chapter x-13「メイド長の凋落」
数日後、王宮は恐ろしいくらいに緊張が走っていた。
北部では女王陛下の妹君であるエリザベス女王がラバンディエに戻り、そこをもう1つの王都としたために、女王陛下のお怒りはピークに達していたからだ。
しかも女王陛下は公の場でエクスロイドを連れ回し、虎の威を借る狐の如くその権威を主張しているかのようだが、段々と成長を続けるあの化け物にはお気づきになられていない様子だ。
大臣やメイドたちは恐れおののきながらエクスロイドを見ることさえできないでいる。
ましてや手がつけられないほどのモンスターが王宮を支配するように闊歩しているようでは、この国の未来など知れている。私は一刻も早くメイド長の職を辞して家に帰りたかった。
「そなたはメイド長にまでなり、此度の活躍で余の世話係にまでしてやった。それなのに……これはどういうことであるか?」
女王陛下がその手に持っているのは私の書いた辞表であり、既に辞めたい旨をお伝えした。私はでっち上げたメイドを生け贄としてエクスロイドに差し出し、その功績として女王陛下の世話係になったばかりであった。
このお方は冷たい目で私を見下ろし、玉座の間にて本心を聞き出そうとしている。玉座の後ろではエクスロイドが興味深そうにこちらを見つめている。
「女王陛下、私はメイド長として多くの仕事を経験してきました。しかし、もうこれ以上の仕事は難しいと判断しました。どうか辞めさせてください。お願い申し上げます」
私は頭を下げて懇願するのが精一杯だった。
これ以上ここにいたら殺される。元はと言えば生活のためにここで働いてきたというのに、こんな地獄にいるような思いでメイド長を務めるなんてとんでもないわ。生きてさえいればきっとどうにかなる。私だってアリスのように自由を掴んでやる。
「それは拒否する。そなたは我々の秘密を知ったであろう。今さら逃げることは許さぬ。そんなに余の世話がしたくないのであればもうよい。まあ、今回だけはメイドへの降格処分だけで済ませてやろう。そなたは下がれ。今日中にメイド長室の荷物をまとめておけ」
――え? 降格処分? しかも辞めることは認めないってどういうこと?
頭の中が真っ白になった。女王陛下の仰ってることがよく分からない。つまり私はここに閉じ込められた上にメイド長ですらなくなったってこと!?
ありえない……そんなの嘘よ。
そんなことを考えながら玉座の間を去った。
それからの日々は最悪と言えるものだった――。
新たにメイド長に就任した者から度々呼び出されては説教や暴行を受けた。
それはまるで、かつての自分とアリスを彷彿とさせるものだった。
「まだ掃除済ませてないの?」
「申し訳ございません。午前中に済ませて――」
私のほっぺにバチッと大きな衝撃が走った。メイド長が私のほっぺをはたいたのだ。
「ちょっと、何するのよ!?」
「おやおや、一介のメイドに過ぎないあんたが随分と偉そーな口利いてもいいわけー?」
「……私が何をしたっていうんですか?」
「あんた自分の行いも覚えてないんだ。私のこと散々いじめてくれたよね?」
「指導したことのあるメイドなら数多くいましたので」
「指導ねぇ~。自分の仕事を押しつけてるようにしか思えなかったけどね。あの時は怖かったから黙ってたけど、あんた、アリスに王宮の仕事の多くを押しつけてたよね? しかもポール様を陥れたのもあんたでしょ? 何なら女王陛下に全部ばらしてもいいのよ」
怖い顔でメイド長が私に言った。これがメイドたちの本音だっていうの?
今までそんなこと全然言わなかったくせに! みんな私の前では元気よく愛想よく振る舞ってくれてたじゃない! どうして今さらこんな仕打ちを受けないといけないの!?
そう思っていた時だった――。
「ぐふっ!」
いきなり腹部に抉られるような激痛が走った。
考える間もなく私はメイド長に胸ぐらを掴まれ起こされた。
「これから毎日私たちのサンドバッグになりなさい。拒否したり反撃したりなんてしたら……分かってるわよね?」
「どうして……こんなことするの?」
「どうして? はっ! 被害者面もいいところね。みんなあんたの横暴っぷりにはホントに心底迷惑してたのよ」
今まで言えなかった想いが次々とぶちまけられていく。
そばにいるメイドたちはスカッとしたような顔で私を見下ろすように見つめている。まるで一方的な決闘を見るかのようだ。
腹部のズキズキとする痛みはまだ収まりそうにない。むしろ物理的な痛みよりも精神的な痛みの方がずっと痛く感じる。
「あんたもうおばさんだし、もうどこにも嫁げそうにないから、別に子供が産めなくなっても全然問題ないわよねぇ~」
「えっ――」
メイドたちが私の体を持ち上げるとそのまま固定する。
「ああっ! がはっ! があっ!」
私はメイド長を始めとしたメイドたちからひたすら暴行を受け続けた。今までにたまった鬱憤を晴らすかのようだった。私は口を封じられ、文句1つ言い返せなかった。
全身の部位が叫ぶように痛んでいる。もうどこが痛いのかすら分からないほど痛かった。ごみを踏まれるようにいたぶられ続け、私は心身共にボロボロとなっていた。
「ふん、今日はこの辺にしておいてあげるわ。くれぐれも私たちがやったなんて言わないことね。私たちはこれからあんたにやられた分をそのまま何日もかけて返していくからそのつもりで」
私の部屋の扉が閉まった。誰も私と同部屋になりたくないのか、とても不衛生で見た目からして汚い部屋にぶち込まれた。
辺りは薄暗くジメジメしており、どう考えても人が好むような部屋ではない。
――私の全盛期はもう終わったのね。
今まで自分がしてきたことを返されただけなのに、どうしてこんなに辛いの?
そもそもアリスを追い出さなければこんなことにはならなかった。アリスがいたら私を助けてくれていたはずよ。アリス……私が悪かったわ。戻ってきてちょうだい。
今さら悔いても遅い。スーザンたちも戻ってこないし、いっそ私も追放してほしい。
私にとって、これはまだ終わりの始まりにすぎなかった。
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