chapter 8-4「敗軍の将」
ラバンディエで最も高い場所からの景色は見る者を圧倒する。
街を囲むように煉瓦の壁が設置され、ラバンディエ城の大砲もいつでも撃てるように整備されていることからも、当初はメアリー軍を待ち構える姿勢であったことがうかがえる。
だが守ってばかりでは勝てないのも事実であり、こちらから打って出ることも必要である。事実上の宣戦布告が成立したことで、ラバンディエの住民たちは戦闘モードに入っている。
「アリス、そなたには10年前のことを話しておこう」
私の後を追って屋上まで参られた女王陛下が後ろから優しく声をかけた。
隣に並ぶと共に街の様子を2人で眺めた。ふと、私が女王陛下の方を見ると、住民たちの行く末を案じているようで、覚悟が決まった反面心が痛んでいる様子だ。
「10年前というと、王位継承戦争のことですか?」
「そうだ。10年前、妾の宣戦布告が遅れたことで我が軍は反撃が遅れ、攻められた場所を次々と奪われる結果となった。ようやくメアリーを倒そうと決意した時にはもう手遅れであった。妾の優柔不断なところが我が軍の敗北を招いたのだ」
「――女王陛下のお気持ちはよく分かります。私も争い事は好きではありませんから。でも私、気づいたんです。優しいだけでは大切なものを守れないと」
「そなたは勇敢だな。恐れはないのか?」
「正直に言えば怖いです……恐れなく立ち向かうことを勇敢と呼ぶなら、私は臆病者です。ですが、恐れながらも立ち向かうことを勇敢と呼ぶなら、私は勇敢と言えます」
「恐怖を無視するのではなく支配するか。いかにもそなたらしい」
まるで私の性格を見通しているかのように言った。
ロリーナといい、女王陛下といい、どうも私の性格は手に取るように分かりやすいものらしい。気になった私は頭上に戻ってきたラットに私の性格を聞くことにした。
「ラット、私ってそんなに分かりやすいかな?」
「あー、そうだな。すぐ顔に出るし、やることがいつも素直だ。何も言わなくても顔を見ればどう思ってるかくらいはすぐに分かる」
「みんなにはなおさら分かるんでしょうね」
「ふふっ、そなたほど自分に正直な者は珍しい。みなは忌み嫌われることを恐れ、必死になって本音を隠そうとする。そなただからこそ、妾も思っていることを話せるのかもしれぬ」
「私も女王陛下のように、相手のありのままを受け入れてくださる方は珍しいと思います」
「そなたの周りにも大勢いるように思えるが」
「……」
このお方――人の心を知り尽くしている。
やはり女王陛下こそが国を統べるに相応しい。内政は得意みたいだけど外交は苦手、メアリー女王とはまるで対照的だけど、少なくとも今のメルへニカには女王陛下の方が合ってると思う。
戦力では女王陛下が劣るため、こちら側から先手を仕掛け、最悪和解に持ち越すしかない。いや、和解なんてぬるい。倒しきらなければ、またいずれ対立する。
「アリス、妾の背中を押してくれたこと感謝する」
「女王陛下はここにいてください。ラバンディエには一兵たりとも中に入れません」
「妾もラバンディエに集まった者たちを犠牲にせぬことを願おう」
「では、行ってまいります」
「ああ、勝利の帰還を待っておるぞ」
正午を迎えようとしていたこの時、私は空軍と共にラバンディエ城の屋上から出撃する。
何だか外へ遊びに行く子供を見守るように送っていく母親のような目をした女王陛下が地上から私たちを見上げ手を振っている。
「アリス、一緒にメアリー軍を倒しましょ」
「クリス、スカンディア王国は勝った方に味方するんじゃないの?」
「それはあくまでもお父様のことよ。私は最初っからアリスの味方よ。仮に戦死したとしても自己責任だから。お父様にも伝えてあるわ」
「反対されなかったの?」
「お前がそう言うなら好きにしろだって。何だかんだ言っても、私なら生き延びられると信じてくださってるのよ。そうじゃなきゃ戦場に行く許可なんてくれないわよ」
「……」
私はロリーナの言葉を思い出した。彼女も私を信じてくれていた。
最終的には私の出撃を認めてくれた。スカンディア国王陛下も、クリス様がそばにいたら心配してついてきたのかな。
そんなことを考えていると、空飛ぶ馬車に乗ったレイモンド様が私の後ろへと追いついた。
「アリス、クイーンストンを早々に取り返されて面目もないが、どうか取り返してほしい。あそこはラバンディエからそう遠くない街だ」
「レイモンド様、状況を詳しく教えてください」
「ああ、分かった」
移動しながらレイモンド様の説明が始まった。
メアリー軍は勢いそのままにクイーンストンを取り返し、ラバンディエ攻略の拠点としていた。
クイーンストンを取り返せば、そう簡単にラバンディエには手が出せなくなるとのこと。
だからレイモンド様はクイーンストンを真っ先に占領したのね。それがいとも簡単に取り返されたということは――。
「メアリー軍に強力な味方がいるということですね」
私が思っていたことを代弁するようにロリーナが言った。
「そうだ。クイーンストンにいた誰かが我が軍に手紙を送ってくれたのだ。防戦の最中に巨大なドラゴンが現れてな、ドラゴンの両翼から大砲のような兵器が出てきて、そこから強力な砲弾が容赦なく次々と撃ち込まれた。それでクイーンストンが一夜にして灰と化した。我が軍の兵は皆殺しで住民たちは捕虜だ」
「だから撤退もできなかったってわけか」
「ラット、失礼でしょ」
「いや、そのネズミの言う通りだ。既にラバンディエの住民たちにも避難命令を出している。メアリー軍の攻撃を受ければ、ラバンディエもただでは済まないだろう。今まで数多くの兵器を見てきたが、手紙の内容を見た限りだと、あれは常軌を逸している」
「恐らくはエクスロイドね。特徴も私が見た時と一致してるし」
「じゃあ、今のクイーンストンは……」
「今では敵の軍事拠点ではあるが、とても人が住める状況ではない」
レイモンド様はかつての敗軍の将として出撃しないわけにはいかなかった。
私は敵をお掃除するための術を考えた。正攻法では多くの犠牲が出る。
話を聞く限りではエクスロイドのお掃除を最優先すべきね。でも確か戦争って敵の大将を討ち取れば勝ちなのよね?
だったらまだ勝機はある。これは千載一遇のチャンスかもしれない。
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