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chapter x-19「残された者」

 南北に広がるメルへニカ島の中央に位置するクイーンストンで戦闘が始まった。


 奇しくも10年前の王位継承戦争もここで始まった。また大勢の犠牲者が出ることを空しく思う自分がいる。少し前まではそんなのどうでもいいって思ってたのに。


 メアリー女王やエクスロイドも戦いに参加し、敵の兵士を次々と討ち取っていく。


 触手から生まれた刃物が兵士たちを突き刺し、刀剣にも大砲にも変わる柔軟な腕で目の前の兵士たちを料理するように切り刻んだり燃やしたりしていく光景に肝が冷えた。


 戦場の後ろの方にいたが、それでも安心ができないほどの迫力だった。


 すると、エクスロイドの両翼から生えた2門の大砲から砲弾が勢いよく発射され、大きな爆発音と共にクイーンストンの住宅を一瞬にして解体してしまった。


 住宅への攻撃は戦争法違反のはずよ――あまりにも酷すぎる。


 私の目には昨日まで平和に過ごしていた街がたった1日で完膚なきまでに壊されていくおぞましい光景、周囲に散らばるように倒れているおびただしい数の死体、真っ赤に燃え盛る戦火が広がっている。


 兵士だけでなく、住民までもが血を流しながら倒れており、子供を庇うようにしながら倒れている親子の死体を見た時には心が引きちぎられるように痛んだ。


 兵士たちは戦闘に慣れているのか、それにすら気づかない。


 私はメイド部隊にこんな過酷な現場を経験させてきたっていうの――。


 そんなことを考えながら戦場に立ち尽くしていると、今度は住民たちを逃がす時間を稼ごうと、エリザベス軍が負けじと猛攻を仕掛けてくる。


 敵陣の後方ではエリザベス軍の兵士たちが住民たちに逃げるよう叫びながら援護射撃を行っている。


「バーバラっ! ぼさっとしてないで、隙を見て逃げなさい! ……あなたは兵士じゃないでしょ」

「どうして分かるの?」

「戦場にいるのに鞘から剣を抜いてない。私じゃなかったら丸腰のまま殺されてるところよ」

「! ……ごめんなさい」


 慌てて鞘から剣を抜いた。兵士のふりをしていることさえすっかり忘れていた。


 うっかりしてた。いつものように指示をするばかりで現場を見ないようしていた癖が出てしまったことを私は恥じた。


 昔ならこうはならなかった。だが今は違う。私は自分に正直に生きようとしている。


「! バーバラっ! 危ないっ!」


 キャロルが飛びかかってくると共に大きな銃声が鳴り響いた。


 気がつけば私を庇ったキャロルが私の体に覆い被さるように倒れていた。急いで重い鎧を着た彼女を引きずって住宅外側の壁に避難する。


 彼女の胸部から背中にかけて銃弾が貫通し、段々と溢れ出る多量の血が私の手を真っ赤に染め、その呼吸が弱くなっていくのが分かる。


「キャロルっ! しっかりしてっ! 戦争が終わったら一緒に逃げるって……約束したじゃない!」

「……ごめん……約束……守れそうにない」


 今にも息絶えそうなキャロルが悲しそうな顔をしながら弱々しい声で言った。


 目には大粒の涙を浮かべており、血塗れの手で私の手を掴んだ。


「うっ……」


 口から吐血し、今にも息絶えそうな状態の中、キャロルは最後の力を振り絞って口を開いた。


「バーバラ……メアリー女王を……勝たせては駄目……早く……逃げ……て……」


 キャロルがそう言った途端、目を開けたまま重力に従って頭をカクンと下に向け、全身の力がなくなると共に掴んでいた手の握力もなくなった。


「……キャロル? ……ねえ、ちょっと、起きて……起きてよぉ! うわあああああぁぁぁぁぁ!」


 私は戦場の片隅で泣き叫んだ。誰かのために枯れるまで涙を流したのは初めてだった。


 キャロルは私の腕の中で眠るように息を引き取った。ここから遠い王都に家族を残して。


 一緒に逃げて、一緒にお酒を造るって、昨日約束したばかりじゃない!


 早い、早すぎるっ。まだ私より年下のくせに。どうして私を置いていっちゃうわけ!?


 死に顔は安らかだった。キャロルの目を手で優しく閉じると、鞘に剣を収め、果たせない約束を交わした彼女にお別れの挨拶をした。手厚く埋葬してあげたいところだけど、今はそんなことをしている余裕はない。


 せめて彼女の遺言だけでも叶えてあげたかった。


 エクスロイド率いるメアリー軍を勝たせてはいけない。情報をエリザベス軍に伝えようにも、ここに残っていたエリザベス軍は全滅し、住民たちは全員捕虜となってしまった。このことを知っているエリザベス軍の人間はいない。


 だったらせめて、私がエリザベス軍に伝えるべきよ。


 それが、今までの行いに対する贖罪であると確信した。


「キャロル、貴方から受け取ったバトン、必ず繋いでみせるわ」


 私はどさくさに紛れてクイーンストンから走って抜け出すと、近くの街まで逃げるべく森の中へと逃げ込んだ。


「!」


 物音がしたので後ろを振り返ると、壊滅したはずのクイーンストンにあった建物の瓦礫が浮き上がり、それが次々と組み合わさると、1つの大きな赤い城となった。


 エクスロイドは私が言った通り、あの城でアリスを待ち伏せするつもりだと思った。


 早くこのことをエリザベス女王に伝えなければ……。


 その使命感だけが私の体を急がせた。幸い、エクスロイドは私を追ってこない。待ち伏せするのだから追ってこれるはずがない。奇しくも自らの提言により、私はエクスロイドからようやく逃れることができたのであった。


 近くの街まで赴くと、魔法アイテムショップを訪ねた。


 そこでなけなしのお金を払い、魔手紙を購入した。


 魔手紙は思ったことが文章として浮かび上がってくる便利な手紙。本音を映す鏡と言ってもいい。消したいと強く思えばすぐに消え、折り畳めば文章が固定化される。


 言葉を話せない人が魔手紙を介して話す場合もある。


 宮廷にも何人か人見知りがいたため、彼らの内心を探るために使ったことがある。


 この手紙に全てがかかっている。私は目を閉じて文章を頭に思い浮かべた。

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