chapter 7-4「小さな侵入者」
城壁の上からは巨人のように見える人々が交流ダンスを続けている。
ダンスは苦手。だからある意味門前払いされて正解かも。
恥をかくのが関の山、そうやってまたみんなに笑われるなんて真っ平御免よ。パーティをやるんだったら信頼し合える仲間同士でやりたい。
どうにか門番を誤魔化して場内に侵入すると、私たちは入り組んだ道を抜け、女王陛下がいらっしゃるであろう窓越しに見える大広間を外から見つめていた。
城の外側には一定の距離ごとに大砲が設置されており、外敵からの襲撃に備えた設計だ。
所々にひびが入っている個所や修復を施した個所があり、それらの爪痕がかつての王位継承戦争がいかに激戦であったかを見る者全てに訴えかけてくるようだった。女王陛下はここで敗北してメアリー女王に捕らえられた。
これだけ頑丈で他を寄せつけないお城でも陥落することがあるのね。
「あそこに女王陛下がいるのか?」
「ええ、間違いないわ。何故この時期に帰還を祝うのかは不明だけど」
「遅すぎるってことか?」
「ええ。行事はなるべく早く済ませる。それが王族の鉄則のはずよ」
帰還してすぐにお祝いをしなかったのは、準備に手間取ったか、別の何かがあってできなかったか、基本的にはこのどちらか。でも準備に手間取るはずはない。これだけたくさんのメイドや奴隷の動物さんたちがいて準備を進められないはずがないもの。
考えれば考えるほど深まる謎に、私は興味を示さずにはいられなかった。
中にはレイモンド公爵と会話をする女王陛下のお姿が見えた。でもその表情は芳しくない。何か無理強いをされているかのようなお顔。あぁ……もう、見てられないわ。
「ラット、走って」
「おう。しっかり掴まってろよ」
ラットが地を這うように走った。人通りが多い中を進み、間一髪当たるかどうかを繰り返していく中、女王陛下が見えるくらいの距離にある机の下まで辿り着いた。
私とラットは机の下の柱にしがみついた。
ここなら聞こえるはずよ。一体何をお話になっているのかしら?
「女王陛下、これは一刻を争う事態です。早くご決断を」
レイモンド公爵が険しい表情で何かを迫るように女王陛下を説得中だ。
「――まだ決断の時ではない」
「最近ランダンの王宮から妙な噂が流れているのです。メアリー女王が魔法実験で作った新兵器を大臣の処刑に使ったとかで騒ぎになっています。もしこれが本当なら、いずれ奴らは兵を率い、新兵器と共に攻めてくるでしょう。そうなる前にこちらから攻めるべきです」
「公爵、こちらから攻撃を仕掛けてはメアリーに戦争の口実を与えてしまう。今は来たるべき時に備え、味方を増やすべきだ。北方には妾を慕いついてきてくれた者が大勢いる。宰相はそなただが、戦争の決断は妾が下す。よいな?」
「……はい」
レイモンド公爵が納得のいかない顔と沈んだ声で答えた。
魔法実験による新兵器って――確かエドもそんなことを話していたわ。
エドとエミの家族は魔法実験の犠牲になった。その新兵器の効果を試す行為自体が魔法実験なのだとしたら、その兵器はまだ生きている。生きて女王陛下の脅威となっているなら――。
そんな邪魔なごみは……私がお掃除するまでよ。
そこに、1人の見知らぬ女性が女王陛下に歩み寄った。
外見の白いシャツに赤いつなぎ、首には黒いリボン、灰色で短めのフリルのスカート、冷たく透き通った端整な顔の女性であり、その白に近いブロンドの髪と張りのある豊満な胸が彼女の魅力をより一層引き立ている。
背は元の私より頭1つ分高く、歳も私より少し上くらいに見える。
でも不思議ね、初めて見る顔なのに、何度も会っていたかのような感じがする。
「失礼、貴方様がエリザベス女王陛下でいらっしゃいますか?」
「いかにも。妾がエリザベスだ。して、そなたは?」
「お初にお目にかかります。ロリーナ・レイランドと申します」
ロリーナと名乗るこの女性がスカートを指で少し持ち上げ挨拶を交わす。
何をやっても全く喜んでくれそうにないあの氷のような目、何を企んでいるのか全く分からない。ここまで考えが読みずらい相手は初めてだわ。
「悪いが今は大事な話があるんだ。後にしてくれるか?」
「私もその話に参加させていただきたく存じます」
「お前には関係のない話だ。どこの者かは知らんが、部外者とする話など――」
「ランダンで発生した妙な噂の全貌、知りたくはないのですか?」
焦り顔のレイモンド公爵とは対照的に顔色1つ変えないロリーナが彼に歩み寄りながら言った。
私もラットもこの感情のない言動に怖気が走っている。決して有害ではないように見えるが、どこか油断できないオーラのようなものを常時放っているように感じた。
「聞いていたのか!?」
「すみませんね、耳がいいもので」
「妙な噂の正体とは何だ?」
「……場所を変えましょう。ここは人が多いので。それと、公爵は席を外してください」
「なっ、何だとっ!? お前、そんな勝手な――」
「よかろう。では玉座の間で話すということで。公爵、席を外すのだ」
「……分かりました」
レイモンド公爵がロリーナを睨みつけると、ムカついた表情を露わにしながら外の風に当たりに行ったようだ。
すると、ロリーナが不敵な笑みを浮かべた。こんな何を考えているか分からない人の言う通りにしては駄目よ。もしかしたら女王陛下のお命を狙っているかもしれない。
王宮の情報を知っているなら、メアリー女王の手先と考えてもおかしくない。
女王陛下とロリーナが対面したままお互いの目を見つめ合っている。
「女王陛下、すぐにお伺いしますので、先に部屋でお待ちください」
「分かった。待っているぞ」
そう言って女王陛下がすぐに奥の部屋へと立ち去った。
どうして? どうしてそんなにも人を信じられるの? 明らかに怪しそうなのに、こんなにも容易く人を信じるなんて。
「そこにいるんでしょ? アリス」
「「!」」
気がついてみれば、ロリーナが机の下を見ながらしゃがみ込み、怪しい笑みを浮かべながらこちらを見続けている。
ちゃんと隠れていたはずよ。それなのに気づかれるなんて。
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