chapter 6-9「底に潜む穢れ」
一度は倒したかと思われたスラッジャーだった。
しかし、すぐに沈んだ場所からボコボコと泡が噴き出し、その場所から大きな水しぶきを上げながら首の長さが特徴の巨大なモンスターと大量のスラッジャーが現れた。
4本のヒレに人が乗れそうなくらいに大きな背中を持つ漆黒の海竜のような姿でかなり高い場所にある顔の赤い眼光がこちらを向くと、威嚇するように咆哮を放った。
「エド、あれは何?」
「あれはプレシーだ。フレス湖に生息するとされてきたこの湖の主だ。でも様子がおかしい。噂によればプレシーは大人しい性格で、人に危害を加えることはないはずだが」
「でも、明らかにこっちを狙ってるわよ」
「危ないっ!」
「きゃっ!」
咄嗟にエドが注意喚起をすると、全員が攻撃を避けた。
すると、私のすぐ隣を物凄い勢いの水流が通過した。
プレシーが口から細長く水色の光線を一直線にはなったからである。光線が命中した場所が境界線のように真っ二つに割かれると、全員の表情に怖気が走った。
これは紛れもなく水だった。超高速で水を発射することで、まるで刃物のように鋭い切れ味を生み出すことができる。あんなのに命中したら間違いなく死ぬわね。
「またお掃除する必要があるようね」
「待てアリス。プレシーは体に付着した汚物を吸収することで水を浄化する能力がある。もしこいつを倒してしまったら、もう奇麗な水は飲めないぞ」
「そんな……」
エドの【分析】により、驚愕の事実が発覚した。
プレシーにそんな能力があったなんて――。
この湖は水が澄んでいてとても美しかった。でもその正体はプレシーの能力によるものだった。プレシー自身の存在が湖の汚れをお掃除する浄化装置だったのね。だからみんな安心して奇麗な水を飲むことができた。でも倒さずにいるなんて、そんなの無茶よ。
「だったらどうすればいいのよ!?」
シモナがプレシーの攻撃を華麗にかわしながら言った。
プレシーは私たちを攻撃しながらも苦しそうな顔でもがくように雄叫びを上げていた。何だか自分の意思で動いていないような感じだわ。
「プレシーの表面にスラッジャーの猛毒が大量に付着している。あの猛毒には取りついた生物を操る効果があるんだ。プレシーは湖に侵入してきたスラッジャーを浄化しようとして体内にスラッジャーを取り込みすぎたんだ」
「だから今までは問題がないように見えたのね。今のスラッジャーは猛毒に侵されているんだわ。だからあんなに苦しそうなのよ」
「必死に猛毒と戦っているのね。でもどうするの?」
「スラッジャーだけをお掃除するわ。クリス、私に協力してくれない?」
「……ええ、もちろんよ。でも、何度も湖の中から復活するモンスターなんてどうやって倒すの?」
「……考えるわ」
エドたちが戦闘を繰り広げていく中、私は精神を統一しながら考えた。
落ち着いて考えるのよ。スラッジャーにも弱点はあるはず。
一度倒しても無限に湧いてくる。そう、クリス様の仰る通り、何度でもこの湖の中から……。
――湖の中!? そうよ、湖の中だわ!
「湖だわ!」
「アリス?」
「クリス、あなたのおかげであいつをどうにかできそうだわ。しばらく攻撃を惹きつけてほしいの」
「分かったわ。そうこなくっちゃ。アリスのためだったら、魔力を全部使いきる覚悟よ」
クリス様が箒から飛び降りると、エドたちに合流し、相手の攻撃を剣や銃弾でかわしながら激しい攻防戦が続いた。その間に私は箒に魔力を注ぎ込み、スイーパーモードとなった箒の吸い込み口に魔力が貯まっていく。
「【暴風掃除】」
箒の吸い込み口から強力な暴風がジェット噴射のように一直線に飛び出し、周辺の湖ごとプレシーやスラッジャーを上空へと吹き飛ばし、継続している暴風が周辺の水流を吹き飛ばしながらせき止めると、湖の底がその姿を現した。
「「「「「!」」」」」
湖の底には巨大なスラッジャーが潜んでいた。
暴風に耐えながら必死に強靭な触手で湖の底にある岩にしがみついている。
こいつが親玉ね。成長しきった親玉スラッジャーから次々と新たなスラッジャーがボコボコと無性生殖されていき、この湖を真っ黒に染め上げていたことが発覚した。
「でかしたぞアリス。奴がこの湖に猛毒を盛った張本人だ」
暴風の中、帽子を手で抱えながらエドが言った。
許さない。街のみんなの平和を乱す穢れはお掃除するに限るわ。
「お掃除の時間よ。【浄化掃除】」
箒から放たれた聖なる光が親玉スラッジャーに襲いかかる。
親玉スラッジャーの漆黒に染まった体や触手が少しずつ消滅し、その周辺ごと浄化され、黒く染まっていた岩がその清潔な姿を取り戻していく。
苦しそうにもがき苦しみながら親玉スラッジャーが小さくなっていき、最終的にはボコボコと音を立てながら爆発し消滅した。
すると、親玉がいなくなったせいか、他のスラッジャーも同時に消滅していく。
湖の底に張りついたまま動けなくなっていたプレシーの体からも漆黒の色が消え、赤い眼光は優しそうな青い目を取り戻し、段々と黒いメッキのようなものがはがれていき、内側から水色の体色が露わとなっていく。
エドたちもプレシーもさっきまでダメージを追っていたが、【浄化掃除】には聖なる光を苦手としない生物に対しては回復の作用があるため、傷1つない状態へと戻っている。
私が暴風を解除すると、湖の底があっという間に水が溜まっていく。
「ふぅ、お掃除完了。みんなお疲れ様」
「さっき魔力をチャージしていたのは、暴風を継続して湖の底を見るためだな」
「ええ、クリスの言葉で分かったの。湖の中に親玉がいるんじゃないかって」
「わたくしは現状を説明しただけよ」
「それでもちゃんと役に立った。戦闘でも貢献してくれたし……クリス、さっきはごめんなさい。あなたは王族である前に、1人の女の子だってことを忘れてた。私が無神経だったわ」
「――アリスぅ……わたくしもごめんなさい。あんなに怒ることなかったのにぃ」
私たちは抱き合い、元の仲良しへと戻った。いや、お互いに相手の気持ちを知ったことで、昨日までよりもずっと仲良くなったと思っている。
もうクリス様を貴重品のように扱うことはしない。
何かあれば彼女は私が守るし、もっと信頼するべきであると学んだ。
彼女は私の大切な友達だから。
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