chapter 8-1「戦いの覚悟」
ジャバウォックの謎を調べ始めてからしばらくの時が過ぎた――。
女王陛下の軍はレイモンド公爵の指揮の下、王都ラバンディエから南にある南北の境界線とも呼ばれるクイーンストンを戦わずして占領した。
元々女王陛下を慕っている者が多かったこともあり、メアリー女王側の赤い兵士たちは数に圧倒されてしまい早々に退却した。
これをもって10年ぶりに王位継承戦争の火ぶたが切って落とされたのだ。
「ほらっ、もっと集中して! 標的はあなたたちの親の仇よ! 外したらただじゃおかないわ!」
「ひえぇ~、鬼教官だぁ~」
「そこっ! 私語は慎むっ!」
「はいっ!」
王位継承戦争が再開された影響からか、反乱軍の一員として戦っていたシモナやハンナがこぞって街の人々に兵器の使い方を教えている。
シモナの前には横一列に長く低い壁が敷き詰められ、その真後ろから多くの銃を持った住民たちが並んでいるというかなり物騒な光景だ。そこから少し離れた場所にはダーツの的のような標的が用意されているが、未だに1発も命中せず。
普段のシモナは可愛くて愛嬌があるけど、命懸けの訓練であるためか、訓練中はドラゴンすら震え上がるような口調となり、そこには一切の手加減がない。
「シモナ、一度手本を見せてあげたら?」
「そうね。見てなさい」
シモナが自らの魔銃【無限の銃】をその手に持ち、標的へと狙いを定める。
全神経を研ぎ澄ませ、その様子を住民たちが固唾を飲んで見守っている。
姿勢を全く崩さないまま、銃弾が標的のど真ん中に向かって勢いよく飛んでいく。そのまま10発ほど打ち続けたが、標的に穴が開いている穴は1発分のみ。外したからではない。前段同じ位置に命中した証である。
「――凄い」
「戦いに勝つなら、これくらいできるようにならないと困るわ」
「どうしてそんなに銃がうまいの?」
「私の両親はみんなメアリー女王の軍に殺されたの。いずれも銃殺だった。里親も10年前に女王陛下に味方した罪で殺された。それ以来、あの赤い軍用服を見ただけで怒りがこみ上げてくるのよ。だから今度はこっちが同じ方法であいつらを殺してやろうと思ったの」
「みんなメアリー女王が憎いのね」
「当たり前よ。10年前は負けたけど、まだ諦めてない。だから女王陛下を取り戻してくれたあなたにはとても感謝してるの」
さっきまでのシモナとは打って変わって可愛い表情を見せた。
あの鬼教官としての姿がまるで二重人格のように思えるけど、これは紛れもなく同一人物。シモナの目はどちらにしても輝いていたから。
こっから少し遠い場所ではハンナが【飛行】を始めとした飛行能力に長けたものを集め、飛行訓練を施しているところだった。
「ハンナ、調子はどう?」
「全然駄目だ。これはみんな、最後の戦闘から全く訓練をしていないな」
「ハンナってさ、10年前はどうしてメアリー女王に味方していたの?」
「偶然だ。軍が二手に分けられた時、たまたまメアリー女王側になっただけだ」
「えっ……そんな理由?」
「だが今は自らの意思で女王陛下を選んでいる。勝てたとはいえ、今にして思えば、メアリー女王の下にいたのは間違いだった」
「その通りよ」
「ロリーナ」
後ろからロリーナが私に声をかけると同時に私に抱きついた。
彼女の頭上にはシャインが巻きつくように乗っており、このことからもロリーナのことが1番気に入ったように思える。
この緊張感漂う空間なんてお構いなしに擦り寄ってくるこのマイペースさ、むしろ見習いたいくらいだけど、ピクトアルバまで迫ってこられたら、いよいよ私も戦わないといけないわけね。
「アリス、もし敵がラバンディエまで迫ってきた時は、アリスも来てくれ」
「えっ、私も行くの?」
「当たり前だろ。今は1人でも多くの戦力が欲しいところだ。それにラバンディエは私たちの本陣でもあるんだ。本陣が落ちれば、たとえ他の場所が無事であっても負けだ」
「そうなの? てっきり敵を全滅させたら勝ちだと思ってたけど」
「それも悪くないな」
「駄目よ!」
突然、風を切るような叫び声が私たちの耳に届いた。
「ロリーナ、どうしたの?」
「アリス、お願いだから行かないで。もうあなたを失いたくない。あなたはたった1人の家族なの。だから行かないで」
「……」
ロリーナはジャバウォックを倒しに行った私を咄嗟に思い出した。
その時までの私は記憶を保っていた。だがロリーナは記憶を失った私を見た時に嘆き悲しんだ。記憶を失うことは、ある意味死ぬことと同義なのかもしれない。
再び記憶を失う危険もある。そればかりか死ぬ可能性すらある。10年前を知るロリーナだからこそ、戦争の悲惨さを痛感していた。
「――アリス、無理にとは言わない。最後はお前が決めろ」
ロリーナの気持ちを察したハンナがその場から飛び去っていく。
見ていられないと彼女の目が私に訴えかけていた。
「だったらお前も一緒に行けばいいじゃねえか」
私の頭上から常時マイペースネズミ、ラットの声が聞こえた。
「ラット……」
「あんたはアリスが心配で離れたくない。でもアリスがいなきゃ戦争に負けるかもしれない。だったらロリーナも戦争に参加することだな」
「私はアリスと2人で平和に暮らしたいのに」
「その平和を手に入れるには戦って勝つしかねえんだよ。俺は元々ランダンの王宮近くの森に棲んでたんだけどさ、ネズミ同士の縄張り争いに負けて森を追放されて、仕方なく王宮に避難したと思ったら、王宮の庭にため息を吐いてばかりの女の子が座ってるじゃねえか」
「それ、もしかして私のこと?」
「ご名答。あの時のアリスはいつもあの説教おばさんに怒られて落ち込んでたのにさ、目の前のごみを放っておけない性分で、仕事の時は全く手を抜かなかった。何をやっても中途半端だった俺とは大違いだ。今は南の方で多くの人間がメアリー女王という粗大ごみのために苦しんでる。アリスはどうする?」
「……そんなこと言われたら、お掃除しないわけにはいかないわね」
「アリス……」
「ロリーナ、私の心配をしてくれるのは嬉しいけど、ラットの言う通りよ。まずは邪魔なごみをお掃除して、それからみんなで仲良く平和に暮らしましょ」
「――しょうがないわね。分かった。じゃあ私もつき合うわ。私たちの平和を乱す者はたとえ女王だろうと容赦しないわ」
ロリーナの目の色が変わった。思わぬところでラットが背中を押してくれた。
私たちは平和を手にするべく、南へと向かう決意をするのだった。
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