後に映画の世界を目指して芸術大学の映像学科に進みました。毎日ほとんどバイトもせず部活にも入らず徹夜ばかりして学業に専念しました。自分にはきっと出来ると信じていました。
昔、ある天才はこう言ったそうです。
「天才とは1%のひらめきと99%の努力」だと……
しかしどれだけ努力してもその1%がなければ、その才能を持っている天才たちからどんどん離されて行きます。その1%を持っている者は何かオーラというか光って見えました。私も追い付こうと一生懸命に脚本の勉強をしましたが、どうしても追いつけないと感じられました。ですが芸術大学とはプライドの塊の様な者の集まりで、私にはその開いていく現状が到底受け入れられませんでした。芸術の魔力の裏の面である闇にどんどんと気づかないまま落ちて行っていたのだと思います。
卒業後、私は故郷の広島に帰りました。原爆症の父がその直前に亡くなり、母を1人に出来ないという事もありましたが、自分に才がない事を悟っていたのかもしれません。
しかし、脚本家への夢は捨てきれずブラックな仕事の合間などにも脚本を書いていたりしましたが、どうしても納得出来る物が書けません。盟友だった友は日に日に俳優として成長し、どんどんと映画やテレビに出るようになっていました。芸術の魔力の裏の顔である嫉妬に狂い、彼の出ている作品を見る事さえ出来ない日々が続きました。その頃にはもう物語を書く事が出来なくなっていました。焦れば焦る程ハマる泥沼……
彼は私が大学1年の時に未完に終わった処女作の主役をやってくれました。この想いがねじくれて「出発点は同じだったのに、何故私はここ(広島)にいる?」と修羅の如き状況になり仕事も辞めてはお金が無くなり再就職、「こんなはずじゃなかった」とまた仕事を辞めてブラック企業を転々とするようになりました。「これは私の仕事じゃない。私は脚本書きだ」と……
疲れ切り、それでもドス黒い嫉妬から抜け出せず、何度も脚本を書こうとして1行も書けず……
10年が経った時、同じように地元に帰った夢破れた盟友2人と電話で話をする事がありました。2人共私と同様に芸術の闇の面に侵食されて疲れ切っている事を語りました。同じように職を転々として人生を狂わせて……
もう止めよう。筆を折ろう。そう思いました。このままでは本当にダメになる。闇に完全に食われる前に止めようと……
芸術だけではないでしょう。例えばプロ野球選手を目指していてもなれなかった人や怪談師を目指していても芽が中々出ない方なども……
その内に同じ状態だった盟友の1人とは連絡が取れなくなってしまいました。噂では精神を病んで入院しているとか聞きました。未だに連絡が取れません。
筆を置いて20年余り、書けなくなって30年余りの昨年10月に努力と根性で映画監督兼脚本家として50歳過ぎて下積みを抜け出した盟友が「お前は書け。お前は書く人間だ」と強く薦めてくれて筆を再度取りました。彼が企画している映画の企画段階にも参加させて貰い、初めて憧れていた映画の世界での報酬も頂きました。脚本もどんどん書き始めています。私のサイトで公開していますがひどい出来の物ばかりです。ですが、この監督になった盟友が努力と根性で諦めなければプロになれなかったとしても、何かになると勇気をくれましたので再度がんばろうと思っています。勿論学生時代、彼も光って見えました。ですが才があった彼でも運が来なかった。それを彼は自らの手でこじ開けられると証明してくれたのでやってみようと思います。
再び芸術という裏に怪物を飼っている世界に飛び込みましたが、怪物に食われるか? そいつを蹴散らすか? の勝負です。危なくなったら私は逃げる準備をしています。
みなさんも気を付けて下さい。この世には本物の魔力を持つ物が実在します。しかしそれらの裏には必ず魔物が潜んでいます。簡単に勝てる相手ではありません。人生を狂わし精神を蝕む程の怪物です。夢を諦めるなとは言いません。ですが甘く考えないで欲しい。
本物の魔力があると言いましたが、本物の魔物も実在しているのです。
夢を追っている方へ老婆心ながら、一度魔物に食われかけた者からのお願いです。みなさんの健闘を祈りつつも陰ながら心配しております。