chapter x-10「最強の兵器」
ポール様はその庭が処刑場であることにすぐ気がついた。
目の前には見たこともないモンスターが立ちはだっている。さっきまで後ろに縛られていたロープが解かれた。それはエクスロイドが必ず相手を仕留められるほどの力があることを意味していた。
「エクスロイドよ。今日のそなたの食事である。存分に味わえ」
エクスロイドが女王陛下を見ながらコクッと頷いた。
女王陛下は目の前で大臣が殺されようという時に何の痛みも感じず、ただ平然とした顔でショーでも楽しむかのように用意された玉座に腰かけた。
その周囲には大臣やメイドたちが憐みの目でポール様を見つめている。
「みなの者、これから国賊が迎える最期をその目でとくと見ておくのだ」
冷静を装いながらも心底ではかなりお怒りのご様子。
王冠を一度ならず二度までも盗まれたことで臣下になめられていると感じたのか、見せしめにせずにはいらない。この光景を見せることで女王としての権威を誇示しようとしているようにも見える。
「クッ……こんなところで、食べられてたまるかぁー!」
先に動いたのはポール様だった。ポール様はいつも持っている長剣を鞘から抜くと、そのままエクスロイドを一刀両断しようとその首を狙った。
まるで鍛冶職人が鉄を叩くような音が響き渡る。
エクスロイドには全くの無傷であり、ポール様自慢の長剣にひびが入っている。なんて硬さなの。あれじゃどんな攻撃も通用しないわ。
ポール様の表情が一気に青ざめた。
技を封じられ、もう終わりかと言わんばかりにエクスロイドの両腕が剣へと変わっていき、目にも止まらぬ速さで連撃を始めた。剣同士を打ち鳴らし合う音が響く中、ポール様は終始防戦一方のままエクスロイドの猛攻に耐え続けた。
だがポール様の長剣が限界を迎えた。ポキッと折れたのではなく、全面的にひびが入った窓ガラスのようにガシャンと欠けていった。
「まっ、待てっ! 金ならいくらでもやる! 餌も毎日工面しよう。だからもうこんな無益な戦いはやめようではないか」
ポール様は迫りくるエクスロイドを説得しようと右手を伸ばし、何とかこの場を逃れようとした。もはやその様子からはかつてのクールなポール様の姿はない。
所詮これがポール様の本性なのね。私はこの時点で完全にポール様への関心が冷めていた。
エクスロイドが剣を腕に戻し、ゆっくりとポール様に歩み寄った。
「そ、そうだ。それでいい」
ポール様の気が緩んだ瞬間、エクスロイドの牙が彼に襲いかかる。
「ぐわあああああぁぁぁぁぁっ! がああああっ!」
無残にも彼が差し出していた右腕がエクスロイドにあっさりと噛みちぎられた。
血が噴き出た個所を左手で必死に抑えながら痛みをこらえ、その場から走って退避しようとする。逃げようと移動した場所には、まるで足跡のように周囲の雑草が赤く染まっている。
その右腕をエクスロイドが刀のような切れ味の歯でムシャムシャと噛みながら飲み込むと、すぐにポール様に追いつき、彼を腕で軽くこつんと弾き飛ばした。
「ぐあっ! ぐうっ! おのれ、こんなモンスターがいるなら、アリスに駆除を頼むべきだった。バーバラ、貴様がアリスを追い出さなければこんなことにはならなかった! 全部お前の――ぐはっ!」
エクスロイドの右腕が一瞬でレイピアのような形の剣へと姿を変え、ポール様の心臓めがけて一直線に伸び、背中から出てきた刃先が庭の壁にめり込んだ。
その鉄棒のような剣をポール様が左手で掴み、必死に痛みをこらえようとする。
私にはポール様の生命力が段々と弱まっていくように見えた。
「お前、弱いな。まるで虫のようだ」
「がああっ! アリスっ! 助けてくれ! アリスっ!」
! ――エクスロイドが……喋った!
動物たちのように言葉も話せるなんて、どうやら強さだけじゃなくて知能も兼ね備えているみたいね。殺そうと思えばすぐにできたはずなのに、ここまでいたぶるってことは――こいつ、もしかして処刑をショーとして楽しんでいるっていうの?
こんな恐ろしい化け物が世に放たれようものなら、この世界は僅か半年で奴の手に落ちる。
アリス、早く戻ってきて。私が悪かったわ。
「アリス……助けてくれ」
「アリス?」
エクスロイドが首を傾げた。当然だがエクスロイドはアリスのことなど知らない。
ポール様は最後の力を振り絞り口を開いた。
「そうだ……アリスならお前を倒せる」
「助けを呼んでも無駄。我は最強の兵器にして、女王陛下のしもべ」
「最強だと……違うな。アリスはお前よりもずっと強い。アリスがいる限り……最強はお前じゃない。僕を生かしておいてくれるなら、アリスの元に案内しても――」
彼の説得も空しく、エクスロイドは一瞬にして剣に変わった左腕で彼の首をはねた。宙を舞った首は上を向いて口を開けていたエクスロイドに飲み込まれていった。
その体はバラバラにされ、観衆の目の前で食された。
凶暴な大顎には真っ赤に凝固した血がべったりと付着している。
ショーのフィナーレが訪れると共に鉄格子は再び上に開き、エクスロイドはその中へと自らズシンズシンと足を踏み鳴らしながら戻っていった。
このおぞましい光景を前に、大臣やメイドたちは思った。
女王陛下には絶対に逆らえないと。
「これでよく理解したであろう。二度と我が王冠を盗むことのないよう、今まで以上に厳重な管理をするように。よいな?」
「はい、女王陛下」
脊髄反射の如く真っ先に体が動き、血の色に染まったドレスの前にひざまずいた。
女王陛下は自ら非を認めたものには比較的寛容であるが、次はメイド長としての管理責任も問われると感じ恐怖する。
ポール様はもういない。私もここから早く出たくて仕方なかった。
ここにきてメイド長という地位がこんなにも重くのしかかることになるなんて。
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