chapter x-14「逃亡計画」
私がメイド長からただのメイドに降格してからしばらくの時が過ぎた。
いつ過去の罪をばらされるかという恐怖に苛まれながら日々を過ごした。既に王家の秘密を知ってしまった私は王宮の外へ出ることも許されず、窮状を訴えることも許されない。
もういっそのこと、全てを吐き出して死刑になってしまおうかしら。
こんな生活はもう耐えられない。そう思った私は急ぎ玉座の間へと駆け込んだ。
肉体も精神もそろそろ限界。貴族たちから言い寄られるため奇麗に着飾っていた制服も髪もボロボロになった状態のまま直す余裕さえなかった。
「バーバラ、どうしたのだその格好は?」
ジェームズ様が私の姿を見るや否や驚きを露わにする。
「ジェームズ様、重大なお話があります。少しだけよろしいでしょうか?」
「分かった。お前のことだから何かあったんだろう」
私たちは王宮の屋上で2人きりになると、今までのことを全てジェームズ様に話した。
何もかも包み隠さず全てを白状し、せめてものお情けで追放に免じてくれないかと泣いて頼んだ。生きてここを出るだけでも十二分にありがたい。
屋上に吹く風が私の体中の傷を刺激する。とても痛く感じるけど、もうそれすらどうでもよかった。
「何故そんな重要なことを今まで黙っていたのだ?」
「申し訳ございません。全ては私の不徳の致すところです」
「――今はどうにもできない。女王陛下は妹君がラバンディエを王都としたことで怒り狂っておられる様子だ。しかも帰還記念パーティまで始めたのだ」
「何故そこまでご存じなのですか?」
「ラバンディエに私の手先がいてな、エリザベス女王が何をしているか、それから北部の動向を探らせてるところだ。今は特に動きはないようだがな」
「ではどうしろと仰るのですか?」
「3日後、女王陛下がラバンディエ攻略のため、王宮に最低限の兵だけを残して出撃なさる。その時、一時的に王宮の門番が全員非番になるそうだ。そこで門番を務めている兵士たちの代わりに、メイド部隊の者たちと門番を務めてもらいたい。お前がメイド部隊に入れるよう手配しておこう」
「!」
私はすぐにジェームズ様の意図を察した。
これはつまり逃げろということ。門番たちならともかく、メイド部隊の連中を欺いて逃げるくらいどうってことないわ。
こんなこともあろうかと、透明薬を忍ばせておいたし、いつもの門番たちには気づかれちゃうけど、メイド部隊の連中に変装や透明状態に気づける者はいないから何の問題もないわ。
「ありがとうございます、ジェームズ様」
「門番の仕事に礼を述べる必要はない。だが……万が一王宮がモンスターに襲われ、避難のためにどこかへ行くことがあれば北へ行け。女王陛下がすぐそこまで迫ってくる故、無駄な抵抗はなさらぬようにとエリザベス女王に伝えろ」
「かしこまりました」
ジェームズ様は私を逃がしてくれようとしている。
だからこれ以上は何も言わずに屋上を後にした。
しかし、これではいくつか謎が残る。そもそも私が閉じ込められているのは王宮の秘密を知ってしまっているからで、私たちを外へ出すのはもってのほかのはず。
それにエリザベス女王に会いに行くことまで示唆された。これじゃまるで女王陛下の状況をエリザベス女王に伝えようとしているようなものじゃない。明らかに裏切り行為だわ。ジェームズ様は一体何をお考えだというの?
「バーバラ、あんた一体どこで何をしていたの?」
私を探し回っていたメイド長が言った。
「体が痛いので、休んでいるところでした」
「休む? やるべきこともやらずに休んでたんだ……ふざけんじゃないわよ! あんた1人いなくなったところで王宮は痛くも痒くもないのよ」
「すぐに仕事を再開しますので、どうかお許しを」
「それよりあんたに知らせよ。メイド部隊に入りなさい。あんたが情報を伝え忘れたせいで大勢のメイド部隊が犠牲になったから、みんなあんたに恨みを持ってるでしょうけどね。あんた以外にも何人か補充されるけど、くれぐれも足を引っ張らないようにね」
「はい、そのようにいたします」
今回は珍しく開放が早い。さすがに足を引っ張ることが許されないメイド部隊に入る者を痛めつけるわけにはいかなかったのだろうか。
何はともあれ助かったわ。
女王陛下が遠征を開始されるのは3日後、北部の者たちはまだ気づいてはいないはず。
――そうよ、寝返ればいいんだわ。
エリザベス女王に寝返れば今まで私がしてきたことを全て誤魔化せる。
もうこうなったらどさくさに紛れて王宮から逃げるしかないわ。あんな暴君たちと一緒になんていられないわ。エリザベス女王に手紙を書いて送るのもいいわね。確かメイド長室から移動する際に紙と羽ペンを持ってきていたはず。
自分の個室に戻ると、すっかり狭い物置きと化した部屋をガサゴソと探し始めた。
最悪あの暴君が遠征を開始したことだけでも伝えられればどうにかなるはず。
私はいつの間にか北方を占拠した反乱軍側を応援するようになっていた。もはやこの王宮には何の愛着もなかった。ここはある種の拷問施設よ。生活を保障してもらえる代わりにありとあらゆる実験につき合わされる。
ただで受けられる恩恵などなかったのだと知った。
こんな生活が続くというなら、アリスが言っていたようにのんびり暮らしたい。
彼女が言っていた意味がよく分かった。出世の道はとても華やかだけど、その分大きな危険が伴うものだということを身をもって思い知った。きっとこれこそが私の歩むべき道よ。ここに残った私物は全部破棄する必要があるわ。持っているポーションも全て使って逃亡する。
この計画は一度きり、失敗は絶対に許されない。
私も新天地へ行き、願わくばアリスに一言詫びたい。
誰かを裏切るのは……もうこれが最後よ。
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