chapter 6-2「巨木の種」
テーブルに顔を押しつけるようにして彼女らは蟻軍団のように食べ尽くしていく。
そこには理性もなければ周囲への躊躇いもなく、ただただ食欲だけがミシェルたちの行動を支配するばかりであった。さっきまで余るほど盛られていた食事は平らげられ、エレナは残飯処理の仕事を失った。
そのことからも、ここに来るまでに彼女らが食事にありつくのがいかに大変であったかが分かる。
「エレナ、彼女らの食事代は妾が負担しよう」
「よろしいのですか?」
「ああ、彼女らも元は王宮のメイドだ。卒業くらいはめでたくなくては」
「彼女たちは私が面倒を見ます。今まで話せなかったこともたくさんあるので」
「アリスにもずっと友がいたことにようやく気づいたのだな」
「えっ……」
私は思わず言葉に詰まってしまった。
どうしてそこまで私のことを知っていらっしゃるの?
まるで心の内が読まれているみたい――気のせいよね?
夢の中で出会った時もそうだった。これから私がすべきことを掲示し、私を導いてくださった。これもすべて私の心境を知った上での導きだとしたら――。
でもその後は一切の掲示がない。つまりもう自由にしてもいいということよね。
今私が最も気なっているもの、それはフェアリウスからもらったこの大きな種。
大きな木が育つって聞いたけど、確かピクトアルバの奥の方に何もない空き地があったわね。そこへ持っていって確かめてみようかしら。
私は隙を見てバーから飛び出し、早速空地へと向かった。
「アリス、どこへ行くんだ?」
頭上から声がすると共に、私はラットの体重を感じた。
「! ――もう、驚かさないでよ!」
「お前いっつもパーティから抜け出そうとするよな。パーティ苦手なのか?」
「そういうわけじゃないけど、思い立ったら居ても立っても居られないの」
「今度は何しに行くんだ?」
「ちょっとした実験よ」
「実験?」
私とラットが行き着いた先は荒野のような空き地だった。
土地は枯れ果て、周囲の民家ですら畑にはしたがらないほど荒廃していた。
エドが言うには、昔こそ自然豊かな場所であったが、いつの頃からか今は殺風景極まりない光景と化しており、近くにある木々には葉っぱ1つまともに生えてはいなかった。
故に今は子供たちの遊び場と化しており、土地を買い取る者は誰もいなかった。
「ドリルモード」
私は箒を召喚してからドリルモードを命じると、箒の穂先がドリルへと姿を変えた。畑を耕す時はこのドリルモードで耕し、【自動掃除】と組み合わせていた。
何かに導かれるように穴を掘り続け、そこに大きな種を植え、寒冷耐性のある肥料を蒔いた。
「スイーパーモード。【聖水掃除】」
ラッパのような穴から細く鋭い聖水が勢いよく発射された。
火事の時に消化できるだけでなく、種を植えた後の水撒きにも使える便利な魔法であり、王宮メイド時代には飢餓が訪れた際、真っ先に臨時の農業メイドとして駆り出されたのは記憶に新しい。あの時はどうにか全員分の食料を確保できたけど、次に飢餓が訪れた時、王宮メイドたちはどうなるのだろうか。
考えただけで背中に冷や汗が流れそうだわ。
でも今さらどうでもいいことよ。バーバラは後悔しているみたいだけど、自分で開けた穴くらい自分で埋めてほしいわ。
そんなことを考えていると、早くもラットが埋めた場所に注目する。
「早っ! もう芽が出てきたぞ!」
「そんなわけないでしょ。植物が育つのに何日かかると思って――」
目の前には巨大な緑色の植物の芽が生えており、それが徐々に大きく真っ直ぐに育っていく。
その芽は天井を突き破るが如く天空へと一直線に伸びていき、上空で枝分かれしたかと思えば、いくつもの枝が太くたくましく成長を遂げていき、枝先からは花の蕾が生え、埋めたばかりの種はあっという間に遠くから見渡せるほどの巨木となった。
周囲にも植物が生え、枯れていた木も水を得た魚のように元気を取り戻した。
どうやらあの星の植物はこちらの星の植物とは違う性質を持つらしい。時間の感覚が異なるのか、それともこの種類だけ成長が早いだけなのか、それは神のみぞ知る謎である。
今はまだ花の蕾だけど、これからどんな花が咲くのか楽しみではある。
「――うわぁ~、すげぇ~」
「アリス、この木はどうしたんだ?」
後ろを振り返ってみれば、巨木が気になったのか、エドを始めとした街の人々がこぞって珍しいもの見たさに近づいてくる。
みんな巨木の上の方を首が痛くなるくらいにずっと眺めている。これほどの速さで成長した巨木は類を見ないのか、ニコラたちでさえ唖然としていた。
「さっき試しに別の星で貰った種を植えてみたら、こんなに成長しちゃったの」
「またとんでもないことをしてくれたな」
「ずっと気になってたの。もし災いを起こすようなら私がお掃除するわ」
「でもここまで成長させた以上、この土地一帯を買い取る必要があるぞ」
「私、そんなお金持ってないわ」
どうしよう……勝手に種を植えた私が悪いのだけど、土地って確か凄く高いのよね。
「案ずるな。アリス、この土地一帯は妾が買い取ろう」
「女王陛下」
何やら女王陛下が真っ先に興味を持ち、この巨木をピクトアルバのシンボルにしようと言い出した。
この街には特にシンボル的存在がなかった。初めて見る未知の存在であるはずなのに、本当にこのお方は器の大きさが計り知れない。
「この巨木がどこまで育つのか楽しみだ。エド、この街の町長に伝えておくのだ」
「かしこまりました、女王陛下」
「ありがとうございます、女王陛下」
「そなたには大きな恩がある。これくらいのお礼はさせてほしい」
「もったいなきお言葉です」
「アリス、僕と一緒に来てくれ。町長の元へな」
「分かったわ。こうなったのは私の発端だし、報告くらいはしないとね」
詳細は分からないけど、この巨木は周囲の土地にも大きな実りを与え、いい影響を与えているのは紛れもない事実、きっと許してくれるはずよ。
私はこの事態を楽観視していた。町長の家へと赴くまでは。
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