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chapter x-18「後悔と償い」

 私は駆け落ちをするような感覚でキャロルと悪魔の契約を交わした。


 ますますここから逃げるわけにはいかなくなった。


 私はこの戦争の生き証人として結果を見届け、彼女と共に逃げることに。


 幸い、キャロルもジンが好きみたいで、この日の夜は騒ぎすぎない程度の声で話しながらお酒の話題で盛り上がった。うちの酒造が今もあったら、きっと喜んでうちのお酒を飲んでくれたでしょうね。


 ここまで仲良くしてくれた人――アリス以来かしら。


 私たちはあっという間に打ち解けた。キャロルも心を開き、私に身の上話をしてくれた。


 キャロルは貧しい身分から王国軍の大将にまで上り詰めた叩き上げの戦士。貧しかった頃の苦労もあってか、あらゆる人たちに優しく接することができるようだった。


「今は陸軍大将で、普段はモンスターの攻撃から市民を守る防衛隊長として王都を守ってたの。でもまさか最初に刃を向ける人間が同じメルへニカ人だとは思わなかったな」

「戦争に参加するのは初めてなの?」

「そうね。人間同士の戦争になんて参加したくなかったけど、相手が昨日まで一緒に仲良くやってたような人たちだと思うと、何だかやるせない気持ちになるわ」

「あなた、将軍に向いてないんじゃない?」

「……そうかもしれないわね。こんなことを考えちゃう時点で、そもそも軍人自体向かないかも。でもねバーバラ、私には守らないといけない大切なものがあるの。王都には家族もいるし、いつか王族か貴族に嫁いで楽をさせてあげたかった。でもその望みはもう敵わない」

「どうして?」


 きょとんとした顔で彼女に尋ねた。


 草むらの地面に座りながら月を眺めているその横顔はどこか空しく、届かぬ夢を追いかけているような気がした。


 夜風が私たちの髪をなびかせたかと思えば、地平線の向こう側からひょっこりと光が放たれ、それが無情にも私たちに朝がきたことを知らせているようだった。


 このままずっと夜のままだったらよかったのに。


「私、ずっと前のモンスターとの戦闘で大怪我しちゃって、それでもう……二度と子供を産めない体になってしまったの」

「それはお気の毒ね。でもあなたほどの将軍がどうして?」

「王都までモンスターが迫ってきた時があったでしょ。私たちが現場に駆けつけた時、メイド部隊がほぼ全滅しかけてたの。確か50人いたメイド部隊の内、生き残ったのは僅か3人だった」

「!」


 この時、嫌な予感が脳裏をよぎった。


 ふと、あの時の状況を思い出した。


 生き残りが僅か3人って、もしかしてミシェルたちのことっ!?


「そのメイド部隊は大した練度もないまま、上級モンスターを倒すようにメイド長に命じられたみたいなの。私はそのメイド部隊の人たちが上級モンスターに襲われているところを目撃した。それでその子たちを庇おうとして、思いっきりぶっ飛ばされちゃった。結局そのモンスターは軍によって討伐されたけど、当時のメイド長のせいで多くのメイドたちの命が失われたわ。しかも生き残った3人は大勢の犠牲者を出した責任を問われて追放なのよ。ありえなくない? ――バーバラ?」

「……ごめんなさい」


 私は両目からボロボロと涙を流し、甘えるようにキャロルに抱きついてしまった。


「どうしたの?」

「……その時のメイド長は私なの」

「ええっ!? それ本当なのっ!?」

「本当に済まないことをしたと思ってるわ……ごめんなさい……ごめんなさい……ううっ、あああああぁぁぁぁぁ!」

「バーバラ」


 全力で泣き、今までの行いを心底悔いた。そして断罪を求めるような目でキャロルを見つめた。


 私はあまりにも他人を軽んじすぎた。そのせいで全く関係のない人まで巻き込んで。


 ――そりゃ私が王族や貴族に嫁げないのも当然ね。


 そのことに今になってようやく気づくなんて、私ってホント馬鹿。アリスが言った通り、責任の取れない責任者に意味なんてないわ。


 私が全てを失ったのは、きっと今まで責任を取らなかった分が全て帰ってきたからだわ。


「全部私が悪いの。私に全責任があるの。なのに私は責任を逃れようとして、全部現場の人に責任を取らせてしまったの」

「……酷い」

「今になってようやく分かったの。私は本当に取り返しのつかないことをした。到底許されることじゃないわ。全部私のせいよ……」

「バーバラ、もう過ぎたことよ。メイド長だった時のあなたも、きっと精一杯だったんだと思う。だってあの女王陛下に仕えてて、しかも大勢のメイドを管理してたんでしょ。きっと色んなことで手がいっぱいだったんだなって思った」


 ――この人、器が違う。私を責めるばかりか、当時の私の背景さえ考える余裕がある。


 私はキャロルをずっと守っていきたいと思った。この人のためならと初めて感じた。


 それは今まで私が家族以外の人に対して持ったことのなかった慈しみそのものだった。


 メイドたちの競争に塗れていく中で忘れていたこの気持ちを今さらながら思い出した。


「キャロル、罪は必ず償うわ。だから人生をやり直すチャンスを与えてほしいの」

「もちろんよ。戦争が終わったら、ジンの造り方、ちゃんと教えてよね」

「ええ、分かったわ」


 人生で初めての友人を持った。ここまで心から通じ合える人とはもう出会えないかもしれない。


 翌日を迎えると、しばらく仮眠を取っていた私はメアリー軍に紛れ、クイーンストンの攻略に参加することとなった。


 兵士としての経験はない。せめて殺されないように戦場の後ろの方で待機していたいところだけど、この姿じゃそれも許してもらえそうにない。


 昨日までの姿とは対照的にキャロルが力強く兵士たちを鼓舞し、彼らの士気を高揚させていく。


「我が軍はこれからクイーンストンを攻め、これを奪回する。我が軍からもかなりの犠牲を強いられるかもしれないが、それは覚悟の上だ」


 兵たちに今までの全てを忘れさせるように言い聞かせ、ついにクイーンストンへの攻撃が始まった。


 森の中からメアリー軍がその姿を現し、徐々にクイーンストンへと近づいていく。


 エリザベス軍の兵士たちがメアリー軍に気づいた。


 そしてキャロルは前方への攻撃を命じるのだった。

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