05
「……?」
和人はわずかに腰を浮かせる。
かりかりとかすかな音の後、今まで気づきもしなかったゴンドラ内のスピーカーから、とぎれとぎれの案内が聞こえた。
「……原因をただいま調査中です。ご迷惑をおかけして、大変申し訳ありません。いましばらく、お待ちください。係員の指示に従って……現在、観覧車は停止……」
「えっ」
ようやく、状況が呑み込める。
香織の方を見下ろすと、彼女は案外と平気な顔をしている。
「止まっちゃった、みたいだね」
何か言わねば、と焦る心で和人が口を開く。
「だね、故障なのかな」
ありきたりだ、あまりにもありきたりなことばだ。
唇をかむ和人の目の前で、香織は静かに、胸元に手を入れた。
香織は胸元から一枚の紙を取り出し、ゆっくりと広げてみせた。
「……それ、」
和人はごくりと唾をのむ。その音さえゴンドラ内に響き渡った。
「どこで拾ったの?」
「ミナちゃんがね、上着預かった時、なんか落ちたんだけど、って」
そう、和人はミナが差し出す手に上着を預け、慌てて洗面所に走っていったのだった。
香織が差し出したのは、確かに、彼が失くしたと思っていたあのメモだった。
「五時、観覧車。ミナちゃんはシゲノブから電話あってパス。ふたりで乗り込み、7分半後に頂上。そこで告げる……」
香織は暗記していたらしい、和人はその言葉のまま文字を目で辿る。しかし、その後に気づいて、和人は思わずつぶやいた。
「なんだ、これ?」
和人が言うはずだった言葉はこうだった。
『俺、実は秋からマカオの支所に異動なんだ。今まで一緒の部署になれて本当にうれしかった、ありがとう。何をやっても冴えない自分に、何だかんだ付き合ってもらって、そして何度も助けてもらって、本当に助かりました。一度ちゃんとお礼をいわなければ、と思って、それで……』
細かいスケジュールについてはシゲノブから何度も手を入れられていた。
「オマ、そこはやっぱりちゃんとレストランに入るっしょ」
とか、
「あのマジックショーは視といたほうがいいよ」
とか。
しかし、最後の言葉については和人、強い目をしてシゲノブを見据え、
「自分でちゃんと考えるから」
と、メモを取り上げて、自分で最後まで考えながら書いたのだった。
それこそ、デート前夜まで。
しかし、和人が一生懸命ひとりで考えた部分はすべて黒く塗りつぶされ、代わりになにか、細かい文字が書き加えられていた。
そこには、こうあった。
『愛しています
マカオに一緒に行かないか?』




