chapter 7-10「王家のドラゴン」
その場に降り立つと、そこには一面の銀世界が広がっていた。
木々には雪が積もり、山全体が白く染まり、そばにはこれまた雪が積もった一軒家がポツンと孤独に耐えるように立っている。
「うわぁ……とっても奇麗」
「アリス、前々から思ってたけど、その格好で大丈夫なの?」
ロリーナが素朴な疑問を私にぶつけた。私はずっと家の制服のままだ。
「一度この制服と炎の水晶を緑袋に入れたら、着ているだけであったかい制服ができたの。だからここの地域にはとても合っているの」
「ふーん、アリスも随分と錬金魔法を使えるようになったのね」
「ロリーナが私を誘い出した理由がよく分かったわ。メアリー女王の錬金魔法に対抗できるのは、私の錬金魔法だけだって思ったんでしょ?」
「――ばれてたんだ」
あっさり白状した。こうしてみると本当に分かりやすい。
こういうところは私によく似ている。理不尽に立ち向かおうとするところもね。
「ロリーナはどんな武器を使うの?」
「私の武器は【破壊の金槌】なの。何でもなぎ倒しちゃうから便利なの」
「見た目のイメージに全然合わない武器ね」
「私にはこういう武器の方が合ってるもん。それより早く入ろうよ」
「そうね。ここが本屋かしら?」
窓の外から中を見てみると、中ではとても暖かそうにして休んでいる女性がいる。
背丈は私よりも小さく、まるで子供のような外見だ。青いおかっぱの髪に寒さに強い厚着をフル装備している。どうして人里離れたこの場所で本屋を営んでいるのかが気になった。
すると、中にいる女性と目が合った。咄嗟にロリーナが手を振ると、中にいる女性も恐る恐る手を振り返してから扉を開けた。
「あの、何か用ですか?」
「エドの紹介でここに来たの。私はアリス、この人はロリーナ、よろしくね」
「いえいえ、こちらこそ。私はステラ・メイウェザーと申します。エドさんの紹介なら歓迎です。どうぞお入りください」
「ありがとう、ステラ」
「お邪魔しまーす」
中は思ってたより広かった。古そうな本が本棚いっぱいに詰められており、そのそばにはいくつかのテーブルと椅子が用意されている。過去の文献を調べるにはもってこいの場所であると感じた。
床から天井に至るまで木組みの家であり、景観を壊さない工夫が施されている。
「エドとは知り合いなの?」
「はい、結構昔から。時々はここに来て読書を楽しんでいかれます。ここの本を買う場合、欲しい本をコピーしてから渡すことになります。私の固有魔法【複製】を使って全く同じ本を複製してから売る形になります」
「それって武器とかも増やせるの?」
「いえ、コピーできるとは言ってもレプリカなので、一応コピーはできますけど、形が同じだけで威力もなければ魔力もありません。なので日用品くらいしかコピーをする意味がないんです」
「あぁ~、だから本屋さんなのねぇ~」
しばらくはロリーナとステラが談笑する。
ステラは元々ラバンディエに住んでいたものの、対人関係にストレスを抱えやすく、街の中ではとても生きていけないと感じ、誰もいないこの北海に住処を移した。
引っ込み思案で他者との接触は控えめだが、普通に話すくらいはできるみたい。
私は錬金魔法やメルへニカの歴史についての本を読み漁った。
――メルへニカ王家と錬金魔法の秘密。恐らくこの文献だわ。
興味深いタイトルの本を見つけると、私は夢中になってその本と睨めっこを始めた。
錬金魔法によって世界が危機を迎える前、メルへニカ王家は国家防衛のために従者となるモンスターを錬金魔法によって創りあげた。そのドラゴンはジャバウォックと名づけられ、人々に恐れられた。メルへニカ等の各地に合った国家は次々と征服され、ジャバウォックは征服の象徴として祀られた。
でも今となっては伝承となっておりほとんど誰もジャバウォックを覚えていない。
だからエドはここに行けと言ったのね。
錬金魔法が禁忌となってからは姿を消し、しばらくは歴史上に姿を現すことはなかった。つまりジャバウォックはずっと陰に隠れながら王家のペットとして秘密裏に飼われ続け、王位継承戦争が勃発した際にメアリー女王が逆転の一手として表に放った。
ジャバウォックはメアリー女王が【融合】によって創りあげたものだとばかり思っていたけど、そうじゃなかったのね。
メアリー女王が創ったのはロリーナが倒したジャバウォックの死体と開発中の最新兵器が元になっているエクスロイドのみだった。
エドとエミを襲ったのは間違いなくジャバウォックだわ。
「アリス、何だか深刻そうな顔だけど、何か分かったの?」
「ええ、あのジャバウォックがエクスロイドとして復活したとなれば、またメアリー女王がここまで攻めてくる可能性は十分にあるわ」
「そっ、それ、本当なんですか?」
「私の推測が正しければね」
「結構昔の話ですけど、私はラバンディエがメアリー女王に乗っ取られてから、逃げるようにここまでやってきたんです。ここなら人もモンスターも全然いない穴場なので」
「ランダンとラバンディエの本屋にこの本はなかった。つまりメアリー女王にとって都合の悪い文献はほとんど破棄されてしまったということよ。もし過去の文献がここにあると知れたら、この本屋も危なくなるってことじゃない?」
「また引っ越さないといけないですか?」
「その必要はないわ。私が守ってみせるから」
怯えているステラを安心させようと微笑みながら言った。
なりゆきではあったけど、ピクトアルバは私に自由を与えてくれた。だからこの場所を何としてでも守ってみせる。たとえ国家に逆らうことになったとしても。
「アリスならそう言うと思った。昔ジャバウォックに立ち向かおうとしてたあの時のように」
「あの時と全然変わらない?」
「ええ、全然変わらない。むしろあの時より勇敢になったと思う」
「ロリーナ、私に力を貸して。この世界を救うために」
「もちろんよ。あの時はアリス1人で戦いを挑んだけど、今度は私も一緒だからね」
ロリーナはそう言いながら私を優しく抱いた。
度々感じるこの温もり、きっとこれが家族というものなのね。昔エドと抱き合った時もこんなぬくもりを感じていたけど、多分この感覚なのね。
その頃、王都では想像を絶する事件が起きていることを私たちは知らなかった。
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