chapter 7-7「救世主たる所以」
このまま放してくれないと私帰れないんだけど……。
「待って……もう二度と私を置いていかないで……アリス」
さっきまでクールながらも私をからかうくらいの余裕があったのに、この感情の起伏の激しさがますます私の心を不安にさせる。
箒を掴んでいるロリーナの握力が一段と強くなった。
この時点で私は彼女が譲歩してくれることを確信した。
「……乗って。ランダンの話をしましょ」
ロリーナは黙って箒にまたがり、箒が勢いよくラバンディエの青空へと飛んだ。彼女は私の体にしがみつきながら
その後は安定飛行態勢に入ると、私はようやく口を開いた。
「死んだのはポールで間違いないの?」
「ええ、この目でしっかり見たわ。あのジャバウォックが生物兵器として復活していたなんて、考えただけでも怖い。私でもエクスロイドには勝てないと確信したわ」
「メアリー女王の錬金魔法によって作られたことは聞いたけど、どうしてポールが?」
「女王陛下の王冠を盗んだとして処刑されたわ。多分王冠室のマスターキーを持っていたバーバラの仕業でしょうけど、あれはアリスを追い出した罰よ。気にすることないわ」
「その意見には賛成だけど、どうして結託していた2人が急に仲違いを起こしたの?」
「ポールはアリスに濡れ衣を着せた犯人がバーバラであることを知っていた。そしてアリスがピクトアルバから戻らないことを知ったポールが逆上して、バーバラを告発すると言い出したの。でも告発される前にバーバラが先手を打ったのよ」
「どうしてそこまで分かるの?」
「王都にはメアリー女王の味方のふりをしているスパイがいるの。私はそのスパイの諜報員として王宮とランダンを調査して、女王陛下に敵の情報をお伝えする役割を仰せ司っていたわけ。だからアリスの居場所が分かっていても会いに行けなかった」
辛く悲しそうな声でロリーナが言った。
そう、彼女が女王陛下を装った手紙で私を誘ったのは、私に会いたかったからだ。
しかも敵の情報まで私に聞かせた。一体何の意味があるっていうの?
「アリスだったら城門を無理やり突破してくると思ってたけど、まさか小さくなって侵入してくるとは思わなかった。ふふっ、でも都合がよかったわ」
「今度からああいうことをする時は、招待状とお給金を送付することね。普通の人だったら門前払いの時点で帰ってるとこなんだから」
「アリスは普通じゃないんだ」
「普通じゃないわ。だから友達なんて一生できないと思ってた。他に知ってることは?」
「さっき女王陛下にお話ししたことを合わせればあれで全部よ。それに、アリスを誘ったのは私たちの話を聞いてほしかったっていうのもあるの」
「ジャバウォックの話でしょ。それと私と何か関係でもあるの?」
「大ありよ。あなたは王位継承戦争が終わった後、私に黙ってジャバウォックを倒しに行ったのよ。でもあなたは数日後に倒れた状態のまま発見された。そしてあの時までの記憶を完全に忘れた。掃除の天才だったアリスが――自ら錬金魔法で創りだした箒を召喚する方法も、私のことさえ忘れたと知った時は本当に辛かった」
「……」
ロリーナはピクトアルバに着くまでの間に全てを話してくれた。
私の命綱である【女神の箒】を創りだしたのが他の誰でもない私自身であるということ、そして錬金魔法は偏見が強いために周囲から疎まれ、私だけじゃなくロリーナまでもが肩身の狭い思いで生きていたことを全て話してくれた。
今私が乗っている箒は、昔の私が錬金魔法で作ったものだったなんて。
だから私、箒の所有者でありながら使い方をほとんど知らなかったのね。
辻褄は合ってるし、話があまりにも具体的だし、どれも事実に基づいているし、とても彼女が嘘を言っているとは思わなかった。
両親は女王陛下の側につき、ランダンからラバンディエまで逃げようとした。
「ジャバウォックは反乱軍に属した者を次々殺した。兵士だけじゃなく、何の罪もない女子供までもがみんな殺された。その犠牲者のリストには……私たちの両親の名前もあった」
「!」
思わず大きく目を見開いた。私は知らない内に泣いていた。
その後ろで同様に涙を流すロリーナの気持ちさえも敏感に感じ取った。
そんな……じゃあ私が家族を知らないまま生きてきたのは、あのメアリー女王が原因だってこと?
ロリーナは両親を奪い、私の記憶さえも奪ったジャバウォックに対して憎しみを露わにし、メアリー女王の戴冠式に現れると、民衆を逃がしてから誘い出されたジャバウォックを退治した。
ジャバウォックはメアリー女王が【融合】によって作り出した生物兵器、それを倒したことでメアリー女王の怒りを買い、指名手配犯として追われ、しばらくは行方をくらましながら慎ましやかに暮らしていた。
今彼女が捕まらずに済んでいる理由は他でもない。それは彼女が【変装】によって架空の人物に変装していたからだ。それなら指名手配されたところで何の問題もない。
「ロリーナって凄いのね。両親の敵討ちとはいえ、王宮に乗り込んでドラゴン退治をするなんて」
「あの時のジャバウォックは強かった。倒したと思ったけど、その直後に王国軍がやってきて、私は逃げるのが精一杯だった。まさか死体を回収して更なる生物兵器として復活させていたことを知った時は呆気にとられたわ。エクスロイドは今でも進化し続けてる。メアリー女王ですら想定できないほどにね」
ロリーナが姉だってことはまだ信じられないけど、一応の納得はいった。
身の安全のため、ロリーナは何も知らない私をブリストル孤児院に預け、メイベル院長に全ての事情を話してから私に希望を託して去っていった。
だからあんなにも私に厳しかったのね。
私に厳しかったのは、いつか私が記憶を取り戻し、このメルへニカを救う救世主に育て上げるためだったと考えれば説明がつく。結局院長は何も話してくれないまま死んじゃったけど、全てを知った上で私の面倒を引き受けてくれてたのね。
王位継承戦争は多くの人生を狂わせた。
そして私たちやエドの人生までも。
絶対に許さない。メアリー女王もエクスロイドも、この世を破滅に導く粗大ごみよ!
私は両腕を強く握りしめた。奇しくもさっきのロリーナと仕草がよく似ていた。
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