chapter 7-5「平和との対談」
机の柱の後ろ側に隠れていたが、既に見つかっているようで。
真後ろは柱のはずなのに、それさえも貫くかのような彼女の視線の鋭さに思わず冷や汗をかいた。ロリーナは少しずつ私たちの隠れている位置に回り込みしゃがみ込んだ。
彼女から逃げるのは至難の業であると瞬時に分かった。もう抵抗しても無駄だと思い、堂々と小さくなったままの姿を見せた。
「あれぇ~、アリスってそんなに小さかったっけ~?」
「これには事情があるのよ。それより、何で分かったの?」
「私の妹だから……かな」
「えっ?」
思わぬ言葉に目が点になってしまった。ていうかパンツ見えてるんだけど。
妹ってどういうこと? もしかして年下の女の子はみんな妹だと思ってんのかな? だとしたらかなりの要注意人物かも。
「アリスって姉貴いたっけ?」
「そんなわけないでしょ! 私は物心がついた時からずっと1人よ。姉なんていないわ」
「――もしかして……記憶なくしてる?」
さっきとは対照的に困った表情で心配そうに私を見つめた。
そういえば私――ブリストル孤児院に来る前の記憶がないわ。じゃあ本当にこの人が? いや、でもそこまで私に似てないし、絶対からかってるだけよ。何故私の名前を知っているのかが不可解だけど、女王陛下が私の名前を広めたのかしら?
そんなことを考えていると、私はロリーナの親指と人差し指でひょいっと持ち上げられた。
「なっ、何するの!? 放してよ!」
「今王都ランダンで何が起きてるか、知りたくない?」
「そんなのどうでもいいわ。私は女王陛下に呼ばれてここに来たの。でも門番は全然入れてくれないし、こんな時期に帰還を祝うパーティをする理由も分からないし、だから色々聞くために来たの」
「ふーん、じゃあ私が代わりに聞いてあげる」
「自分で聞くわ。元に戻れば大丈夫よ」
「招待券もない人がここにいるってばれたら追放じゃ済まないわよ。仮にもここは女王陛下が住まう王宮よ。王宮への侵入は最悪死罪にもなりえるわ」
「……分かったわ。でもどうして協力してくれるの?」
「私はあなたの姉だからよ」
ロリーナはウインクしながら私とラットをポケットへしまい、真っ暗な状態の中、彼女の靴音、足を踏み鳴らした時の小さな揺れが続く。
扉が開閉する音がしてすぐに揺れが収まった。
どうやら玉座の間に入ってその場に制止したみたいね。
玉座の間には白を基調とした壁や床が広がっており、とても奇麗な透明な色をしたシャンデリアが飾られている。地面の大理石も真っ白なのか、白以外の色が全て浮き彫りとなっている。
「ロリーナ、ランダンで何があったの?」
「ご存じの通り、メアリー女王の新兵器が復活したのです。ジャバウォックが」
「ジャバウォックだと……あのドラゴンは確か死んだはずであろう」
「いいえ、奴は新たなモンスターとして復活したのです。私の調べによれば、ジャバウォックの死体が秘密裏に回収された後、元々侵略用に開発中だった兵器と融合させたというのです」
「!」
姿こそ見えないが、女王陛下が青ざめているのが分かった。
メアリー女王の固有魔法【融合】により、様々な生物や物質同士を融合し、別の生物や物質を創りだすことができる。禁忌とも呼ばれる錬金魔法を女王メアリーは固有魔法として持っていたのだが、錬金魔法に対する偏見を考慮し、今の今まで非公開だった。
それこそが最近噂になっていた魔法兵器の正体だ。
ランダンではエクスロイドと呼ばれ、処刑人を彷彿とさせるその灰色の姿から名づけられた。
融合に使ったのはジャバウォックと呼ばれるドラゴンと開発中であった魔剣だった。
だがようやく権力が盤石になったところで、メアリー女王は魔法兵器を内部の者たちにだけ公にする形となった。だが何者かが情報を外に持ち出し、魔法兵器の情報が王都中に広まる事態となっている。噂は虚偽と反逆の罪に問うことで抑え込んだが、それでも噂は尽きない。
下手に隠そうとしたせいか、さらに怪しまれる結果となった。
そのことを諸外国からも問われると、メアリー女王はこれを女王陛下による陰謀論とした上で、メルへニカを統一した側に味方することを約束させた。
今、南部では軍が再編成され、いずれは攻めてくるとロリーナが言った。
「あとどれくらいで攻めてくるのだ?」
「あの様子だと、1ヵ月もあれば準備が整うかと。もう猶予はありません」
「それは分かったが、何ゆえそなたは妾にその情報伝えに来てくれたのだ?」
「私はあなたを説得しに来たのです。10年前の王位継承戦争の時も女王陛下は平和の道に拘り、それによってメアリー女王の反撃を許し、戦況は一気に不利になりました。無礼を承知で言いますが、心優しいだけでは大切なものを守ることなどできません」
「……」
淡々とした表情のままロリーナが小さくも力強い声で話を進めていく。
女王陛下は徹底した平和主義者、その穏やかとも臆病とも受け取れる性格は、戦争においては邪魔でしかないことをロリーナは見抜いていた。
攻められる前に攻めるのが勝負の鉄則、しかも女王陛下の方から攻めるとはメアリー女王も考えていないはずよね。
レイモンド公爵に席を外させたのは、癇癪持ちで感情論に走りがちな彼を除外することで話を遮らせないためね。ようやく分かったわ。
「この時期まで自らの帰還を祝うパーティを延期されたのは、恐らくメアリー女王に対する配慮であると推測できます。しかし、女王陛下はパーティを行いました。つまりそれは、メアリー女王に対抗する覚悟がおありなのでは?」
「……」
女王陛下は鎮火された火のようにだんまりなご様子。
何故パーティを延期したのかを聞くはずだったのにもう答えを知っているなんて、ますます謎な人ね。でももう1つだけ疑問がある。何故私が招待状もなしにここへ呼ばれたのか。
1つだけ分かったことがある。女王陛下は人を貶めることはしない。
つまりあの手紙は別の誰かが書いたもの。
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