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chapter x-15「帰る場所なき脱走」

 3日後――。


 私は全ての準備を整えた。必要な物は全て持った。


 ポーションを使い切ったことで体力も万全。他のメイドたちから暴行を受ける度に汚れていた制服を捨ててから予備の制服に着替えると、その日の夜、私はジェームズ様率いるメイド部隊に合流する。


 さすがにジェームズ様の前では私に対する暴行は不可能みたいね。


 もしボロボロの制服を指摘されようものならメイド長に今までの弱みを全てばらされ、逃亡するどころではなくなってしまう。


 女王陛下は既に遠征のため、兵を率いて出発なされた。あの化け物と共に。


 エクスロイドは私に支度を済ませておけと言った。あの言葉が嘘じゃないとしたら、奴は必ずアリスに会いに行くはずよ。女王陛下は北方へと向かった。そしてエクスロイドもアリスが北にいることを知っている。


 もしかして、エクスロイドが女王陛下を北へ仕向けてる?


「女王陛下は王位継承戦争を再開されるおつもりだ。帰還されるまでの間、王都の平和を守れるのは君たちメイド部隊だけだ。モンスターや外国からの襲撃に備え、戦闘訓練を積むのだ」

「ジェームズ様、ここに残っている兵士だけでは不十分なのですか?」

「そうだ。()()()()は聡明なお方だ。私に兵を与え、ここを守るように告げられたが、敵が目前に迫った時は話が別だ。そのいざという時のために備えておけ。メイド部隊にいるメイド以外の者たちにはここを封鎖する準備をするよう伝えておけ」


 何やら嬉しそうな表情でジェームズ様が言った。


 女王陛下が遠征されてからのジェームズ様はずっと上機嫌だ。まるで魂を解放されたかのように立ち振る舞っているが、その本心がまるで分からない。


 ジェームズ様の位は公爵、しかもジェームズ様の息子が女王陛下の養子となり、今の王族がいなくなればジェームズ様が次の王族の実質的な君主として時代を謳歌することができる。そんなジェームズ様が謀反を企んでいても何ら不思議ではない。


 私を逃がそうとしているのも、エリザベス女王に情報を届けるためだろうし、ホントにこの王宮にはロクな人間がいないわ。


 みんな自分のことばかり――今の私を作りあげたのもこの王宮よ。


 この場所は呪われている。ここに住まう者全員に権力欲を植えつけ、そのためには何でもする人間になってしまう。それに唯一抗っていたのがアリスだった。


 メイドたちが解散した後、私はジェームズ様の後を追った。


「ジェームズ様、交戦はいつ始まるのですか?」

「1週間以内に始まるだろう。既にレイモンドが動き、ラバンディエから少し南にあるクイーンストンを占領したところだ。あそこは北部と南部の境界線とも言われる街でな、10年前の王位継承戦争もあの地で始まった。また同じ歴史を繰り返さないといいが」

「何か不都合なことでもあるのですか?」

「……また多くの犠牲者が出るかもしれん。バーバラ、みなが夕食を済ませたら、私がお前を呼んでいることを伝えてから午後8時に門の外へ出ろ」

「はい、ジェームズ様」

「バーバラ、私に協力するなら、今までの罪はなかったことにしてやる。その代わり、二度とここへは戻ってくるな。分かったな?」

「はい……」


 そう言ってジェームズ様は立ち去った。私は力なく返事をするしかなかった。


 私が向かうべきはラバンディエ、そこまでまで向かい、エリザベス女王に謁見してこちらの情報を伝えればそれでいい。その後は実家に戻り、大人しく余生を過ごすわ。


 そう考えながら他のメイドたちと食事を済ませた。


「バーバラ、この後はみんなの部屋の掃除よ。頑張ってねぇ~」

「メイド長、私はジェームズ様に呼ばれておりますのでそれはできません」

「何ですって!?」

「用件が済んだらすぐ戻ります」

「そう、さっさと済ませなさいよね」

「はい、そのように致します」


 こうやって嘘に嘘を重ねる生活もこれで最後よ。


 本当に長かった。やっとここから出られるんだわ。


 ジェームズ様の部屋まで行くふりをし、誰もいないことを確認してから透明薬を使った。


 そして王宮の門まで赴くと、ジェームズ様の仰られた通り、門番は誰もいなかった。メイドたちは全員がメイド長会議に集められ、兵士たちは食事の時間であり、午後8時前後の時間だけ門番が完全にいなくなる。念には念を重ねて透明薬を使ったけど、これはこれで正解よ。


 外には知り合いも多くいるし、モンスターに見つかっては元も子もない。


 私は北へ向かう前に実家を訪ねようと思い寄り道をした。


 実家は王都ランダンの中央に位置する市場の奥にある家、そこで酒造を営んでいる……はずだった。


「! ――えっ?」


 私が確かに住んでいたはずの実家の前に立ってみると、まるで他人の家のような感じがした。中をこっそりのぞいてみると、そこには見ず知らずの人物が住んでおり、私の両親が作っていたはずの酒を造っているところだった。


 両親の姿はない。中にいるのは酒を飲み太った中年の男性が2人談笑しているところだった。


「いやー、あんたのおかげでこの酒造を俺のものにすることができた。感謝してるよ」

「サンドフォードが娘を王宮に就職させ、借金のかたにしたはいいが、結局借金は膨らむばかりで潰れちまったんだよなぁ」


 潰れた? サンドフォード酒造は国一番のジンを造っているのよ。どうして?


「借金の利子があれだけ大きけりゃ、どんなに返しても返しきれねえよ」

「ああ、全くだ。それなのに真面目に返そうとして2人共過労で死にやがったもんなぁ」


 過労で死んだ? ありえない。じゃあ両親はずっとこいつらに騙されてたっていうの?


 そんな……私にはもう戻る場所すらないというの?


 他に親戚もいないし、もう1人で生きていけっていうの?


 誰もいない夜道でぽかーんとした顔で考え続けた。私は当初の目的を思い出した。


 最初は王族や貴族と結婚して富と権力を得て、それで両親を楽させてあげようと思っていた。だがいつの間にか権力欲に塗れ、本来の目的を忘れてしまっていた。この結果がその代償なのだとしたら――。


 もう考える気力さえ失せた。今さら仇を取ろうとは思わない。

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