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chapter 6-10「澄んだ水色の絶景」

 身動きが取れるようになったプレシーがその優しそうな目を私に近づけてくる。


「これがあのプレシーなの?」

「ええ、さっきまでずっとスラッジャーに操られてたの」


 プレシーは私に感謝の意を示したいのか、顔を私の体にこすりつけてくる。


 とても大きいけど実は小心者であることが手に取るように分かった。ずっとここで1人寂しくみんなの生活を守りながら生き続けていたのね。


 この子には友達が必要なんだわ。言葉なんてなくても分かる。


 ずっと幻のような存在として扱われてきた。それはきっと、プレシー自身の色が湖にとけ込んでいてよく分かりにくい上に、普段は湖の中で浄化装置としての役割を担っているのだから、常に1匹でいたのは当然ね。


 動物さんやモンスターの心は純粋だからすぐに分かる。


 人間の心は複雑すぎて全然分からないけど。


「こいつを分析したおかげで謎が解けた。僕らはずっとプレシーが浄化した水を飲んでいたんだ。ここの湖は人の手で保護するべきだろう」

「そうね。この近くに小屋でも建てて監視でもさせる?」

「それならもっといい方法があるわ」


 クリス様が片目を閉じながら言った。何か考えでもあるのかしら?


「どんな方法?」

「ここにホテルを建てればいいのよ。そうすれば湖の監視をしながら観光スポットにできるじゃない。ちょうど周辺の木がアリスの【暴風掃除(サイクロンスイープ)】でお掃除されたわけだし、ホテルを建てるにはちょうどいいと思うけど」

「周辺の木? ――あっ!」


 私はクリスに言われて周辺をキョロキョロと見渡した。


 さっきの暴風で湖の周りを埋め尽くしていた木が吹き飛ばされ、ホテルを建てるには十分なスペースが広がっていた。意図したことではないけど、ここならプレシーという観光名物も見られるし、高い場所から見た湖も絶景ね。


「森を燃やすのは駄目でも吹き飛ばすのはいいんだな」


 ハンナが苦笑いを浮かべながら皮肉を言った。


「あ、あはは……」

「何の話?」

「実はアリスが――ふがっ!」

「言わなくていいの」


 咄嗟にラットの口を押さえつけた。隙を見せたらすぐに何でも喋っちゃうんだから。動物さんの正直さには困っちゃうわ。


 湖を覆っていた漆黒の汚れは全て除去され、元の澄んだ水色を取り戻していた。箒に魔力をチャージしたことで、暴風の維持ばかりか聖なる光の強化すらできていた。


 エドが聖剣に力をためてから攻撃していたのを見て、箒でも同じことができるのではないかと思ってやってみたけど――本当にできた。


 もっと自分の力を信じてほしいと箒から言われているような気がした。


 何かが背中を押すように私の心は突き動かされていた。考えたというより感じ取った方法ね。


「アリスってホントに凄いわね。湖の汚れまでお掃除しちゃうなんて」

「お掃除は私の得意技よ。森までお掃除するつもりはなかったけど」

「ここにホテルか。確かにここは景観もいい。森にとけ込めるように木造で建てたらどうだ?」

「そうね、バートに言ってみるわ」


 それからすぐにピクトアルバへ戻ると、私はバートにホテルの建設案を出した。


 そして井戸水の汚れが元に戻り、街の人々はまた奇麗な水を飲むことができるようになった。


 澄んだ水の源がプレシーであったことを伝えると、女王陛下はラバンディエを始めとした周辺の街にプレシーの保護を求めた。その結果、ピクトアルバから湖までの道には公道が作られ、湖の近くにホテルが立つことが決まり、私たちはホッと胸をなで下ろした。


 女王陛下に呼ばれた私は執事やメイドたちと共にフレス湖へと向かった。


 気をつけるように執事たちが慌てふためく中、女王陛下は軽い身のこなしで崖の上へと昇っていく。私はその後を追って彼女の横に並んだ。


「――気が遠くなるほど美しい眺めだ」


 崖の上から湖を眺めている女王陛下の横顔は甘美の響きに満ちている。


「はい。ここなら湖とワンダーツリーの両方が一望できます。お客さんが大勢来るようになれば、観光で稼げるようになります。ピクトアルバはもっと豊かな街になるでしょう」

「これなら頑固者のバートも納得するであろう。アリス、よくやってくれた」

「もったいなきお言葉です、女王陛下」

「何を言っておる。そなたの功績の大きさは、どんな尺度をもってしても計りようがない。アリス、妾の下で宰相になってはくれぬか?」

「えっ……」


 突然の提案に疑問ではなく驚嘆で返してしまった。


 宰相は誰もが一度は夢見る地位、大臣たちの中でも最高の地位にして国の支配者。就任するなら当然ここを離れ、ラバンディエで暮らすことになる。


 平民である私が宰相になれば、当然周囲の大臣たちから反感を買うことは必至、もうあんな人の心がすさみきった場所になんて戻りたくない。


 あの場所にはバーバラのような人たちが山のようにいる。もう巻き込まれたいとは思わない。


 私は富や権力に興味はない。ここにいるみんなと一緒に仲良く過ごす時間の方が大切だ。


 のんびり暮らせることこそ、私にとって最高のご褒美よ。答えはもう決まっている。


「なりたくないのか?」

「……はい。私は出世を望んだことはありません。無礼を承知で言いますが、王宮には様々な陰謀がうごめいています。きっと女王陛下がメルへニカを平定なさってからも続くことでしょう。あんなギスギスした場所で暮らし続けられるほど、私は強くはないのです」

「……そうか、それは残念だ。そなたほど聡明で……人の上に立つべき者はそうはいない」

「お許しください」

「では妾の相談役になっておくれ。それと今回の件に関して報酬を与えなければな」

「はい、女王陛下」


 私は深々と頭を下げると、しばらく女王陛下の抱擁を受けるのだった。

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読んでいただきありがとうございます。

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