chapter x-16「命懸けの選択」
その後も中年の男たちは酒に酔った勢いでべらべらと喋り続けていた。
中はきっと酒臭いに違いない。とてもあの中に入りたいとは思わなかった。
既にそこは私の帰るべき場所ではなかった。しかし、余生をのんびり過ごす目的そのものは全く変わらなかった。私はアリスの生き方が憎らしく思えた。
私が嫉妬していたのはアリスの美貌でも魔法でもない、彼女の生き方そのものだった。
そう思っていた時だった――。
「いやー、でもさー、女王陛下がここのジンを気に入らないからって理由で、わざわざ俺たちみたいな金貸しに潰させるなんて、あのお方も人が悪い」
「おい、不敬だぞ。誰かに聞かれたらどうすんだ?」
「心配ねえよ。このことを知ってるのは俺たちだけだ。お前こそ、外に漏らすんじゃねえぞ」
「分かってるよ」
一瞬、中年男の一人と目が合ったような気がした。
透明状態でよかった。だがこの時の私にそんなことを考える余裕はなかった。
逃亡中であることも忘れ、両腕の拳を強く握りしめ、眉間にしわを寄せながらその場に立ち尽くし、彼らを鋭い眼光で睨みつけた。底から湧き出る怒りだけが私の心を支配していた。
あの男たちが言っていることが本当なら、私はメアリー女王を絶対に許さない。
復讐してやる。どうせいつか死ぬのだから、せめて両親の仇を殺してから死ぬ。あんなくだらない理由で過労死に追いやられるなんて、いくら女王でも限度ってものがあるのよ。
メアリー女王を倒せる存在がいるとすれば、アリス、もしくは――。
――あれから何日が経過しただろうか。
私はラバンディエには向かわず、人知れず屋根つきの馬車でメアリー女王のいるクイーンストンへと向かっているところだった。
透明薬の効果が切れると、持っている物を質屋で金に換え、ひたすら北を目指した。王宮では行方不明になった私をメイド長が必死になって探しているところでしょうね。秘密がばれたところで、私はもう王宮の人間ではないし、王都には永久に戻ることはない。
考えに考え導き出されたたった1つの答えがこれよ。やるべきことは決まっている。
「ありがとう。お金ここに入れておくね」
「おう、確かに受け取ったぜ。それにしても戦地まで赴こうなんて大した趣味だねぇ」
黒馬の背中にある貯金袋にここまでのお代を入れた。
クイーンストンまで私を運んでくれた1頭の黒馬が私に話しかけてきた。
「あなたこそ、よくここまで運んでくれたわね」
「頼まれればどこまででも運ぶぜ。たとえ戦地であってもな。俺たち馬も捨てたもんじゃねえだろ」
「ええ、まだ若いのに勇敢ね」
「何言ってんだ。若い内が1番活躍できる時じゃねえか。年食ってから気づいても遅いぜ。若い内が1番動けるんだからさ。じゃあな」
意気揚々と黒馬が来た道を勢いよく戻っていく。
……動物は本音しか言わないから嫌いよ。
でも彼らの言葉に嘘がないことも事実。私とはまるで対極に位置する存在とも言える。ずっと嘘で塗り固めてきた私より威風堂々としているのも頷ける。
夜を迎えると、私はメアリー女王がいる陣へと向かった。
街から少し離れた森の中、いくつもの赤を基調とした軍旗で囲まれているあの場所だとすぐに分かった。まだ交戦は行われていないみたいね。クイーンストンの人々は衝突を恐れて避難態勢に入り、それが嵐の前の静けさを彷彿とさせている。
さて、問題はエクスロイドを誘い出す方法だけど、まずは兵士に変装する必要があるわ。
私の固有魔法【指紋】には犯人捜し以外にも別の使い道がある。
それは指で押さえつけた相手に強力な魔力を送りつけて気絶させること。モンスターの場合は弱っていないと効果がないけど、人間が相手なら容易いわ。この方法で工作を行うのもこれが最後よ。
何度かこれでアリスを気絶させて、アリスの功績を自分のものと主張したこともあった。
私の魔法は使いどころがピンポイントすぎて、こういうつまらないことにしか使えないけど、何だかんだで結構世話になってきたから嫌いになれない。もっとこう、冒険者になれるくらいの圧倒的な強さが欲しかった。
それこそ、アリスみたいに――ハッ! 私、何考えてるの? アリスのことを考えるだけで自分がみじめに思えてくる。
「待ちわびたぞ」
! 誰? この声はもしや――。
メアリー女王の陣がある森の中から少しずつその姿が見えた。
「エクスロイド、あなたなの?」
「アリスの居場所まで連れて行け」
「連れて行ってもいいけど、その代わりこの前言った条件を飲んでもらうわ。メアリー女王の忠実なしもべでいるか、私についてくるか、好きな方を選びなさい」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味よ。アリスと戦いたいなら、メアリー女王を殺しなさい。それができないなら……私を殺しなさい」
「……」
こうなったらもう一か八かよ。
もう帰る場所もない。ここで死ぬならそれも運命よ。エクスロイドは明らかに迷っていた。どちら側につくのかを。
ただ、こいつを利用できれば両親の仇であるメアリー女王を倒してもらえる唯一のチャンスでもある。どちらにせよ悔いはないわ。
「さあ、選びなさい。あなた自身が考えて決めるのよ」
「……」
しばらくだんまりした後、エクスロイドがようやく動いた。
陣の中に設けられたメアリー女王の寝室までエクスロイドが赴いた。
「ん? なんだお前か? 明日にはお前に暴れてもらうことになるぞ。エリザベスに味方をしたあのクイーンストンの愚民どもを血祭りに上げるのだ」
メアリー女王が後ろを向きながら話している時だった――。
「だからそなたも今日のところはもう戻れ。妾はこれから寝るところ――」
エクスロイドの巨大な爪がメアリー女王の背中から腹部を貫いた。
「がはっ! ……き、貴様、何のつもりだ?」
口から血を吐き、腹部と背中から血がドバドバと漏れ出ているままエクスロイドを睨みつけた。瀕死の状態になり、やっと最強兵器の裏切りに気づいた。
遠のく意識の中、メアリー女王はその場に倒れ、女王らしからぬ姿で地面を這いつくばり、助けを求めようとした。
扉に向かって助けを呼ぼうと叫ぼうとする。だがどうしても喉の奥から第一声が出ない。
エクスロイドがもう一撃胸を貫きとどめを刺した。
「好きなだけ寝るといい。お前は主人に値しない」
メアリー女王はピクリとも動かなくなり、戦いを目前にしての革命が成立した。
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