chapter 1-8「辺境の街」
平原を越えた先には木造の建物が建ち並んでいる。
「うわぁ、こんなとこにも住宅地があったんだなー」
街の正門にはピクトアルバへようこそと書かれた大きな看板が立てかけられており、まさしくここがピクトアルバなのだと私は確信した。
エドが言っていた通り、ピクトアルバは人口1000人くらいの小さな街で、そこにいたのはメルへニカ人だけでなく、さまざまな民族や動物たちが仲良く共存している。
ほとんどメルへニカ人ばかりの王都とは大違いね。
「はぁ~、やっぱここの空気はうまい」
エドがそよ風に髪をなびかせながら言った。
「ここはあなたの故郷なの?」
「いや、元々は王都の生まれだよ。僕は王都で見てはいけないものを見て消されかけた。だから王都の役人どもはみんな僕を死んだものと思ってる」
「――酷い話ね」
生きている人を死んだ人として扱うなんて、私には考えられないわ。
それにしても――エドは本当に何者なのかしら。知れば知るほど謎が残るわ。何だか興味深い。
「早速家に案内するよ」
「ええ、そうさせてもらうわ」
しばらくピクトアルバの街中を歩いた。
物珍しい光景に私もラットもロバアもキョロキョロと首が忙しい。
正門から道が十字になっていて、その中央には広めに作られた遊び場がある。お年寄りは数えるほどしかいないし、どこもかしこも若者ばかりね。
王都の役人たちと違って服装はそこまで高そうじゃないけど、所々に裁縫が施されていることからもとても健気に生きているのが分かるわ。彼らも私と同じなのかしら。
「ここだよ。久しぶりの実家だ」
エドが私を案内する。外観は横に長い木造建築の2階建て、2階は寝室のようだけど、1階には回転式のカウンター席があり、その奥にはたくさんの帽子が並べられている。帽子の数だけ種類が違うようで同じものが1つもないけど、かつて何かのお店を経営していたのかしら?
「ていうか俺入っちゃ駄目だよな?」
「いや、それくらいの大きさなら大丈夫だよ」
どうにか私たち全員が家に入れることに。動物との共存を前提としているのか、1つ1つの家がとても大きい。ここまでは王都と一緒ね。
入った先には1人のポニーテールで茶髪の可愛い格好をした少女が後ろ向きに立って掃除をしている。
私たちに気づいた彼女が首を振り返ると、それはそれはとても奇麗な顔立ちの少女だった。彼女はエドを見るや否や驚きの顔を見せると、いきなり正面からエドに抱きついた。
「――お兄ちゃん!」
「ふふっ、何だよエミ。3日間出稼ぎに行ってただけだろ」
「だって心配だったんだもん。この頃モンスターが活発化して山賊も現れたって聞いたし、少し前にご近所さんが被害に遭ったから、もしかしたらお兄ちゃんも危ないって思ってたけど、本当に良かった」
「心配すんな。山賊ならそこにいるアリスが撃退してくれたよ」
「……この人が?」
エミと呼ばれている少女と視線が合った。
兄の帰宅に少女が安堵の顔を浮かべたかと思えば、今度は満面の笑みを浮かべた。
背丈は私より少し低め、真下が見えないくらいの豊満な胸が小さい服の中で窮屈そうにしている。さっきまでの様子からしてここの留守を預かっていたみたいね。
「もしかして、この人がエドの妹さん?」
「ああ、紹介するよ。うちの妹のエミリーだ」
「初めまして。私はエミリー・カレドニア。エミでいいわよ。お兄ちゃんがお世話になったみたいで」
「お世話ってほどじゃないわ。私はアリス・ブリストル。エミ、わけあってしばらくここでお世話になるってエドと話し合って決めたんだけど、いいかな?」
「いいわよ、お兄ちゃんの恩人なら喜んでお泊りさせるわ。ゆっくりしていってね」
「ええ、そうするわ」
エドと違って結構気さくな子ね。笑顔がとても素敵で人当たりも申し分ないし、何だか久しぶりにまともな人に会った気がするわ。
意識がもうろうとしてきた。目の前の景色が段々と霧の中に包まれていくようだわ。私は気絶して目覚めた時からずっと緊張状態のまま。そりゃ疲れるわよ。
私は余程疲れていたのか、安心した顔でカウンター席に座った途端、全身の力が抜けていくように猛烈な眠気に襲われた――。
「お兄ちゃん、アリス寝ちゃったけど」
「さっき魔力を使いすぎたからな。部屋に運んでおけ」
しばらくの時間が経過する――。
私は星空のような無限に広がる空間をふわふわと漂っている。
『……アリス……アリス』
――誰? 誰なの? 私の名前を呼んでいるのは?
『アリス……助けて』
かすかに見える白い髪で純白なドレス姿の女性が悲しそうな顔をしながら目を瞑り、両手を合わせて握りしめながら小さなかすれ声で私の心に直接訴えかけてくる。
助けてってどういうこと? あなたは何をそんなに困っているの?
私は白い髪の女性に向かって呼びかけた。でも彼女は一向に返事をしないまま訴えかけてくるばかり。
すると、突然闇夜の色に染まっていたはずの空間全体が一斉に光りだした。あまりの眩しさに思わず片手で目を隠した。
『助けて……選ばれし者……アリス』
白い髪の女性が段々と私から離れていく――。
私が……選ばれし者……どういうこと?
「待って!」
「うわっ! どっ、どうしたの?」
私が呼びかけると、目の前には驚いた様子のエミが目を大きく見開きながら私を見つめている。
「――ここは?」
「客人用の部屋。あなた、とても疲れていたのね。ふふっ、ゆっくりしていってねって言ってからすぐ寝ちゃう子なんて初めて見た」
周囲を見渡すと、日光が差し込んでくる窓、少女らしい可愛い模様の部屋がある。私はここが2階の寝室であることを確認する。
「……ここに来て安心した瞬間、急に全身の力が抜けてしまったの」
「いいのよ。あなたの事情は全部お兄ちゃんから聞いたわ。濡れ衣を着せられて王宮から追放されたんですってね。可哀想に……もう大丈夫よ」
エミは沈んだ声でそう言いながらベッドに座る私を抱きしめた。
口元が小刻みに震え、目からは大粒の涙が勝手に流れてくる。今までの苦痛から――ようやく解放されたような気がした。
「ううっ……ううっ……」
私もまた、包み込むような優しさで接してくるエミを強く抱きしめるのだった。
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