月に咲いたアスチルベ
ある時、一輪の花が咲きました。
ふわふわとした小さな花びらを、沢山つけた花でした。
煙るようにどこか掴みどころのないその花は、地味な見た目をしていたので、ギリシャ語の"a"(~がない)と"stilbe"(輝き)をあわせて、"アスチルベ"と呼ばれていました。
地味で目立たないアスチルベ。
アスチルベは、頭上に降り注ぐ桜の花びらを見て、いつも思っていました。
『ああ。私もあの桜のように、花の咲き誇る時も、散りゆく時も、みんなから美しいと思われるようになりたい。』
日が暮れてからも、桜の木の下には、美しい夜桜を見に多くの人が集まっていました。
けれども誰も、足元で小さく揺れるアスチルベには目もくれません。
アスチルベは、星空を見上げて願いました。
『お星様。お星様。わたしも、夜空で輝くお星様みたいに。夜風を彩る桜みたいに。みんなの目を引く、美しいものになりたいの。』
花弁を揺らし、そっと願いを夜風に乗せたとき、
夜空を割くように、一筋の星が流れました。
流れ星はアスチルベの元へと降りてきて、
『君の願いを叶えよう。お空でとびきり大きく輝く、あの月へ連れて行ってあげる。』
そう言うと、流れ星はアスチルベを連れて、お月様へひとっ飛び。
いつも見上げていた桜の木を飛び越え、雲を通り抜け、地球を飛び出し、星々の横を通り過ぎて。
流れ星に連れられて、アスチルベは月へやって来たのでした。
月に咲いたアスチルベ。
太陽の光を体いっぱいに反射した月が、ぴかぴかと眩いほどの輝きを放ち、アスチルベのふわふわとした花びらにまとわりつきます。
月の光に包まれて、清廉な輝きを放つアスチルベは、地球に咲くどんな花よりも美しいのでした。
しかし、それを傍で見てくれる人は、誰もいません。
あんなに大きく見えた桜は、今はもう小さすぎて見えないほど遠くなってしまいました。
願い通り美しい輝きを手に入れたアスチルベは、
一遍の穢れもない、まあるいお月様で、どこか寂しそうに揺れるのでした。
それからアスチルベは、長い時を月で過ごしました。
ふわふわと揺れていた花弁は、ひと房、ふた房と散っていきました。
涙のようにハラハラと零した花びらは、
星々の横を通り過ぎ、大気圏をぬけて地球へ落ちていきます。
その姿を、地球に住むみんなが見上げて、言いました。
「わあ!綺麗な流れ星!」
真っ赤に燃えて、激しい輝きを放ちながら落ちていくその姿は、眩い放物線を描きながら流れていきます。
そしていつか、また誰かの願いを叶えに行くのでしょう。
おしまい