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chapter 8-3「決意の妨げを取り払って」

 数日後、ピクトアルバの住民を中心とした部隊が結成された。


 私たちは急ぎラバンディエまで赴いた。ラバンディエ城には女王陛下を始めとした面々が数多く顔を連ねており、宰相のレイモンド様やエリザベス軍連隊の隊長に就任したシャルルまでいた。


 女王陛下は耳をあてがいながら大臣たちと談笑している。


 この前までのパーティのような雰囲気ではない。むしろ深刻さの方が遥かに大きい。


 しかし、1つ大きな問題があった。私が錬金魔法を使えることは各地に知れ渡っていた。


 ピクトアルバの住民たちは受け入れてくれていたが、以前のロリーナとハンナの話を聞く限りでは決して歓迎された存在ではない。もし誰も受け入れてくれないようであれば、帰るしかない。


「おっ、アリスだ! 救世主が来たぞー!」

「おおーっ! あれが噂のアリスか!? 凄く奇麗な子だ」


 私、エド、ロリーナ、クリス様、シモナ、ハンナを中心とした部隊がラバンディエ城まで赴くと、そこで待っていた者たちから熱烈な歓迎を受け、他の部隊との合流を果たした。


 軍用服じゃなく、いつもの制服のままだけど、これでよかったのかしら?


 でもみんなが着ている服よりも動きやすいから別に問題ないわ。


「人気者になったな」

「エド、みんな私が錬金魔法を使えること、知ってるわよね?」

「ああ、だがアリスはその力を平和のために使った。周囲にいた凶悪なモンスターを駆逐したことで街が襲われることがなくなった上に、みんなの生命線である湖の掃除までしてくれた。女王陛下がアリスの功績をみんなに広めてくださった。なのにどうして、君を責めることができようか」

「そうよ。アリスは私たちにとってなくてはならない存在なんだから、自信持って」


 クリス様がそう言いながら私の手を握った。


 背中を押すような言葉に私はクスッと笑ってしまった。


 錬金魔法使いとしてではない。あくまでも1人の人間として私を認めてくれているのが分かる。救世主は言いすぎだと思うけど、私は紛れもなくここにいるみんなの味方なのは確かよ。誰1人として犠牲になんてさせたくない。


 みんなの平和は私が守る。そう心に力強く誓ったのだ。


「アリス、そしてそなたらもよく集まってくれた。今こそメアリーの暴政を終わらせ、新しい時代を切り開く時だ。この世界を救えるのはそなただけだと思っておる」

「私だけじゃありません。みんなで一緒に世界を救いましょう」

「ふふっ、そうであったな。アリス、そなたと2人で話したい。よいか?」

「は、はい」


 私はラットをエドに預けると、女王陛下に寝室まで連れて行かれた。ベッドの上に座らされると、私の膝に女王陛下が自らの頭を差し出すように置いた。


「あ、あの、話というのは」

「もちろん話もする。一度アリスの耳掃除を味わってみたいのだ。ピクトアルバにいた頃、クリスがそなたのことを自慢しておった。そなたは何でも掃除してしまうが、1番の得意は耳掃除であるとな」

「確かにそうですけど……分かりました」


 私は手の平に綿棒を召喚し、綿棒とその反対側についている梵天を使い分けながら女王陛下の耳を掃除していく。


 錬金魔法によって生み出された掃除道具は汚れを吸着し、食べるように汚れを消滅させる力を持つが、耳を塞いでしまいかねないほどの大きな耳垢が入ってたことは黙っておいた方がいいわね。さっきまで他の人の話が聞こえにくそうだったけど、この巨大耳垢のせいで聞こえにくかったのね。


「ああっ……気持ちいい……」


 さっきから女王陛下の表情が性的興奮を感じているかのような笑顔のままで固定化されている。


 綿棒で巨大耳垢を取り除き、梵天で残った汚れを一掃すると、隠れていたピンク色の毛細血管が浮かび上がってくる。


 反対側を向いてもらうと、もう片方の耳にも巨大耳垢が詰まっており、私はそれを確認すると絶句しながらもさっきと同様の作業で耳掃除を進めていく。


「アリス、今のメルへニカには大きなごみが詰まっておる。それも掃除してくれぬか?」

「もちろんです、女王陛下。私にかかればどんな汚れやごみもお掃除します」

「さすがは国一番の、いや、そなたは世界一の掃除屋である。大いなる力を持ちながら、それを人々を喜ばせるために使っておるのだ、きっとそなたの心は汚れ1つない美しさなのであろう」

「……」


 女王陛下のお言葉には引っかかるところがあった。


 私自身の心の汚れには全く気づけなかった。自分自身の心は未だにお掃除できていないまま。


 どうすれば奇麗にお掃除できるのかさえ分からなかった。見える汚れは掃除できても、目に見えない汚れを掃除する方法は知らないままであると暗に教えてくれているようにも聞こえた。


 その間、私は無心になったまま精一杯耳のお掃除に勤しんだ。


 誰の耳であろうと関係ない。私は掃除そのものが大好きだ。


 たとえそれが――心の汚れであったとしても。


「終わりました」

「もう終わりか。このままずっとアリスの耳掃除を受けていたかったのだが」

「女王陛下、現実から目を逸らしてはなりません。いいですか、これは戦争ではなく国のお掃除です。メアリー女王に政権を渡したままでは、また悲しむ人が出てきます」

「国のお掃除か……分かった」


 何かを決意したように女王陛下が立ち上がった。


 共に玉座の間へ赴くと、そこには国の主要人物の他、エドもその場にいた。


 女王陛下の心の汚れ。それは敵前逃亡以外の何ものでもなかった。戦わずして勝てればそれに越したことはない。だが最善を尽くしても戦わねばならない時もあるのだ。


 私は耳垢と共に女王陛下の心の汚れも取り払っていた。他の誰でもない女王陛下ご自身がそうお命じになった。


「みなの者よ。心して聞いてもらいたい」


 集まった大臣たちがごくりと固唾を飲み、全員の視線が女王陛下の目に集中した。


「国内を荒らす粗大ごみの汚れ掃除をそなたらに命じる。総員、出撃せよ」

「「「「「おお~っ!」」」」」


 いつもは静寂が支配する玉座の間を大歓声が包み込んだ。


 王都ラバンディエが落とされる前に相手の王都ランダンを落とす。言わばこれは命懸けのチェス。全員その覚悟はできているようだった。


 私はラバンディエ城の屋上まで登り、そこからの絶景を眺めるのだった。

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