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chapter 7-1「帽子屋の苦悩」

 しばらくの時間が過ぎた――。


 私の提案は見事に通り、バートも私を許してくれた。


 景観を壊さないようホテルは木造で作られ、景色にとけ込める色彩の自然溢れるホテルと方針まで決まったらしい。モンスターに襲われないようホテルの中に兵舎も一緒に建てるんだとか。


 何だか私のせいでとんでもないことになってるみたい。


 暴風で周囲の木までお掃除したせいか、凶悪なモンスターは一切近寄らなくなっていたこともあり、無事にホテルの建設が決まった。


 女王陛下は晴れて王都ラバンディエに戻ることとなった。


 クリス様はピクトアルバにある女王陛下の別荘を譲渡された。ラットを除く動物さんたちは女王陛下のお供として去っていき、ロバアは女王陛下の馬車馬として雇われた。


 シャインもまた、私から離れようとはしなかった。


 ある日のこと、私はエドとエミの家へと赴いた。エドは元の記憶を取り戻したのか、また帽子屋の仕事へと戻り、定期的に女王陛下を始めとした帽子の愛好家たちに帽子を作っては届けている。もう宝石を集める必要もなくなった。


 目の前にはたくさんのオシャレな帽子が飾られており、すっかり帽子屋としての雰囲気を取り戻している様子だった。最初に来た時はトレジャーハンターの家とは思えないような内装だったけど、今ならそれがよく分かるわ。


 女王陛下と共にあった大切な記憶、彼にとってのそれは帽子屋だった。


「エド、私に似合う帽子はある?」

「もう見つけたように思えるが」

「ラットは帽子じゃないわ。私も可愛い帽子が欲しいの。私の頭に合う大きさで、つばが小さめで視界を狭めない帽子よ。それと大きさを変えられるケーキもね」

「注文の多いお客さんだ。帽子なら自分で選べ。それとうちはスイーツショップじゃないぞ。ケーキならレシピを教えてやる。長期保存をする場合は腐らないように魔草のジュースを混ぜておけ」

「ええ、分かったわ。あなた、他の人の前でもそうなの?」

「接客なんて話が通じればそれでいい。だが女王陛下は別だ。うちを御用達に指定してくれなかったら潰れていたかもしれない。それこそ、歴史が書き換わっていた頃のような生活になっていたかも」

「女王陛下との間に何かあったの?」


 ふと、エドの過去を聞いてしまった。すると、彼の表情に曇りが生じた。歴史の書き換えに巻き込まれるくらいだもの、余程密接な何かがあったことは間違いないわ。


「――女王陛下とメアリー女王が対立した原因は僕だった」


 エドが天井を見上げながら何かを思い出したような表情で言った。


「それ……どういうこと?」


 私は恐る恐る聞いた。エドはため息を吐きながらゆっくりとその乾いた口を開いた。


 聞き出すのは悪いと内心では思いながらも、最終的には好奇心が勝った。


「僕は王都にあった帽子屋の家に生まれた。小さい頃から親父に帽子の作り方を教わった。ゆくゆくは親父の後を継ぐ予定だったが、家が貧しいせいで危うく潰れるところだった。そんな時、街中を訪問していた王女姉妹がうちを訪れた。当時の2人は仲良しで、あっという間に親父の作った帽子たちを気に入って全部買い取ってくれた」

「それからどうなったの?」

「……うちは王室御用達の帽子屋に指定され、安定した収入が入るようになった」

「平民は商売禁止じゃなかったの?」

「ああ。平民は厳しい審査を潜り抜けて国の許可を得なければ商売を始められない。地位をひっくり返されるのが相当恐ろしいんだろう。だが親父の先代は貴族だった。代表ではなく代表代理として後を継ぐ場合に限り、貴族から平民への経営権譲渡は貴族の許可だけで済む。うちは貴族所有の帽子屋のままだが、実質的な経営権は親父が握っていた」

「うまい手口ね」


 まだ少年に過ぎなかったエドは早くからその才能を発揮し、魔法によって王冠のように上質な帽子を完成させるほどだった。


 だが1つ問題が発生した。2人の王女がエドを自分専属の帽子屋として欲しいと言い出したのだ。


 当然エドは困った。帽子はいくらでも作れるが、エドは1人しかいない。


 最初こそ交互にエドから帽子を提供されていたが、メアリー王女が欲を出してしまった。エドを自らの部屋へと幽閉してしまい、先代王は激怒した。メアリー王女は謹慎となり、エドはエリザベス王女専属の帽子屋となるよう先代王から任命された。


 そんな矢先、国家を揺るがす出来事が起こった。


 先代王が病に倒れ急死したのだ。王都で粛々と盛大な葬儀が行われる中、まだ後継者が決まっていない2人の王女の分断が決定的となった。


 メアリー王女が真っ先に即位宣言をすると、心優しいエリザベスはそれを容認しようとしていたが、メアリーの粗暴狼藉な振る舞いは以前から多くの王国民たちから反感を買っていたため、反メアリー勢力がこぞってエリザベス王女を持ち上げ、多くの民衆が立ち上がった。


 エリザベス王女に争う気はなかったが、周囲に乗せられて即位せざるを得なくなり、ここに、王位継承戦争が勃発した。


 女王陛下の軍は徐々に追い詰められ、北へ北へと逃げていった。


 そしてついにラバンディエまで陥落し、女王陛下は捕らえられた。


「王都を離れようとした時、1体の強力なモンスターが執拗に女王陛下の側についた者だけを攻撃した。そいつはドラゴンのような禍々しい顔の二足歩行、5本の指を持つ強靭な腕と足、空を覆うような立派な翼を生やしていた。今まで見たことがない種類だったが、1つ確かなのは、あのモンスターは魔法実験によって作られた生物兵器であるということだ。鉄のように固い体には軍でも歯が立たなかった」


 エドの家族はエリザベス王女の側についた。


 そして魔法実験によって生み出されたモンスターにより、エドとエミ以外の家族全員が彼らの目の前で秘密裏に殺された。だがエドとエミは間一髪のところで難を逃れ、反乱軍と共にピクトアルバまで逃げていった。


 しかも体の周りにはメイドたちの血が付着しており、エドはメイドたちがそのモンスターの餌にされていたことを確信する。


 呼吸が乱れたまま体が震え、恐怖したままのエドがエミを庇った――。


「記憶があやふやでよく覚えていないけど、確か1人の()()が僕らを助けてくれたんだ。もしまた会えたなら、一度お礼を言いたいものだな。ふふっ」


 エドが笑いながら興味深い台詞を口にする。彼はそのままのっそりと立ち上がると、2階の自室へと上がってしまった。


 まだ仕事中のはずなのに、随分と気まぐれなのね。

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