chapter 1-9「一息ついて」
私は今までの痛みを分かち合うように泣きながらエミと抱き合っている。
身内と何かを共有するようなこの気持ち、何だかとても懐かしい。
こんな気持ち――初めてのはずなのに――かつて同じ温かみを、遠い昔、どこかで感じたことがあるような……ええ、きっと気のせいよ。
「君らはそういう仲だったのか?」
「「!」」
私とエミが顔を赤くしながら慌てて同時に離れた。
「おー、熱いねおふたりさん」
ジト目でこっちを見つめているエドの頭の上の帽子にはラットが乗っている。この子って本当に高い所が好きなのね。
「もうっ! 勝手に覗かないでよ! あとそんなんじゃないから!」
「ふーん、まっ、別にいいけど、アリスはそろそろ仕事の時間じゃないのかな?」
「あっ、そうだったわ。私お仕事しないと」
「待って。話はお兄ちゃんから聞いたけど、1週間家事をやるとは言っても、基本的に私がやるから、アリスはゆっくりしていてもいいのよ」
「そうはいかないわ。お仕事好きだから。特にお掃除とか」
「そう、なら掃除番をお願いするわ。ていうか1週間経ったらどうするの?」
「……分からない。私がいた孤児院は潰れちゃったし、親代わりだった院長も私が王宮に就職してすぐに亡くなったの。まるで肩の荷が下りたかのようにね」
私は2人からそっぽを向いたまま過去の話を呟いた。
最も就職できそうにないとまで言われた私を、院長はずっと心配してくれていた。
曲がったことが嫌いで、いつもそれが元でトラブルになっていた私を、院長が止めに入っては私を怒ってばかりの日々を思い出してしまったわ。
それにしても――あの夢に出てきた白い髪の女性、一体何だったのかしら?
「今何時?」
「午前10時28分だ」
「はぁ~、半日以上寝ていたのね。いいわ、その分働かせてもらう」
私はそう言いながら駆け足で下の階へと降りていく。
1階にはロバアが呑気に女性と会話をしながら笑っている。
「おっ、やっと起きたかアリス」
「ロバア、ご飯はちゃんと食べたの?」
「ああ、ここのニンジンは一味違うぜ。ちょっと痩せこけていたが、当分はここで生きていけそうだ」
「王都には帰らないの?」
「俺には故郷なんてねえよ。家族揃ってみんな旅が大好きだからな。それにお前さんと一緒ならモンスターに襲われる危険性もない。だから決めた。俺は今日からアリスの運び屋になるぜ」
「勝手に決めないでよ」
「別にいいんじゃねえか。ここに留まらないなら荷物持ちが必要だ」
いつの間にか私の肩に乗り移っていたラットが言った。
タクシーになったり私の運び屋になるって言いだしたり、何度転職することになるやら。
――でも確かに言われてみればそうね。ここで食糧を買い揃えたら相当な荷物になりそうだし。ロバアの気が変わるまでは好きにさせておいて損はないわ。
ロバアに帰るかどうかを聞いておいてどうかとは思うけど、私は一体どこに帰ればいいのかしら?
私には人間の友達が1人もいたことがない。だから王都に仲の良い人はいない。
「……分かったわ。ならそうしてもらおうかしら」
「いいノリだぜアリス。やっぱノリが良くなきゃ人生楽しくないぜ」
「ふふっ、何それ」
「じゃあまずはこの部屋の掃除をしてもらおうか」
「分かったわ」
さっきまで2階にいた2人が合流すると、私は魔法陣から赤くて可愛いごみ袋を召喚する。この赤袋はただのごみ袋じゃないわ。私にかかれば超便利アイテムよ。
「お掃除の時間よ。【自動掃除】」
私は右手を伸ばしてごみ袋に命令する。
すると、地面に落ちているほこりやごみが次々と赤袋の中へと移動していき、あっという間に1階のほこり掃除が終わってしまった。赤袋は私の魔力によって半永久的にごみを完全消化し続けられる優れものよ。
「……! あなた……凄いわね」
エミが私を見ながら言った。つい最近まで広い王宮の掃除を一手に引き受けていたのだから、1部屋の掃除くらいならすぐに終わるわ。
「アリスは固有魔法の【掃除】によってさまざまな掃除道具に意思を持たせ、自分の手足のように動かせるんだ。しかもそれは戦闘にも使うことができる」
「戦闘にも使えるのっ!?」
「昔はよく王都に入ってきたモンスターをお掃除していたわ」
「これで冗談じゃないって分かったろ?」
ラットがエドに向かってドヤ顔で言った。
「そうだな、悪かったよ」
「お兄ちゃんが人を分析しきれなかったのって初めてじゃない?」
「ああ、全く不思議な女だ」
エドとエミが興味深そうに私のことを話している。
いつもなら陰口ばかりたたく連中に文句を言っているところだけど、良い意味で噂をされたことってあったかしら?
そして今度は雑巾を大量に召喚し、床から天井までの掃除を命令する。
雑巾たちは自力で自身についた汚れを浄化することができ、そのおかげで常に白い状態を保つことができるから、私の魔力が続く限り働き続けられるわ。
しばらくは雑巾たちに掃除を任せることに。
「次は何をすればいいかしら?」
「じゃあ、2階の掃除も頼もうかな」
「分かったわ。じゃあここが終わったらやっておくね」
私はのんびりとカウンター席に座り、エミの手料理を振る舞ってもらった。色々考えすぎたせいか、まだ食事をしていないことを忘れていたわ。
ピクトアルバの名物はシチュー。
熱くて濃厚なソースのかかった野菜類を食べ、残ったソースにはパンをつけて無駄なく食べた。食べながらソースのお掃除ができるなんて、凄く頭のいい料理ね。
「――美味しい」
「ふふっ、気に入ってもらえてよかった。今日はあなたが掃除番を請け負ってくれたおかげで早く家事が終わったわ」
「エドは家事やらないの?」
「知ったことか。そんなものは僕の管轄外だ」
やれやれ、こんな男が大勢いるから、いつまで経っても女が社会の主役になれず、雑用の仕事ばかりをする破目になっちゃうのよねー。
エミが言うには、ピクトアルバは寒い気候で作物が育ちにくいため、食糧不足に備えて普段から無駄のない食事をみんなが心がけるようになった結果、様々なアイデア料理が生まれたんだとか。
カロリーを確保しながら最低限の量で食事を済ませることが重要であるため、王都のように食事そのものを楽しむ文化はなかった。
ずっと独りぼっちの私にはちょうどいいかもしれないわね。
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