chapter x-12「因縁の出会い」
私はエクスロイドから呪いとも受け取れる言葉を突きつけられ、メイド長室へと逃げ帰った。
窓越しに夜の星空を眺めながらアリスが王宮に入ってきた時のことを思い出した。5年ほど前、アリスが入ってきたのはあの女が10歳を過ぎた頃だった。
私はもう20代後半で婚期が遅れるかどうかの瀬戸際に立たされていた。アリスはそんな私と同期なのだからお笑いよ。
5年前――。
「ねえねえ、バーバラは何でここに来たの?」
私はアリスから就職の理由を聞かれた。
両親と共に営んでいた酒造が借金を理由に貴族たちに乗っ取られ、私は借金のかたにメイドとして王宮に献上される形で就職した。
最初は王宮に就職するだけで借金を軽減してくれるという約束だったから安い代償だと思った。
でも今なら分かる。ここのメイドになるということは、あの暴君と化け物の生け贄になるということだった。あの貴族は私が殺される前提で王宮にぶち込んだのね。
考えただけで虫唾が走る。メイド部隊もまた、王都平和のための生け贄だった。
そんなメイド部隊にいきなりアリスと一緒に入れられた時はどうなるかと思ったわ。
「「「「「きゃあああああっ!」」」」」
メイド部隊に所属するメイドたちがモンスターに跳ね飛ばされ重傷を負った。
当時王都を悩ませていたモンスター、マンモステゴの群れが王都に向かってきているという報告を聞いた王宮はメイド部隊に出撃を命じたが、まるで歯が立たなかった。
マンモステゴはずんぐりした丸い巨体に牙と背びれの生えた上級モンスターであり、前方にローリングしながら目の前の壁を壊し障害物を押し潰して前進するのが特徴であり、マンモステゴの進路に沿った道が作られた記録すらある。
王宮の城壁を何度か壊され大騒ぎになったこともあった。だが王国軍は王位継承戦争や度重なる遠征の影響でかなり疲弊しており、すぐには召集できない状態であった。
私は助かるために一計を案じた。
「バーバラ、王国軍はまだなの?」
「アリス、マンモステゴは横からの攻撃に弱いの。横を向いたところを攻撃すれば勝てるはずよ」
嘘を吐いた。マンモステゴの弱点なんて知らなかった。
馬鹿正直で何でも真に受けるアリスなら信じると思った。
私はとっとと現場から逃げて出撃準備中の王国軍がいる場所へ赴き、激戦アピールをして庇ってもらう事で助けてもらおうと思った。
「分かったわ。私が引きつけるから、バーバラは横から攻撃して」
「ええ、やってみるわ」
マンモステゴが頭と牙を体に引っ込めると、巨大な弾のようにローリングし、私たちに向かって突っ込んでくる。
アリスがマンモステゴをひきつけ、その間に私はどさくさに紛れて逃げようとする。
あの女はこっちの意図に気づかぬまま最後まで私を信じ、横から攻撃させようとした。本当に馬鹿な子だったわ。裏切られることなんてまるで眼中にない。
「バーバラ、今よっ! ――! バーバラ!?」
アリスは物陰に隠れていた私を怯えた顔でキョロキョロと首を動かしながら探していた。
マンモステゴの攻撃をよけることなど考える余裕すらない。
私は彼女の死亡を確認してから隊長の目を盗み、王国軍にメイド部隊から死者が出たことを報告しに行くつもりだった。
「アリスっ! あぶなーい!」
メイド部隊隊員の1人が叫んだ。マンモステゴに踏み潰されればただでは済まない。でも誰かを犠牲にしなければ私の身が持たなかった。当然仲間のことなど身代わりくらいにしか思っておらず、誰かを思いやる余裕などなかった。
王宮は私たちを駒としか思っていない。こんなにも雑に扱われるのだから、優しさを持つなんてとんでもないわ。
アリスが思わず両腕を握り締めてガードの構えをとった。
既に危険を感じたメイド部隊隊員たちは散り散りとなっていた。
その時――。
彼女の目の前に謎の魔箒が現れると、箒がアリスを守るように一振りで突風を起こし、マンモステゴを吹き飛ばしたおかげで間一髪難を逃れた。吹き飛ばされたマンモステゴは他のマンモステゴたちを巻き込む形で激突する。
アリスが箒に気づくと、浮いた箒をその手に持った。
「あなた――私を助けてくれたの?」
アリスが箒に呼びかけたが、当然ながら箒は全く頷かない。
しかし、アリスはすぐにその箒を気に入り強く握りしめた。さっきの突風を挑発と受け取ったマンモステゴたちが怒り心頭に達し、さっきよりも物凄い勢いで猪突猛進してくる。
私はアリスがやられるまでその場を動くわけにはいかなかった。
死者が出たという言い訳を成立させなければ私が怒られる。
「……お掃除の時間よ」
お掃除? 何言ってるの? まさか倒すつもりじゃないでしょうね?
「【暴風掃除】」
アリスが箒を一振りすると暴風が発生し、マンモステゴたちが次々と吹き飛ばされ、台風と共に少し遠くの海にまで運ばれた。
私は呆気にとられたままその場から動けなかった。さっきから開いた口が塞がらない。
あの巨体なら海からは生きて帰れないでしょうね。
「あっ、バーバラ、大丈夫だった?」
「えっ、ええ……大丈夫よ」
こいつ、私が裏切ったことに気づいてないの?
そこに大勢の物騒な格好をした王国軍が駆けつけてきた。
赤を基調としたトランプを模した格好の兵士たちが私たちを取り囲み、敵がいないかどうかを確認するために探索と負傷者の手当てをし始めると、空軍兵長らしき女が私たちを睨みつけた。
「マンモステゴがここにいたはずだ。どこへ行ったか知らないか?」
「マンモステゴでしたら、全て私たちが倒したところです」
「なにっ! お前たちが倒したというのか?」
「それは素晴らしい。大したメイド部隊だ。早速女王陛下にご報告だな」
「私たちは当然のことをしたまでです。ねっ? アリス」
「ええ、そうね」
兵士らしき男が私たちを褒め称えた。
私はアリス1人の手柄であったことを知りながら全員の功績とするように振る舞った。
組織内にいる以上、誰か1人が敵を全滅させたところで利益は全て組織のもの、こいつ1人にだけ抜け駆けなんてさせないわ。しかも戦場に残っていた中で私が最年長であったこともあり、私が戦功を享受することとなった。
私は当時のメイド長から気に入られ、出世街道に乗ることとなった。
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読んでいただきありがとうございます。
ツイッターで指摘を受けた固有魔法の説明を第1部分に追加しておきました。
分かりにくかった方は申し訳ありませんでした。




