chapter 8-2「記憶と共に失ったもの」
翌日、私とロリーナは女王陛下率いる反乱軍改めエリザベス軍に登録した。
勝った方が正当な軍として認められる。だったら勝つ以外の選択肢はない。
これで従軍を拒否する理由はなくなった。回避しようと思えばできたはずだけど、私にはどうしても見捨てることができなかった。
たとえそれでピクトアルバが平和を保てたとしても、他の街が平和でなければ、いずれピクトアルバにも湖が汚染された時のような危機が訪れると確信していた。隣の危機を放置する街が平和でいられるはずがない。世界は繋がっているのだから――。
出番が来るのを待ちながらも、私たちの農作業は続く。庭にある畑にワンダーツリーで育った植物の種をたくさん植えた。
掃除番、紅茶喫茶、果物農園の三本柱でここにいる身内全員を養うことができる。私にとってはこれが平和への第一段階だった。まずは周囲の人々を笑顔にするところからよ。
「アリス、こっちは種と肥料をばらまき終えたわ」
「ありがとう。後はこの植物たちが育つのを待つだけね。できることなら今すぐにでも収穫したいところだけど、何日もかかりそうね」
「ぎゅーい、ぎゅーい」
種を植えたばかりの畑にシャインが入ると、楽しそうに畑の中を走り始めた。
「私に任せてだってさ」
するとあら不思議、シャインが走り回った場所がキラキラと輝き始め、畑の土からポコポコと芽が出てきた。どんな魔法よりもずっと速いスピードで木が育っていく。
私たちと同じくらいの背丈の木となり、枝分かれした部分から果物が生った。
あのワンダーツリーがあっという間に育ったのはシャインたちの力だったのね。
また1つ謎が解けたところで収穫を行った。召喚した青袋に採った果物が吸い込まれていく。これなら食べ物を採取する必要がほとんどなくなるし、ほとんど喧嘩なしで果物を売れるようになるけど、寒冷耐性を持った肥料を作るために高山植物を持ってくる必要がある。
「あれっ、これってエーデルワイスじゃない?」
「あっ、ホントだ。もしかしてこれが原料になってるからこの花が咲いたってことじゃない?」
「だとしたら、もう採取の必要ないわね」
「確かにそうね。シャインのおかげで生活が大幅に便利になったかも」
「シャイン、ありがとー」
「ぎゅーい、ぎゅーい」
ロリーナがシャインと抱き合いながら喜んだ。
これほどの強い絆が時々羨ましいとさえ思える。私にはラットがいるけど、もっとこう心から通じ合える仲の相手ともなるとなればいないと言っていい。
そんなことを考えていると、ゴロゴロと鳴った雨雲が空を覆い、ポツポツと冷たい水滴が私の手の上にぴちょんと落ちてきた。
すぐに仲間たちも上空を見上げ、雨音が少しずつその頻度を高めてくる。
「雨が降ってきたわ」
「みんな、家に戻るわよ」
「「「「「はーい」」」」」
ロリーナの言葉に私以外の全員がすぐに家の中へと駆け込んでいく。
少しの間ボーッとしながら空を眺めていると、ロリーナが私の手をぐっと引っ張った。
「アリス、ここにいると風邪引くよ」
「え、ええ」
家に戻ってもさっきから続く雨音が窓越しに聞こえる。
すると、外からもう1人がうちに戻ってくる。ずぶ濡れになったミシェルだった。
「ミシェル、一体どうしたの?」
「女王陛下からの通達を持ってきたっす。クイーンストンがメアリー軍に占領されたっす」
「何ですって!」
戦わずして占領したはずのクイーンストンが僅か1日で奪われた。
説明によれば、あのエクスロイドによって戦況が一変したという。ラバンディエからクイーンストンまではそれほど遠い距離ではない。手を伸ばせばすぐに届く位置なだけあって段々と不安が私の心に降り注いでいく。
ミシェルはメイド部隊の経験者としてエリザベス軍の兵士となった。
飛行能力を持つため、主にピクトアルバに情報を通達する役回りとなっているが、まず真っ先に町長に伝えるのが必須となっている。
「ミシェル、ほーら、体を拭かないと風邪ひくよー」
「ありがとうっす。ロリーナさんって、本当に優しいっす」
「私は当たり前のことをしているだけよ」
そう言いながらロリーナがミシェルの髪をタオルで拭いている。
何だかんだで面倒見がいい。まるでずっと誰かの面倒を見ていたかのようなこの動き、何度も見たことがある気がする。
お節介ではあるけど、この人なしでは楽しくかけがえのない生活が成り立たないとさえ思えてしまうこの感覚、何かを思い出せそうで思い出せないもどかしさが鋭い剣のように私の胸に突き刺さる。
「アリス、どうかしたの?」
「ちょっと気分が悪いから、部屋で休んでくる」
「じゃあ私、何か料理作るよ。だからアリスは――」
「1人にして」
冷たい声でロリーナを遠ざけてしまい、そのまま自分の部屋へと戻った。
突き放すつもりはなかったのに、ロリーナの厚意をむげにしてしまった。
目を半開きにさせながら私の後ろ姿を見つめ、そのまま部屋の扉が閉まる音が私たちの距離を象徴するようにガチャッと閉まった。
何で私、1人してなんて言ったのかしら?
本当はみんなと一緒にいるのが楽しくて仕方がないはずなのに、やっぱりおかしいわ。ロリーナとの間には絶対に何かあった。でもロリーナはそれを隠している。それを思い出すにはやはり記憶を取り戻すしかない。
「私……アリスに嫌われてるのかな?」
扉越しにロリーナの涙声が聞こえた。何も見なくても周囲が彼女に同情しているのが分かる。
「そんなことないよ。本当に嫌っていたら、そもそも泊めたりしないはずよ」
「私はロリーナほどアリスのことに詳しくないけど、多分、アリスは記憶と一緒に人を愛する気持ちも消えてしまったんだと思う。私たちを雇ってくれているのは嬉しいけど、お情けで雇ってるというより、必要だから雇ってるって感じがするんだよねー。なんかいつも淡々としてるし」
「雇用主ってそういうものだと思うけど」
私を庇うようにロリーナが言った。
「そういうものなの?」
「ええ。確かに記憶に関してはセシリアの言う通りかもしれない。でもアリスだったらきっと思い出せると思うわ。それに色んな事業を始めているのは、みんなの生活を支えるためよ」
「何で分かるんですか?」
「私はアリスを信じてるから」
「!」
ロリーナ……そこまで私の意図に気づいてたんだ。なのに私ったら、とんでもない塩対応ね。この不器用さが憎らしい。
私は1人部屋の中で涙が止まらなかった。彼女の優しさに触れることができたから。
気に入っていただければ下から評価ボタンを押していただけると嬉しいです。
読んでいただきありがとうございます。




