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02

 生来ののんびり屋でマイペース、悪気はないが他人をイラつかせる名人だ、と言われていた彼だったが、二年前に転がり込んでようやく中途採用で落ち着いた会社の、同じ部署で、素敵な人と出逢った。


 それが香織だった。


 新入社員の香織は和人とは正反対で、頭が切れて気が利いて入社当初から社内でも輝いていた。

 

 俺には高根の花だ、そう感じながらも、近くで見守るうちにだんだんと、彼女から目が離せなくなっていた。


 一生に一度か二度の勇気を振り絞り、デートに誘ってみたのが先日。

 すぐに断られるかと思ったら、香織はなんと

「その日は……」

 ぎっしりと細かい字で予定が埋まったスケジュール帳を取り出して、

「別に、空いてるけど?」

 簡単にそう言って小首を傾げて彼を見た。


 まさか、デートができるとは思いもしなかった、ひとり邪魔者、いや、追加もいたが。

 香織は同僚のミナちゃんもいっしょに、と言ってきたのだ。もちろん和人が反対できるわけがない。

 ついでと言っては何だが、ミナちゃんの彼氏で、しかも和人の同僚で、しかも腐れ縁的に仲が良いシゲノブにも声をかけることになった。

 しかし、シゲノブはその日は都合が悪いから、と言ってきたのだった。

 じゃあ、きっとミナちゃんは断ってくるだろうし香織さんも……そういったんは肩を落とした和人だったのだが、なんと香織、妙に律儀なのか、

「じゃ仕方ない、三人で行きましょ」

 と言ったのだ。


 さて当日、彼女はあっさり待ち合わせ場所にやって来た。

 もちろん、ミナと一緒に。



 デートには雑音が多く、慰労会というには少しばかり、胸がときめく一日が始まった、のだが。


 和人はベンチに座ったまま、またため息を吐く。


 そよ風と小鳥のさえずり、遠くから流れる音楽、時折大きくなる人々の歓声、目の前のレールを赤いジェットコースターが駆け抜けていく。



 最初はまあまあ予定通りだったのに、途中からさんざんだった。

 そしてきわめつけ、昼に買ったホットドック、通りかかった着ぐるみのウサギキャラにぶつかって落としてしまったのだ。

 ケチャップの染みが派手にシャツに飛んだが、ウサギは慌てていたらしく小刻みに数回頭を下げてから、あっという間に姿を消した。

「スタッフに抗議した方がいいよ」

 香織はそう怒っていたが、和人はやんわりと

「洗えば取れるよ」

 そう笑って、上着を脱いでトイレの手洗い所で染みを落としたのだった。


 でも午後はちゃんと計画通りに進めよう、そう思い返し、彼は上着のポケットから畳んだ紙を取り出そうとした。

 今日彼女を初デートに連れだしてから、彼女とミナとのスキを見つけては何度となく取り出して確認していたそのメモを。


 しかし、

「あれ」

 和人はポケットから手を出す。

 紙がない。

 試しに反対側のポケットも見るが、やはり入っていない。

 焦って内ポケット、ズボンのポケット、持っていたポーチの中までぜんぶさらってみる、だが、どこにもない。


「落としたのかな……」

 和人は頭を抱える。

 シャツを汚して上着を脱いだ時に落ちたのかもしれない。

 あれは園の反対側に近い方だ。拾いに行きたいが、彼女たちを無駄に歩かせることになるし、何を探しているのか訊かれると困るし。

 

 まずは最初の一行から細かかった。


『10時入場。パスポートチケット、おごるから、と三人分買う』

 ミナは、えっ、いいんですか~? とうれしげだったが、そこに香織が

「ここは割り勘でしょ」と譲らず、結局それぞれで支払うことになった。


『10時10分、フライングシップ、ミラーハウス、ミニ動物園、ここの売店で人気のオリジナルぬいぐるみをひとつ買う」

 香織がアルパカ好きなのは以前聞いていたので、なんか買おうか? アルパカとか? と訊いた。そうしたら香織は

「もう持ってるからいらない」

 と即答。

 逆にミナはおおはしゃぎで「アタシ、カメレオン!」とすかさずおねだりして、和人はなぜかカメレオンを買う羽目になっていた。


『10時40分、出店のマツモトコーヒーで休憩してからフロートカップ、シューティングコースター』

 マツモトは人気の店らしく、ずっと並んでいたが、せっかちな香織は

「あたしいつもの自販機でじゅーぶんだよ」

 そう言ってするりと列から抜けてしまった。ミナも「待ってよー」と後に続く。

 和人が追いついた時には、香織は、すでに和人の分も手に持っていた。

「はい、いつもこの微糖だよね」

 それはそれでうれしいが、なんか違うんだよな……

 和人はふたりから少し間を開けて、ベンチに座って珈琲を飲んだ。


 いつも仕事の合間にあまり味わうこともなく飲み干しているのだが、緊張しすぎているのか、いつも以上に味を感じなかった。



 それでも何となく、かすかにデートらしい体裁を保ちつつ、三人でランチタイムを迎えたのだった。

 ここでも、彼が人気のレストランの名を言う前に

「あたし、立ち食いのホットドックがいいな、時間節約できるし」

 そう言い出したのは香織だった。


 そしてこのざまだ。


 結局、頼りのメモは失くすし、服の染みも微妙に残ったままだし、イニシアチブも取れているのかどうか微妙だし、これからの午後のひとときがさらに心もとない。

 これから何をする予定なのか、彼は頭を抱えたまま必死に思い出そうとした。

 家でも、何度も何度も読みこんだはずだったのだが。

『13時から、ドクトル・エミーのマジックショー(動画サイトでも有名だった)、

14時メリーゴーランド、フラワーパラシュート……』

 そこから先がなぜか、ほとんど思い出せない。



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