chapter 8-9「死闘の終幕」
――ずっと頭の奥底で眠っていた記憶が一気に呼び起こされた。
ふっ飛ばされて頭を打った時、昔の記憶の一部が見えた。
それは他でもなく、8歳の頃、ジャバウォックと戦った記憶が――。
私はアリス……姉であるロリーナと共に魔法アイテムショップを営む娘として生まれ、王位継承戦争を迎えるまでは平和に暮らしていた。
私は家の掃除番を任され、少しでも掃除を楽にこなそうと思い、掃除道具に意思を持たせたり、錬金魔法によって便利な掃除道具を生み出したりして周囲を驚かせた。
だが平和な時間は長くは続かなかった。私はジャバウォックによって目の前で両親を殺され、その日からジャバウォックを忘れられなくなった。
そして3年後、私はドラゴンが好む香水を錬金魔法で作り、それによってジャバウォックをうまく誘い出したまではいいが、その時私が放った【記憶掃除】を跳ね返され、私が記憶を失うことに。
魔法によって吹き飛ばされた私はジャバウォックでも見つけられない場所にまで吹き飛び行方不明になったが、しばらくして近くを通りかかった人に発見された。
そして姉さんはジャバウォックが私の記憶を奪ったと思い、無事にジャバウォックを討伐した。私は記憶を失ったまま、身の安全のためにブリストル孤児院へと預けられ、姉さんと生き別れた。
これが……今までに積み重ねた私の記憶の全て――。
「アリスっ! アリスっ! しっかりしてっ!」
目の前に涙をポロポロと流しながら心配そうな顔の姉さんが見えた。
「――姉さん」
「アリス、記憶が戻ったのね」
「ええ、全て思い出したわ」
「今エドたちが必死にジャバウォックを食い止めてくれてるの」
「ジャバウォックが執拗に私を狙うのにはわけがあるの」
「わけがあるって、どういうこと?」
「ジャバウォックは太古の昔に王族の錬金魔法で作られ、その圧倒的な強さで最強の名をほしいままにしてきた誇り高きドラゴン。でもジャバウォックが唯一倒しきれなかった相手がいる。それが私なのよ。だから彼は私を倒して最強の名を取り戻したい」
「だったら、分からせてあげなさい」
「もちろんよ。みんな、後は私に任せて」
「「「「「!」」」」」
全員がこちらに気づくと、私の無事を確認すると共にホッとした顔で笑みを浮かべた。
「全く、人騒がせなんだから」
「エリザベス軍最強のポーンがようやくお目覚めか」
エドたちはボロボロになりながらもそう言いながら道を開けてくれた。姉さんも私を見守るように距離を置いた。
あの獰猛な口、頑丈で力強い腕と足、長く太い尻尾、間違いなくジャバウォックの姿ね。
さっき攻撃を跳ね返されたことで融合に使われた新兵器が完全に失われ、10年前と変わらぬ姿を取り戻していた。
新兵器の正体は剣にも盾にも大砲にも化ける全身鎧だった。
もしそんなものが普及なんてしていたら……想像もできないわ。
「ジャバウォック、あなたは私の大切なものをたくさん奪った。絶対に許さない」
「貴様を倒してこそ、我が最強の支配者として君臨できる。あれはその一過程にすぎない」
「ふざけないで。今こそあなたという粗大ごみをお掃除するわ」
ジャバウォックはその俊敏な動きで腕を振りかぶってくる。
「ブレードモード」
私は【女神の箒】の穂先を剣に変え攻撃を受け止めた。
そしてその腕を振り払い、怯ませたところで剣と化した箒を構えた。
「お掃除の時間よ。【微塵切断掃除】」
私は目にも止まらぬ速さで箒を振るい、ジャバウォックに応戦の隙も与えないまま、その全身をこれでもかというほど穂先の刃で切り刻んだ。
周囲の人には早すぎて何が起こっているか見えない。だけど私には全員の動きが止まって見える。
そう、最強を誇るはずのジャバウォックでさえも。
私は最後にジャバウォックの中央突破を狙った一撃を決め、ジャバウォックの真後ろで箒を構えたまま止まった。
「ふぅ、お掃除完了。チェックメイトよ」
そう言いながら振り返った途端、攻撃を受け続けていたジャバウォックの腕と足が次々にバラバラになりながら重力に従って地面に落ちた。
屋上の地面が段々と赤く染められていく。
「……ぐうぅ……ぐおおおおおおっ!」
嘆くように叫びながら体のバランスを崩すと、全身から血を噴き出しながらサイコロステーキのようにバラバラとなり、最後に頭が地面に落ちた。
ジャバウォックはそのまま動かなくなり、完全に生命活動を停止した。
「やった……やったじゃないアリス!」
「アリスがジャバウォックを倒したぞ!」
「「「「「おお~っ!」」」」」
エドが勝利の狼煙を上げると、さっきまで戦場だったその場所は瞬く間に歓喜に包まれた。
ジャバウォックの死体は二度と蘇らないよう、【自動掃除】によって赤袋の中へと入っていき、胃袋にあった暴君と共に完全消滅した。
こうして、10年にもわたって断続的に続いた王位継承戦争は、エリザベス軍の勝利によってついにその幕を下ろしたのだった。
「やったな、アリス」
「ええ、やっと帰れるわね。私たちの故郷に」
「のんびり平和に暮らす、それがアリスの夢だったな」
「ええ、私たちが自らの手で掴んだ平和よ。これをずっと守っていきたいものね」
数日後、エリザベス女王陛下によってメルへニカ全土が統一され、王位継承戦争の終戦を明言する。
女王陛下は唯一無二のメルへニカ君主となり、王都をラバンディエからランダンへと移した。2つあった王都は再び統一され、それからは政局が安定することとなった。王族たちにとって最も住みやすいのはランダンであるとのこと。
ラバンディエは王都にするには寒すぎるらしい。私にはどうってことないけど。
後日、散々私をいじめていたバーバラが死んだという知らせが届いた。
語るのが可哀想になるくらいの死に方だけど、今までのことを考えれば当然よ。
死人に対してこんなことを言うのもどうかとは思うけど、何だかスカッとした気分よ。今までの報いがようやくきたのね。神様はちゃんと見ていたのよ。
バーバラが今までしてきた数々の悪事は王都ランダンにいたメイドたちによって暴露され、歴史上最悪のメイドとして語り継がれることとなった。
そのあまりの恐ろしさに、どこの墓の持ち主も彼女の埋葬を拒否するほどだった。
こうして、メルへニカは再び平和な世を取り戻したのだった。
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