サンタクロースの真実
サンタクロースが何故あの姿になったのか?
何故、トナカイのソリに乗っていたのか?
これはサンタクロースの伝説が語り継がれるようになった、そのきっかけとなった話・・・かもしれません。
フィンランドの冬は厳しく長い。
冬に食糧を確保することは難しい為、秋までに一冬分の蓄えを行う。
しかし、だからといって冬場に食糧を確保しなくて良いというわけにはいかない。
保存食だけでは限界があり、新鮮な食べ物が必要となる。
その為、男は今日も猟に出る。
男は小さな村に住む、腕の良い猟師だった。
村はわずか20名ばかりの小さいものだったが、男の名前は近隣に知れ渡るほどだった。
身体は大きく、がっちりとしていて、厚みもある。
その大きな身体を覆うのは真っ白い毛皮。
射止めた白熊の皮で作った毛皮が、男の強さを物語っていた。
男は今、じっと岩陰に潜んで、獲物を狙っていた。
獲物はトナカイの群れ。群れは全部で9頭。その中で大人6頭、子供3頭。
村を出て3日目。ようやく見つけた獲物に心が躍る。
男自身、この3日間少量の乾し肉しか口にしていない。
飢えが男の神経を研ぎ澄ませ、野生を呼び起こす。
1頭も逃す気はない。男は静かに闘志を燃やす。
幸い周囲は障害物の無い平地だ。
群れが銃声に驚いて逃げても、十分狙い撃てる。
それに白熊の毛皮は雪原では保護色になる。
男は静かに群れに近づく。
風は向かい風。
トナカイから見て風下になる為、匂いで気づかれる恐れも無い。
まずは1頭目。
後ろ向きのトナカイに近づき両端に重りの付いたロープ、ボーラを投げる。
投げたボーラは回転しながらトナカイに向かい、その脚に絡まる。
自由を奪われたトナカイは身動き出来ず、転倒する。
しかし、その転倒は他のトナカイに異変を知らせた。
トナカイは後8頭。それぞれが勝手に走り出す。
しかし、男はゆっくり立ち、静かに銃を構える。
連続して4回、乾いた音が雪原に響いた。
4頭目が倒れた時点で男からまだ50mも離れていない。
空になった薬莢を捨て、新しく弾を込める。
そしてまた4回の銃声。
その時にはもう立っているトナカイはいなかった・・・。
1頭を残し、8頭を射殺。
そのうち7頭を1ヶ所に集め簡易ソリに乗せる。
残った1頭はその場で解体した。
まず首切り、血を抜く。
抜いた血はその場で飲む。貴重なビタミンだ。
白い毛皮がトナカイの血でみるみる真っ赤に染まる。
次に腹を割き、内蔵を取り出す。
まだ新鮮だ。生で食べれる。3日ぶりの食事に喉が鳴る。
そして、そのまま解体していき、ソリに積み込む。
ソリは最初にボーラで倒したトナカイに引かせている。
生け捕りにしたのはこのためだ。
さっきまで一緒にいた仲間の死体を乗せて走るのはどんな気分なんだろう?
うなだれて、力なく走るトナカイ。
しかし、男は鞭を振るい、無言でトナカイを御する。
男にとって重要なことは、新鮮な蛋白源を無事に村に届けることだけだった。
ソリを引いているこのトナカイも、生かしておくのは村に着くまで。
男にとってはこのトナカイも貴重な蛋白源でしかない。
村に着くまでの間、ずっと一緒に居ることになるが情が移ることは無い。
村に着くとさっそく子供達に囲まれた。
まずは解体した1頭分をみんなに分ける。
久しぶりの新鮮な肉にみんなの表情が和らぎ、笑顔が広がっていく。
これだけあれば、今年の冬もなんとか越せるだろう。
男の顔にも、ようやく安堵の表情が浮かんでいた。
ヴィルヘルム・ヴァイルはドイツで新聞記者をしていた。
大学時代の友人に誘われてこの冬はフィンランドに来ている。
本物の冬を見せてやるよ、と誘われて来たがあまりの寒さに今ではフィンランドに来たことを後悔している。
しかし、こっちの気持ちを理解しようとしない友人はヴィルヘルムを無理矢理雪原に連れ出して
フィンランドの冬を満喫させてくれようとする。
その気持ちは非常にありがたい、ありがたいが良い迷惑だ。
正直今はあたたかなドイツの実家で、ホットワインを飲んでいたい気分だった。
しかし、愚痴っていても状況は何も変らない。
仕方が無いのでフィンランドの冬とやらを楽しむ事にしよう。
そう思ったヴィルヘルムはポケットから望遠鏡を取り出してあちこちの風景を見始めた。
ヴィルヘルムが今立っているのは、雪原の中の少し小高い丘の上だ。
眼下に小さな村が見える。
その村の端、街道側のところに大きな男が立っていて、周りを子供達が取り囲んでいる。
男は、冬にしては珍しい白地に赤い、華やかな服を着込んでいた。
そして、白い大きな袋から赤い布に包まれた何かを子供達に手渡している。
ヴィルヘルムの望遠鏡は安物だった為、画面は曇りがちだし、精度も悪い。
だから渡しているものが何かまでは分からなかった。
しかし、それでも何をしているのかは分かる。
男は子供達に何かをプレゼントしているようだ。
そして何より、遠目にも分かる子供達の笑顔が、とても印象的だった。
男の側にはトナカイがいて、おとなしく佇んでいる。
そのトナカイは男に懐いているようだ。良き主人と従者。
少なくとも、望遠鏡越しのヴィルヘルムには、そう映っていた。
・・・そのトナカイが自分の死を予感し、受け入れていることをヴィルヘルムは知らない。
仲間の死体を運び終え、役割を終えたトナカイを生かしておくことはない。
おそらく、今日までの命だろう。
死んだ8頭の血は既に枯れてしまっている。
しかし、まだ生きているトナカイの血は、村の貴重な栄養源になるのだ。
その事実を、ヴィルヘルムは知らない。
そしてまた、男の服がトナカイの血で赤く染まっていることも。
・・・ヴィルヘルムは知らない。
何も知らずに見ているヴィルヘルムには、子供が大男を取り囲み、プレゼントを受け取っている姿はとても暖かい情景だった。
帰ったらあの男のことを記事に書こう。
この素晴らしい光景を、みんなに伝えたい。
ヴィルヘルムは、ここに来て初めて、フィンラドに来て良かったと思い始めていた。
・・・メリー・クリスマス。
ヴィルヘルムは心の中で、そっと男にそうつぶやいた。
ちょっとしたアンチクリスマスのお話でした。
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